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怪物勇者   作者: Toooji
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第四十八章 執事

王城の地下。


薄暗い石壁には長い年月が刻まれ、足音だけが静かに響いていた。


男は足を止める。


通路の先に、人影があった。


黒い燕尾服。


白い手袋。


年老いてはいるが、背筋は真っ直ぐ伸びている。


ランタンの灯りに照らされたその姿は、まるでこの場所で待っていたかのようだった。


「ようこそ、お客様。」


落ち着いた声だった。


男は無言のまま剣の柄へ手を添える。


老人は小さく微笑んだ。


「ご安心ください。」


「私は戦うために参ったのではありません。」


男は構えを解かない。


老人は一礼する。


「私は王配殿下にお仕えする執事。」


「……そして、あのお方がまだ幼き魔族であられた頃より、お側に仕えております。」


鉄仮面の奥で男の瞳が細くなる。


やはり魔族だった。


「驚かれませんか。」


男は短く答えた。


「予想はしていた。」


「そうですか。」


執事は穏やかに頷く。


「では話が早い。」


静寂が流れる。


どちらも動かない。


「あなたがこの城へ来られたことは、数日前から存じております。」


男は眉一つ動かさない。


「……泳がせていたのか。」


「ええ。」


「あのお方には申し上げておりません。」


「気付かれていない?」


「真名石。」


執事は男の胸元へ静かに目を向ける。


「賢者殿は、見事なお仕事をなさいました。」


男は無意識に護符へ触れた。


「おかげで、あなた様の魂は霧の向こう。」


「王配殿下には届きません。」


賢者の読みは正しかった。


男は改めて確信する。


「……なぜ教える。」


執事は少しだけ笑う。


「私は執事ですから。」


「主人に不利益となることは決していたしません。」


「ですが。」


「客人へ嘘を申すこともございません。」


男には理解できなかった。


敵なのか。


味方なのか。


そのどちらでもないように見えた。


執事は壁へ静かに寄り掛かる。


「私は幼き頃から、あのお方を見て参りました。」


「迫害され。」


「利用され。」


「裏切られ。」


「強くならねば生きられぬ世界で育たれた。」


「だからこそ、今のお方がおられる。」


男は黙って聞いていた。


「あのお方は悪ではありません。」


「……しかし善でもない。」


「ただ、自らの理を貫いておられるだけです。」


その言葉には長年仕えた者だけが持つ重みがあった。


男は静かに口を開く。


「だから、人を家畜にするのか。」


「必要だからでしょう。」


「だから子供も殺す。」


「邪魔だからでしょう。」


「だから国を奪う。」


「効率が良いからでしょう。」


執事は一切否定しなかった。


「ええ。」


「それが、あのお方でございます。」


男は剣の柄を強く握る。


「……だから止める。」


初めて感情が乗った言葉だった。


執事はゆっくり目を閉じる。


「そのお言葉を聞けて安心いたしました。」


男は怪訝そうに見る。


「私はあなた様が復讐だけでここまで来られたのであれば、この場で命を懸けてでも止めるつもりでした。」


「しかし。」


「あなた様は、人を守るために来られた。」


「それならば――。」


執事は静かに通路の脇へ退いた。


一本しかない細い通路。


その中央が開かれる。


「どうぞ、お進みください。」


男は動かない。


「止めないのか。」


「止めません。」


「私には主人がおります。」


「あなた様には、あなた様の信じる道がおありになる。」


「ならば執事として、お見送りするのが礼儀でしょう。」


男はしばらく執事を見つめていた。


やがて静かに歩き出す。


すれ違う、その瞬間。


執事が小さく呟いた。


「一つだけ、お伝えしておきます。」


男は足を止める。


「女王陛下は……。」


執事は少しだけ微笑んだ。


「あなた様が思っておられるより、ずっとお強い御方です。」


その言葉だけを残し、執事は背を向けた。


男もまた振り返らない。


互いに進む道は違う。


それでも二人は、最後まで礼を失うことはなかった。


静かな地下通路に、再び足音だけが響く。


その先には――


王城の中枢。


そして、最後の戦いが待っていた。

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