46.帰ってきた、推し
「奏っ!!」
私は両手を伸ばして奏を抱え上げた。
安堵感が一気に全身を駆け巡り、体の力が抜けた気がした。
「どこ行ってたのよ!?」
目線の高さに奏を持ち上げる。
奏はにやっと笑って灰色の目を細めた。
「……心配、したか?」
カッと顔が熱くなる。
ぐっと詰まってから、いつものように反論しようとしたが、言葉が出なかった。
「……心配したよっ」
そこは誤魔化したくなかった。
奏の瞳が大きく開いて、揺れる。
「ほんっとに……心臓、止まるかと……」
また、涙が溢れた。
奏の表情がふっと優しくなり、小さな手が伸びてくる。
私の額にそっと触れた。
「……悪かったな……そんなに泣くとは、思わなかった」
私は鼻をすすりながら、奏に目線を向ける。
「……戻ってきたなら……いい」
「……ん」
奏が柔らかく頷く。
葵さんが横からティッシュを差し出してくれた。
私はそれを受け取って涙を拭いた。
奏は私の膝の上に座って、私を見上げる。
「ところで、席、どうだったんだ?」
奏が思い出したように聞く。
私と葵さんは顔を見合わせた。
昨日の奏バレのドタバタと、今日の奏行方不明事件で確認してなかった……。
「やっば、まだ見てないじゃん!」
葵さんが私のスマホを覗き込む。
私は慌ててチケット画面を開く。
スマホに表示されたその座席は……。
「「アリーナ5列目っ!!??」」
私と葵さんの叫びが重なる。
そして、がばっと抱き合う。
「葵さーんっ!!」
「夕莉ぃーっ!!」
お互いに背中をばんばん叩く。
「「めちゃくちゃ良席っ!!」」
また声が重なる。
もう、興奮が収まらない。
「そんないい席なのか?」
私達のあまりの狂喜乱舞に奏は呆れたように聞いてくる。
「当たり前っ!!」
即答する。
「昨日の席見たでしょっ!?あれが普通なのよっ」
「そう!アリーナ席ってだけで勝ち組なのに、5列目なんてっ、神よ神っ」
私の言葉に葵さんも追随する。
「んなこと言われてもなぁ、俺、普段見ねぇし」
私と葵さんの動きがピタッと止まる。
「「そりゃ、そうでしょうよ」」
ははっと奏が苦笑する。
「じゃ、なおさら楽しみだな」
奏の言葉に二人して高速で頷く。
「で、開場いつ?」
私は時計を見た。
「んー?あと3時間後くらいかな?」
「は?」
奏が目を丸くする。
「え?」
それに対して私は驚く。
「んな早く来てんのか?」
私は息を吐いて奏を見る。
「そりゃあね、特に今回は会場限定グッズ買いたかったからね」
私はトートバッグからさっき買ったばかりの缶バッジを取り出して見せる。
「……熱量が怖ぇ」
奏がぼそっと呟いた。
「それも全部っ!あなた達が仕込んでのよ」
私は奏に顔を近づけて笑顔で言った。
奏は顔を逸らす。
「……俺じゃねぇ。だいたい朔がやってんだよ」
「え?朔?」
奏の言葉に葵さんが反応する。
奏は面倒くさそうな表情をして、葵さんを見た。
「……なんでもねぇ」
「いやっ、今朔って言ったでしょっ!?朔の話聞かせてぇー」
葵さんは奏に縋り付くように声をあげた。
まぁ……そんな感じで3時間はあっという間に過ぎていく。




