第四十七章 決戦前夜
東方視察を終えた王配一行は、夕暮れとともに王都へ帰還した。
城門が開く。
民衆は沿道を埋め尽くし、歓声が夜空へ響いた。
「王配殿下、お帰りなさい!」
「英雄万歳!」
馬車の窓が静かに開く。
王配は柔らかな笑みを浮かべ、民へゆっくりと手を振った。
誰もが、その姿に未来の王を見る。
誰もが、その笑顔を信じて疑わない。
やがて馬車は王城へ入り、静かに門が閉ざされた。
その様子を、一人の男が離れた屋根の上から見つめていた。
鉄仮面の奥。
赤い瞳だけが静かに細められる。
(……戻ったか。)
胸元へ手を添える。
真名石の護符は、淡い温もりを保っていた。
魔王はこちらに気付かない。
ならば。
今度こそ。
終わらせる。
男は夜の闇へ姿を消した。
王城。
王配の帰還を受け、城内は慌ただしく動いていた。
侍女たちは晩餐会の準備を進め、衛兵は警備配置を見直す。
王配付き執事は淡々と指示を飛ばしていた。
「東棟の警備を増やしてください。」
「王配殿下のお部屋は整いました。」
「女王陛下への報告も済ませております。」
無駄のない動き。
長年王城を支えてきた者だけが持つ落ち着きだった。
その最中。
執事はふと廊下の窓へ視線を向ける。
夜風が、僅かにカーテンを揺らした。
「……来ていますね。」
独り言のような小さな声。
誰に言うでもなく呟くと、再び何事もなかったように歩き出した。
女王は謁見の間の奥で王配を迎えた。
「お帰りなさいませ。」
「留守を任せてしまいました。」
王配は穏やかに微笑む。
「いえ。」
「女王陛下のお力あってこそです。」
互いに微笑む。
見守る家臣たちは、その仲睦まじい姿に安心したような表情を浮かべる。
誰も気付かない。
二人とも、本心を一切見せていないことに。
短い会話を終え、王配は自室へ向かった。
女王もまた静かに踵を返す。
すれ違う一瞬。
王配は横目で女王を見た。
(少し変わったか。)
以前よりも落ち着いている。
感情を表に出さなくなった。
だが、それ以上深く考えることはしなかった。
女とは、そういうものだ。
魔王にとって、それだけの認識だった。
深夜。
城内が静まり返る。
黒い外套が屋根から屋根へと飛び移る。
音はない。
気配もない。
やがて王城外壁の北側へ辿り着く。
城壁の蔦をよじ登った先に、小さな物置小屋。
幼い頃、王女が見つけた秘密基地。
その床下。
古い排水路へ繋がる穴がある。
本来は使用されていない狭い石の通路。
その先は王城の内部。
決戦の舞台だった。
男はゆっくりと鉄仮面へ手を添える。
「……待っていろ。」
誰へ向けた言葉なのか。
王女か。
魔王か。
それとも。
かつて約束を交わした国王か。
答える者はいない。
ただ夜だけが、静かに更けていった。




