第五十章 再会
静寂。
王城最上階。
長い廊下の先、一枚の重厚な扉が静かに佇んでいた。
男は足を止める。
胸元の真名石の護符は、かすかに温もりを放っている。
ここまで気付かれることはなかった。
城外では、まだ兵たちの怒号が聞こえる。
反乱軍は約束どおり、最後まで時間を稼いでくれている。
男は鉄仮面へ静かに手を添えた。
(ここから先は……一人だ。)
ゆっくりと扉へ手を掛ける。
音を立てぬよう慎重に押すと、隙間から柔らかな灯りが漏れた。
部屋は広かった。
王族の私室とは思えぬほど簡素である。
暖炉。
大きな机。
壁には地図。
本棚には各国の歴史書や農政書、魔法書が整然と並んでいる。
豪奢というより、実用を重んじた部屋だった。
窓辺には一人の男が立っている。
金色の髪。
整った横顔。
王配。
そして――
魔王。
男は無言で部屋へ入る。
扉が静かに閉まる音だけが響いた。
その音に、王配はゆっくりと振り返る。
「……?」
一人の侵入者。
黒い外套。
鉄仮面。
その姿に、一瞬だけ眉をひそめる。
「夜更けの客人とは珍しい。」
穏やかな口調だった。
王として民へ向ける笑顔と何ら変わらない。
「衛兵なら下だ。」
「道に迷ったか?」
男は答えない。
静かに歩き続ける。
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
魔王の瞳が細くなる。
「……その仮面。」
どこかで見たような気がした。
しかし思い出せない。
男は立ち止まる。
二人の距離は十歩ほど。
長い沈黙が流れた。
やがて男はゆっくりと鉄仮面へ手を掛ける。
留め具を外す。
静かに持ち上げる。
仮面の下から現れたのは。
裂けた口。
赤い瞳。
尖った耳。
人でもなく。
魔族でもない。
異形の顔。
魔王は初めて表情を変えた。
「……貴様。」
男は何も言わない。
魔王はその顔を見つめる。
記憶を探る。
そして、結婚前夜に襲いかかって来た怪物。
「……戻って来たか。」
その声から余裕が消える。
「なぜ我を狙う。」
男は静かに剣の柄へ手を添えた。
「西の王国、国王直属親衛隊長」
「忘れたか」
それが、再会して初めて交わした言葉だった。
魔王は目を見開く。
「……そうか。」
「あの時の呪いか。」
魔王は思い出した。
西の王国進攻の時、監獄へ送った男。
ゆっくりと笑みが戻る。
「我が魂が貴様を生かしていたなだな。」
魔王は興味深そうに男を見つめる。
「面白い。」
「実に面白い。」
「ならば貴様は――」
「我が半身ということになるな。」
その言葉に男の瞳が鋭く光る。
「違う。」
短い一言。
「今の俺は。」
剣をゆっくり抜く。
鋼が月明かりを受け、白く輝いた。
「王女の剣として」
「約束を果たしに来た。」
魔王も静かに立ち上がる。
壁際に立て掛けられていた黒き鎧へ歩み寄る。
「王女の剣。」
「怪物だろ。」
「なにが約束だ。」
小さく笑う。
「人間とは、本当に面白い生き物だ。」
鎧を身に着ける。
最後に兜を持ち上げる。
長年、誰にも素顔を見せなかった魔王の兜。
ゆっくりと頭へ被る。
金色の髪が隠れ。
そこに立つのは、王配ではない。
世界が恐れた魔王だった。
「ならば見せてみろ。」
黒き剣を握る。
「貴様が守ろうとしたものを。」
男もまた剣を構える。
二人の視線がぶつかる。
王城最上階。
誰にも知られぬ部屋で。
十数年越しの決着が、
今、
始まろうとしていた。




