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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第四部:旧帝都再興編

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第四部 第2章:鉄鎖の布告と双刃の解禁

ゲルマニアの傭兵界において、「宣戦布告」は単なる喧嘩の合図ではない。それは五色の傭兵群団が定めた「鉄の掟」であり、白地に赤の×印が描かれた旗が掲げられた瞬間、そこには一切の私情を排した血による解決のみが残される。


今、俺たちの目の前に、その忌々しい旗を掲げた馬上の男が立ちはだかっていた。男の後ろには、整然と、しかし殺気を隠そうともしない五十人ほどの集団が控えている。 俺は軍師としての本能で、瞬時に敵の戦力を分析した。


「……軽騎兵が八、鎧で固めた重装歩兵が二十、弓兵が十、槍兵が十。さらに斥候らしき影が六人、周囲の地形に紛れてこちらの退路を窺っているな」


「シン君、さすがにこれはまずいんじゃないかい?」 馬車の御者台からオットーさんが、困ったような、だがどこか俺を試すような声を出した。 「そうですね。想定外です。旧帝都を目前にして、これほどの大所帯に目をつけられるとは」


だが、背後からは危機感とは無縁の鼻歌が聞こえてくる。振り返れば、ガーブがヤミルと共に、まるで遠足前の子供のように準備体操を始めていた。 「……やる気満々かよ、脳筋どもが」 旗を持った男が馬をゆっくりと進め、二十歩の距離で止まった。


「緋色の傭兵団! 我らは『鉄鎖傭兵団』と申す! この一帯は我らの狩場……もとい、守護領域だ! そこに何の挨拶もなしに侵入してきた貴様らの行為、敵対行為と判断する! 宣戦布告だ!」


「狩場」という言葉に、傭兵としての本質が透けて見える。要するに、この街道を通る旅人を獲物として管理しているということだ。 俺は今にも飛び出そうとしているガーブとヤミルの襟首を掴んで引き留めた。


「待て待て、待てって」


「なぜ止める? 殺りたいっていうんだから殺ろう。早く、一瞬で終わらせてやるからよ」 ガーブがギラついた目で俺を睨むが、俺は首を振る。


「いいか、宣戦布告には作法があるんだ。ここで不作法をすれば、俺たちが『ならず者』としてギルドに抹殺される。後で思う存分暴れさせてやるから、少しだけ待て。な? 約束だ」 「……ちっ」 二人が不満げに武器を下げたのを確認し、俺は馬上の男に向き直った。


「布告、確かに承った。しかし、ここは街道だ。ゲルマニアの慣例では街道と宿場町は中立地帯のはず。我々はそこから一歩も外れていない。敵対行為というのであれば、その客観的な根拠を示していただきたいものだ」


「臆したか、小僧!」 「正当な申し出だと思うが?」 男は鼻で笑い、鞭を振るった。


「……二日前、貴様らは街道を外れ、野獣を狩ったではないか! それこそが我が領域を侵した動かぬ証拠よ!」 あー、あれか。街道脇の藪から飛び出してきた猪を、ヤミルが「今夜の飯だ!」と追いかけて仕留めたやつだ。そんな言いがかりが通るあたり、この国の傭兵社会の腐敗ぶりがよく分かる。


「……分かった、もういい。やろう。条件は?」


「ぬ、物分かりがいいな。今より二時間後、あちらの平原にて。互いに二百メートルの距離に陣を敷き、刻限になれば開始とする」 「参加人員は?」 「正々堂々と、全軍をもって決する!」


男は高らかに宣言し、馬を返した。 全軍、か。向こうは五十三人、こちらはマルコを含めて七人。これで「正々堂々」とは、ゲルマニアの傭兵も随分と冗談が上手いらしい。


「承知した。みんな、行こうか」 俺たちは指定された平原へと歩を進めた。


「シン君。本当に想定外だったのかい?」 隣を歩くオットーさんが、眼鏡の奥の目を細めて聞いてきた。


「ええ。困ったことになりましたよ。目的地に着くのがまた遅くなる。……馬車の一日分の維持費を考えれば、痛い出費です」 「シン君、笑っているね?」 「え、笑ってました? あーいけない。真顔にならなきゃ失礼ですね」 俺が口角を上げると、ヤミルがガーブに耳打ちした。


「……おいガーブ。やっぱりシンが一番危なそうだぞ」 「本当だ。獲物を取りこぼしたら、後で理詰めで絞られそうだな。本気でやろうぜ」


一行の中で唯一、新入りのマルコだけが青い顔をしていた。 「シ、シンさん、逃げないんですか? あいつら五十人以上いるんですよ! 勝てるわけない!」 「逃げる? どうして? マルコ、戦場では『数』は要素の一つに過ぎないんだよ。お前は今回は馬車の番だ。本物の傭兵の戦いってやつを、特等席で見てなよ」


指定された陣地に着くと、そこは見晴らしの良い、起伏の少ない平原だった。


「馬を駆るにはもってこい、か。だが、それは俺たちにとっても同じことだ」 俺は仲間の様子を確認した。


ガーブは入念に柔軟体操をしながら、殺戮の予感に「うふふ」と不気味に笑っている。 ヤミルは巨躯を揺らし、愛用のグレイヴを鋭くしごいている。気を練り、溜める、彼独自の呼吸法が既に始まっていた。 クリスは無表情に弓の弦を張り直し、矢筒の矢を一本ずつ指先で確かめている。 ハンスはいつの間にかマントを脱ぎ捨て、黒一色の装束で戦場を観察していた。その姿は、陽光の下ですら気配が薄い。 オットーさんはといえば、地面に屈み込み、手頃な大きさの石を黙々と拾い集めていた。


そして俺は、馬車から大切に保管していた細長い包みを取り出した。 それを見たオットーさんが、柔和な笑みを深める。


「おや、久しぶりにシン君の『双刃』を見られるんだね」 俺は無言で紐を解いた。中から現れたのは、つばが無く、刃渡り七十センチほどの、研ぎ澄まされた二振りの片刃刀だ。 俺は一振りを抜き、軽く素振りをしてみる。特異体との死闘で残っていた右腕のしびれは、もう無い。


「……よし、大丈夫そうだ」 刀を納め、腰に数本の投げナイフを予備として差し込む。


「ハンス、相手の動きは?」


「弓兵が最前列、その後ろに槍兵、さらにその後ろに団長だ。重装歩兵は左右に十人ずつ展開。軽騎兵は向かって右翼に集結……。斥候の六人は、左方の茂みから百二十歩まで接近している」


「ふん。お互い陣地前から始めるという掟を、最初から破ってやがるな。斥候を潜ませるのが『正々堂々』かよ」


「オットーさん、鉄鎖傭兵団については何か?」 石を拾い終えたオットーさんが、顔を上げて答えた。


「見た通りだよ、シン君。彼らはこの一帯を根城にする小物だが、所属は『茶の剣傭兵群団』。つまり、以前君たちが潰した連中の『親戚』みたいなものだ。仇討ちというより、面子を潰されたことへの腹いせだろうね」 「面子、ですか。そんなものに拘っているようじゃ、ここの連中に強兵はいないな」


「そろそろ時間だ」 オットーさんの言葉に、食事を終えたガーブとヤミルが立ち上がった。クリスが弓を構え、ハンスが首を鳴らす。 俺は双刃の柄に手をかけ、仲間に告げた。


「始めようか。俺たち『緋色の傭兵団』の、ゲルマニアにおける本当の初陣だ」 「ぷはっ! 似合わねーこと言ってんじゃねーよ、シン!」


ガーブの笑い声と共に、俺たちの戦端が開かれた。


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