43.推しと一目惚れ曲
メンバーがステージを去り、会場は一瞬の静けさを取り戻している。
私と葵さんも座席に座り、一息つく。
「私、ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言って葵さんは、座席から立ち上がった。
いなくなるのを待ってから私は荷物にうまく隠れた奏に声を掛ける。
「めちゃくちゃカッコよかったでしょっ!?」
奏は呆れ顔で私を見上げる。
「俺だっての」
「違うって!ステージの奏!」
「どっちも俺」
「違うよ!」
ふっと奏は息を吐いた。
「……そういうことにしといてやるよ」
その顔はどこか寂しそうに見えて、私の胸が少しだけ痛んだ。
「私……奏なら全部好きだよ?」
少し声を落として話しかけると、奏は照れたように無言で顔を逸らした。
「奏は楽しかった?」
「俺、観客席から見んの初めてだから、新鮮」
つまりは楽しめたってことよね。
素直じゃない。
こっちを見ないのはまだ照れてるからなのかな。
「アンコールも楽しもうね」
そう言うと、奏は視線だけを私に向けた。
そこへ、葵さんが戻って来る。
私は慌てて奏のいるトートバッグを閉じる。
周りからは、アンコールの声が上がり始める。
数人から始まったそれは、少しずつ人数が増え、最後には会場中から響いていた。
ステージのライトが明るくなる。
バッと照らされたステージサイドからメンバーが戻って来る。
皆一斉に立ち上がり、会場から歓声があがる。
「たくさんアンコール聞こえてきた、サンキュな」
奏の一言目。
大歓声があがる。
奏は嬉しそうに笑う。
そしてマイクを手に取ると、客席を指差す。
「まぁ、なんだかんだ言うより、暴れようぜ!!」
煽る。
会場が揺れそうなほどに、盛り上げる。
私もなりふり構わず大声をあげる。
少し、歓声が収まったところで、照明の色が変わる。
そして奏の目が鋭くなる。
「アンコール一曲目、『URGE』」
タイトルコールと共に私の胸がドクンと大きく揺れた。
私がNOCTISを知った曲。
奏に一目惚れした曲。
手のひらをぎゅっと握る。
パーカーの裾がクイッと引っ張られる。
いつの間にかトートバッグから出てきている奏が、裾を掴んでいた。
目が合う。
奏は、ふっと嬉しそうに笑った。
私は思わず、左手を差し出す。
少し躊躇った奏は静かに手のひらに乗った。
腕で隠して見えないようにしながら、一緒にステージを見る。
ステージの奏は遠くて、表情までは全く見えなかったけど、私の手のひらの奏がしっかりと私の腕を握っている。
ちょっと、嬉しい。
奏が、カラオケで歌ってくれたことを思い出してしまう。
ステージの奏と、重なる。
知らず知らずのうちに、涙が零れた。
この曲をライブで聞けるのは、レアだ。
魂の叫びのような、最後の歌詞。
奏のシャウトで終わる曲。
私の腕を握る奏の手に、更に力がこもる。
奏の声の余韻が残って、そのすぐ後に爆発するような歓声が起きた。
私は声を上げることも出来ず、ただ立ち尽くしてステージの奏を見つめていた。
思わず右手で左手のひらの上の奏の手を掴む。
小さな手がきゅっと握り返した。
「……奏、ありがと」
誰にも聞こえないような声で呟く。
けど、小さな奏の手に力が入ったような気がした。
その後のアンコールも、盛り上がった。
けれど、あまり記憶に残ってない。
さっきの曲の余韻と、左手の奏のことで思考がいっぱいだった。
気づけば、ライブは終了していた。
でも、私の隣には奏がずっといる。




