第四部 第3章:鉄鎖の終焉と「緋色」の証明
約束の刻限が訪れた。起伏の少ない平原に、白地に赤の×印が描かれた「宣戦布告」の旗が冷たい風に翻る。 対峙する鉄鎖傭兵団は、定石通り弓兵十名を二十歩ほど前進させ、弓を構えさせた。その後ろには十名の槍兵が鋭い穂先を揃え、重装歩兵と軽騎兵は機を窺って動かない。さらに六人の斥候が、茂みに紛れてこそこそと俺たちの背後へ回り込もうとしているのが丸見えだった。
「ひゅん、ひゅん」 敵が放った山なりの矢が空を切り、俺たちの数歩前に突き刺さる。二百メートルの距離は、たかだか十人が放つ牽制射撃では何の脅威にもならない。これはゲルマニアにおける「戦闘開始の挨拶」のようなものだ。
俺は背中に背負った二振りの刀——「双刃」の重みを感じながら、敵陣の配置を冷徹に読み切り、仲間に指示を飛ばした。 「クリス、弓兵を黙らせろ。ガーブは右から左へ、ヤミルは左から右へ、重装歩兵を各個撃破。終わったらヤミルは槍兵を頼む。軽騎兵は俺が引き受ける。オットーさんは背後の斥候を、ハンスはその補助に。……では、行こうか!」
「だっ!」と地を蹴ったのはガーブだ。続いてヤミルが腹の底から響く咆哮を上げ、突進を開始する。 敵の弓兵が慌てて次弾を射るが、二人の異常な速度の前には、へろへろの矢など飛んでいないも同然だった。敵前六十歩、二人が交差して左右に分かれた瞬間、敵の軽騎兵が二人を仕留めようと馬を走らせた。
「今だ」 俺はナイフを両手に握り、真っ直ぐ軽騎兵へと走り出した。
一方、正面の重装歩兵は盾を掲げてガーブを迎え撃とうとしていた。だが、彼女はその分厚い鉄の壁に正面から突っ込んだ。
「っりゃあー!!!」 どがん!! と凄まじい衝撃音が響き、重装歩兵の盾が空高く吹き飛ばされる。隙だらけになった敵の首筋にガーブの鋭い蹴りが突き刺さり、間髪入れずに彼女の大刀が次の重兵の太ももを断ち切った。 「次!」 飛び上がり、上段からの一撃で兜ごと頭蓋を叩き割り、着地ざまに横一閃。「緋色の傭兵」の異名の通り、彼女の全身は瞬く間に敵の返り血で染まっていく。フランク王国で恐れられた「首狩りの女狼」の真骨頂だ。
反対側では、ヤミルが静かなる威圧感を放っていた。 六人の重装歩兵が彼を包囲し、じりじりと間合いを詰める。ヤミルの右手に持つグレイヴの刃先は、無造作に下を向いたままだ。
「そこは俺の間合いだぜ?」 ぶん!! 一回転。 一瞬にして「一閃六殺」。五つの首が宙を舞い、ヤミルが教わった呼吸法による「溜めた気」が武器を通じて爆発した。残った兵が動揺する中、彼は呟く。「立ち止まるは悪手」。グレイヴの刃先が敵の顔面を穿ち、紙のように甲冑を切り裂いて腹部まで両断した。
俺は、ガーブたちを追う軽騎兵の横面に躍り出た。
一本目のナイフを先頭の馬の耳穴へと投擲する。馬が棹立ちになり、振り落とされた騎兵が後続に踏み潰された。動転した馬たちが連鎖的に衝突し、投げ出された騎兵たちに俺は続けてナイフを放つ。側頭、脇腹、首。急所を正確に射抜く。 足を止めた残りの騎兵に向け、俺は背中の二本の刀を抜き放った。 馬の尻を踏み台にして宙へ舞う。空中で目が合った騎兵は、信じられないものを見るような顔をしていた。戦場で手綱を握ったまま、剣も抜かずに固まっているなど、俺からすれば隙以外の何物でもない。 薙ぐように刀を振る。一閃、二閃。 着地して「残心」を取る頃には、軽騎兵の残党はすべて落馬し、沈黙していた。
その頃、後方のクリスは「神速の弓兵」としての本領を発揮していた。 敵弓兵との距離が百二十歩を切った瞬間、彼は矢筒から矢を三本抜き、流れるような動作で弦に番えた。
「かっ、かっ、かっ」 矢は放物線を描くことなく、吸い込まれるように三人の弓兵の額に突き刺さる。驚くべき速射。敵が一矢を放つ間に三射を叩き込むその正確さは、もはや芸術的ですらあった。十数秒で、敵弓兵十名は全員が額を射抜かれて全滅した。
背後では、オットーさんが迫りくる斥候たちを冷静に眺めていた。
「オ、オットーさん! 敵がもう!」と青ざめるマルコに対し、彼は「大丈夫ですよ」と微笑み、手にした石をゆっくりと振りかぶった。 ぶん! ぐしゃ! スリングを使わずとも、老練な投擲術で石が先頭の斥候の額にめり込む。 「マルコ君、石」 次々と放たれる石の弾丸と、背後から音もなく現れたハンスの短刀により、背後を狙った斥候たちも瞬く間に地に伏した。
戦場に静寂が戻りつつあった。 前方には、槍を震わせる数名の槍兵と、独り残された団長らしき男のみ。ガーブが槍先を切り飛ばすと、生き残った傭兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。ゲルマニアの傭兵にとって、生存は合理的判断だが、宣戦布告された場での逃走は社会的抹殺を意味する。それでも彼らは命を選んだ。
俺は刀を納め、返り血を拭いながら団長に歩み寄った。
「決着はつきましたね。どうでしょう、これで終わりにしませんか?」 にこやかに笑う俺に対し、男は絶望を怒りに変えて剣を振り上げた。
「まだだ! 俺がいる!」 俺は冷徹にその攻撃をかわし、男の腕を掴んで捻り上げた。「ぐあっ」と剣が落ちる。 「もう終わりです」 俺はナイフを抜き、一筋の朱線を男の首に引いた。 「ガ、ア、ア……」 崩れ落ちる団長。俺はナイフに付いた血を丁寧に拭き取り、腰に戻した。
「これで、終わりです」 開始からわずか二十分。五十人を超えた「鉄鎖傭兵団」は、たった六人の「緋色の傭兵団」の手によって完全に壊滅した。




