48.推しの秘密
ゆっくりと歩いてホテルに戻り、部屋に入る。
まだ余韻に浸ったまま、私はベッドに倒れ込む。
「……今日のライブ、最高だった」
感情全て乗せるような想いで、呟く。
「夕莉、マジでありがとっ」
葵さんがベッドに座り、私に手を合わせる。
「私も信じらんないよ、まだ……」
目を閉じて反芻する。
奏の一挙一動が、肉眼で見えた。
会場を煽る指先。
細められた灰色の目。
魂で叫ぶような歌い方。
飛び散る汗まで見える気がした。
そして――。
ばっと起き上がる。
ステージ上の奏と、目が合った気がした。
見ていたのは、私じゃなくて……。
私はサコッシュを取り出して、奏を覗き込む。
「ちょっと、奏っ!?」
奏は怠そうに私を見上げた。
「なんだよ?」
灰色の目が私の目を見据える。
思わず息が詰まる。
ちょっと、待って……。
さっきまでライブで見ていた推しと同じ顔が、私を見ている事実に、今更ながら緊張する。
「夕莉?」
急に黙ってしまった私に奏は首を傾げた。
「あ、ごめん」
軽く謝ってから、私は奏をサコッシュから出す。
奏は枕の上に座った。
「ねぇ、さっきのライブ中、奏、ステージからこっち見てなかった?」
私が聞くと、奏は意味ありげにニヤッと笑った。
「……さぁな」
「確かに、なんか驚いてたね」
葵さんも身を乗り出す。
「……いなくなってた間、何してたの?」
奏は意味深に唇の端を持ち上げた。
それから、少しだけ何か考えて。
「秘密」
奏は答えない。
「奏が見たって言ってた幻覚って……」
葵さんが言いかける。
「どうだろな」
奏はにやにやしたまま、私たちを見る。
「……ま、そのうちな」
視線が一瞬揺らぐ。
……これは、喋る気ないな。
私は大きく溜め息を吐いた。
「……奏に迷惑かけてないでしょうね……?」
ふっと笑ってから、奏は顔を逸らした。
そして、何も答えなかった。
私は葵さんと顔を見合わせて苦笑した。
「よし!じゃあ、ここからは、私たちに付き合ってもらおうか」
急に葵さんが笑みをうかべながら、奏に手を伸ばす。
そして、そのままサイドテーブルへ移動させる。
「……何すんだよ」
奏は不機嫌そうに葵さんを見た。
葵さんはテーブルの横の椅子に座り、奏に目線を合わせた。
「朔の話聞かせてっ!!」
懇願するように縋る葵さんに呆気にとられたのか、奏はぽかんとしていた。
それから、ふっと笑う。
「夕莉とえらい違いだな……」
「……そうなの?」
葵さんの言葉に、奏は私の方をチラッと見る。
「夕莉は、何聞くか悩んでずっと、うだうだしてたな」
「ゔ……」
思い出して言葉に詰まる。
「だって……」
もぞもぞと手をいじる。
「夕莉は真面目だからねぇ」
葵さんがしみじみ言った。
それから、また奏を見る。
「私は不真面目だからっ!ガンガン聞くわよ!!朔の話聞かせてーっ!!」
奏は苦笑いしながら、葵さんの手を避けていた。
「……面白ぇやつ」
そう言いながらテーブルの端に座った奏のその目は、少しだけ深い灰色に染まり、遠くを見ていた。




