40.推し、歌う
部屋で爆音で音楽がかかっている。
私は少し鼻歌を歌いながら、ライブの準備をしていた。
奏が顔をしかめながら、耳を塞いで私の前まで来る。
「夕莉、うるせぇっ」
「え?」
奏の声がよく聞こえない。
「う、る、さ、いっ」
一音一音はっきりと発音して、大声で再度言う。
そして、足でたんっとスマホの停止ボタンを押す。
「あっ!何すんのよ!」
奏はスマホの上に座り込んで、私を見上げた。
「さすがにうるせぇよ」
耳に人差し指を当てて顔をしかめる。
「いいでしょ?NOCTISのニューアルバム!!」
うきうきしながら、私は奏にCDを見せる。
奏は呆れたように、溜め息をつく。
「それ、俺に見せてどーすんだよ?」
「えぇー?」
私はCDを見て、落胆の声をあげる。
「っつーか、それ、レコーディングまでした記憶はあるぞ?」
にやっと笑う奏。
また……悪っそうな顔してるな……。
「……裏話、聞きたいか?」
今度は私が両耳を塞ぐ。
「やーめーてーっ!!」
それはファンが聞いていい話じゃないっ!!
奏はおかしそうに笑った。
「また思わず口走っちゃったら、どうしてくれんのよっ」
「大丈夫だろ?」
奏は軽く言う。
私は奏をチラッと見下ろして、その下のスマホを持ち上げる。
「うわっ」
スマホの上からずり落ちた奏が声をあげる。
「あっぶねぇな」
文句言ってる。
私は少し音量を下げて、再び音楽を鳴らした。
今度は奏は何も言わなかった。
なんなら、楽しそうに口ずさんでいる。
テーブルに手をついてそれを見つめる。
やっぱり、奏は歌ってるとき、楽しそうだな。
やっぱり……好き。
思わず笑みが零れる。
不意に奏が灰色の瞳をこちらに向けた。
相変わらず、どきっとさせられる瞳。
歌いながら、にやっと笑う。
……ステージの奏、そのもの。
「なっ……っ!!」
思わず身を引く。
奏は歌うのをやめて立ち上がる。
後ろではまだ、奏の歌がスマホから流れている。
「どう?新曲。次のライブでやるからな」
不敵な笑み。
「っ……だからっ、いいでしょってさっき言ったじゃん」
苦し紛れに答える。
新曲の……奏の生歌、ライブ前に聞いてしまった。
もう……カンベンして……。
「席運悪かったら、次は本気で歌ってやるよ?」
煽るように指さして、奏は深い灰色の目で見上げる。
「だからっ、そういうのっ!!」
「あ?」
「……心臓に悪い……」
ふっ、と顔を緩ませて奏が笑う。
「やっぱ、夕莉、飽きねぇな」
「……そりゃ、どうも」
私はまたクッションを抱えて、その隙間から恨めしげに奏を見返した。




