第四部 第4章:廃都への入城と組織の鼓動
戦場となった平原には、もはや鉄鎖傭兵団の旗がはためくことはなかった。マルコは、目の前に広がる凄惨な、しかし圧倒的な「結果」を前にして、言葉を失い立ち尽くしていた。わずか六人の人間が、五十人を超える武装集団を文字通り殲滅したのだ。
「うそだろ、信じられねぇ……」 マルコが震える声で零す。そんな彼に対し、オットーさんは返り血も浴びていない自身の指先にふっと息を吹きかけ、穏やか、かつ残酷な現実を突きつけるような声で語りかけた。
「どうだい、マルコ君。これが君が見上げた『緋色の傭兵団』の真の姿です。君はこの怪物たちの仲間になれると思いますか?」 「仲間に……」
「ガーベラさんはその人間離れした身体能力で敵陣を突き破る『手足』。ヤミルはその巨体で戦場を接滅する盾。彼らは近接戦闘の要です。クリスは二百歩なら百発百中、百歩以内なら速射で射抜く神速の弓。ハンスは敵の息の根を音もなく止める斥候にして『目と耳』。私は……石は投げますが、基本的にはこの団の『内臓』、つまり兵站と資金の管理・運用を担っています。……では、あなたは?」
マルコは答えられなかった。ただのごろつきだった彼には、このプロフェッショナルの集団の中で自分が果たすべき機能が想像もつかなかったのだ。そんなマルコの肩を、オットーさんは優しく叩いた。
「ゆっくり考えていいんですよ、マルコ君。君には君にしかできないことがあります。例えば……そうですね、新兵の訓練や教育とか。宿場町で仲間を率いていた経験が、いつか化けるかもしれませんよ」
________________________________________
「さて、出発だ」 休憩がてらの食事を終え、俺は一同に声をかけた。日が落ちる前に次の町へ着かなければならない。俺は愛用の二振りの刀を丁寧に包み、馬車の荷台へ置いた。一行には、乗り手を失った鉄鎖傭兵団から徴用した六頭の馬が加わっていた。
馬に跨り、俺は静まり返った平原を振り返った。 この戦い自体、実益は少なかった。だが、これに「意味」を持たせることはできる。
「たった七人の小傭兵団が、五十人規模の茶の剣傭兵群団傘下を壊滅させた」という事実は、停滞したゲルマニアの傭兵界隈に強烈な衝撃を与えるだろう。それが吉と出るか、茶の剣からの報復という凶と出るか。いずれにせよ、俺たちは「無視できない小石」として盤上に乗り始めたのだ。
しかし、戦場を去った俺たちが直面したのは、英雄としての歓迎ではなかった。 次の町に到着した際、俺たちは宿を求めることすら拒絶された。逃げ出した鉄鎖傭兵団の生き残りたちが、保身のために俺たちのことを「血に飢えた残忍な略奪者」として大げさに言いふらしていたのだ。
町の入り口では、代表者が青い顔で金と食料を差し出し、町に立ち寄らずに去ってくれと懇願してきた。
「分かった、受け取ろう」 食って掛かろうとするマルコを制し、俺はオットーさんに必要な物資だけを受け取らせた。傭兵の論理は一般人には通じない。「力ある者」は常に「恐怖の対象」なのだ。
その後も、いくつかの町を通過するたびに俺たちへの視線は変わっていった。酒場で絡んでくる不届き者はガーブが拳で「仲直り」させ(相手のおごりで酒を飲んだが)、日を追うごとに「緋色の傭兵団」の名前は噂となって広がっていった。 大手傭兵群団からの勧誘、あるいは「茶色の剣傭兵群団に狙われているぞ」という恫喝めいた忠告。それらを受け流しながら、俺は早急に拠点を構える必要性を痛感していた。
そしてついに、俺たちは目的の地に到着した。
神聖ロマヌス国旧帝都。 かつて「すべての道はここへ通ずる」と謳われた栄華の跡地。現在は各地の領主の蜂起により宮殿も中心街も焼け落ち、一部の第2級市民の住居と、奴隷街から変じたスラムだけが残る廃墟の街だ。
俺たちは、スラムの一角にある古びた宿屋に腰を落ち着け、今後の戦略を練ることにした。
「で、シン君。ここを拠点にするとして、具体的にどう動くんだい?」 いつものようにオットーさんが口火を切った。
「まず、ここを拠点にする理由は二つです。一つは立地。旧街道が交差するここは、ゲルマニア中のどこへ向かうにも迅速に移動できる『物流と情報のハブ』です。もう一つは人材。スラムには、生活に困窮しながらも働き口や力を求めている連中が溢れている。彼らを吸収し、治安を掌握すれば、ここは不落の城塞になります」
「問題は資金繰りだね。今、団員を増やしても食わせていけないよ」 オットーさんの至極真っ当な指摘に、俺はにやりと笑って答えた。 「それですよ。俺たちがこの街の治安を守り、その対価を商人ギルドや住民から受け取る。『安全』という商品を売るんです」
俺は全員を見回し、役割を分担した。
「ガーブとヤミルは治安維持のパトロール。荒事をすべてねじ伏せてくれ。クリスは住民への聞き込み、いわゆる御用聞きだ。オットーさんは商人ギルドとの交渉と当面の買い出しを。俺は傭兵ギルドへ行き、仕事の斡旋ルートを確保する」
「ハンス。あんたにはこの街の裏社会を洗ってもらう。使える奴と潰す奴を選別しろ。それと、宮廷周辺の地理を完璧に頭に入れてくれ」
「……俺は?」 所在なげにしていたマルコが、恐る恐る口を開いた。俺は彼の肩を叩き、この団の将来を左右する重要な任務を告げた。
「マルコ、お前はスラムへ行ってガキどもを連れてこい。彼らに読み書きと計算、そして生きるための基礎訓練を叩き込むんだ」
「……は?」 「頼んだぜ、『教育隊長』」
マルコが呆然と口を開ける中、緋色の傭兵団による「廃都再興」の幕が、静かに、しかし力強く上がった。




