第四十九章 それぞれの戦場
夜の王城。
月は雲に隠れ、城内を照らす灯だけが石畳を淡く染めていた。
男は音もなく廊下を進む。
この数日。
潜入と撤退を何度も繰り返し、王城の構造を頭へ叩き込んだ。
衛兵の巡回。
交代の時間。
開かない扉。
使われなくなった回廊。
幼い王女と遊んだ秘密の通路だけでは、魔王のもとへは辿り着けない。
だから、自分の足で調べた。
一歩ずつ。
誰にも気付かれぬよう。
今夜歩いている道は、その積み重ねだった。
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王城の外。
夜陰に紛れ、数人の影が城壁の近くへ散っていた。
古魔王国反乱軍。
頭領と、その護符を持つ精鋭たちだった。
彼らもまた真名石の護符を胸に忍ばせている。
「……始まるぞ。」
頭領が小さく呟く。
若い戦士が頷いた。
「俺たちは派手に暴れればいいんですね。」
「違う。」
頭領は首を振る。
「今夜の主役は、あいつ一人だ。」
「俺たちは影になれ。」
「奴が魔王へ辿り着く、その数刻だけ稼げばいい。」
全員が静かに頷いた。
ほどなくして、王城西門の方角から鐘が鳴る。
「侵入者だ!」
「西門へ急げ!」
兵たちが一斉に駆け出していく。
それは頭領たちが仕掛けた、小さな陽動だった。
誰一人として正面から戦おうとはしない。
見つかれば姿を消し。
別の場所で物音を立てる。
王都へ来るまで幾度も繰り返した反乱軍の戦い方だった。
「行け……。」
頭領は王城を見上げ、小さく笑った。
「あとは任せた。」
その頃。
王城の奥。
男は巡回兵が持ち場を離れる瞬間を見計らい、柱の陰から次の回廊へ滑り込む。
足音一つ立てない。
護符は静かに胸元で揺れている。
魔王はまだ気付かない。
もう後戻りはできなかった。
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王城の書庫。
女王は一冊の日記を静かに閉じた。
何度読み返しただろう。
紙は擦り切れ、革表紙も色褪せている。
父が遺した言葉。
母が遺した想い。
そのすべてが、この一冊に詰まっていた。
女王は両手で日記を抱く。
静かな声だった。
「私はもう、迷いません。」
書庫には誰もいない。
返事もない。
それでも、その瞳にはもう幼い日の弱さは残っていなかった。
机の引き出しを開ける。
そこには、数日前に風に乗って舞い込んだ一枚の護符。
淡く、水色に輝いている。
女王はそっと掌に乗せる。
不思議と心が落ち着く。
誰が届けたのかは分からない。
けれど。
これもまた運命なのだと、どこかで感じていた。
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王配の私室。
鎧を脱ぎ終えた魔王は、窓辺で王都の夜を眺めていた。
「静かだ。」
グラスを傾け、小さく笑う。
幻魔王国の反乱は鎮圧した。
中央大陸も支配は盤石。
この王国は平和そのものだった。
「人は愚かだ。」
「見せたいものだけを見て、信じたいものだけを信じる。」
それこそが、支配の本質だった。
魔王は窓を閉める。
その背後。
長い廊下を、一人の男が静かに歩いていることなど知る由もない。
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城内へ響く鐘。
西門。
東門。
今度は南門でも兵が騒ぎ始める。
「南にも侵入者!」
「応援を回せ!」
衛兵たちは混乱し、次々と持ち場を離れていく。
男は立ち止まり、耳を澄ませた。
わずかに口元が緩む。
(……ありがとう。)
聞こえるはずもない。
それでも仲間たちの覚悟は、確かに届いていた。
剣の柄へ手を添える。
目の前には最後の廊下。
その先にある扉の向こうには――
すべての始まりであり。
すべてを終わらせるべき相手が待っている。
男は一度だけ深く息を吐いた。
そして、迷うことなく最後の一歩を踏み出した。




