第四十章 静かな雨
夜の王都に雨が降っていた。
静かな雨だった。
石畳を濡らし。
屋根を叩き。
王城の尖塔を霞ませる。
鉄仮面の男は高い鐘楼の上から王城を見つめていた。
遠い。
だが届かない距離ではない。
今の自分なら忍び込める。
初めて魔王がこの国に来た頃。
一年かけて練り上げた計画。
あの頃と王城は変わっていない。
警備体制も把握している。
脱出した経路も気づかれていないようだ。
問題は――
あの日。
王女は魔王を身を挺してかばった。
男は仮面の奥で目を閉じる。
感情が邪魔をする。
魔王を殺すだけなら。
不意をつき。
首を落とす。
胸元に剣を突き刺す。
それで終わる。
しかし女王が近くにいたら。
同じ事が起きるかもしれない。
あの日のように。
また庇うかもしれない。
その時。
自分は剣を振れるのか。
答えは出なかった。
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王城。
執務室。
銀髪の女王は机に向かっていた。
積み上がる書類。
各地の報告。
王国軍全滅の知らせ。
幻魔王国遠征失敗の記録。
全てに目を通す。
そして最後に残った一枚を手に取った。
黒い外套。
鉄仮面。
王都で複数回目撃。
正体不明。
女王は紙を見つめる。
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
しかし。
何故か捨てられない。
気付けば何度も読み返していた。
「……お父様ならどうされたでしょう」
誰もいない部屋で呟く。
返事はない。
だが。
机の引き出しには答えがあった。
一冊の日記。
亡き王妃の日記。
そして。
亡き国王の日記。
女王は静かにそれを見つめる。
誰にも話していない。
話せるはずもなかった。
あの日から。
彼女は一人で戦っていた。
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翌朝。
男は王都南区へ向かっていた。
王城内へ入る方法。
正面からは無理。
地下水路。
荷車。
城壁。
いくつか候補はある。
その確認だった。
路地裏を歩いていると。
子供達の声が聞こえた。
「勇者さまだ!」
「こっちだ!」
「捕まえろー!」
何事かと視線を向ける。
木で作られた小さな人形。
勇者の人形だった。
粗末な作り。
だが見覚えがある。
男の足が止まる。
仮面の部族の少女。
首から下げていた木彫りのお守り。
あれとよく似ていた。
父親が作った勇者のお守り。
助けたあの日。
少女が大事そうに握り締めていた。
「……元気にしているだろうか」
思わず漏れる。
自分でも驚いた。
王女だけではない。
仮面の部族。
反乱軍。
頭領。
賢者。
馬たち。
気付けば守りたいものが増えていた。
昔は違った。
王女だけだった。
だが今は違う。
だからこそ。
負けられない。
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その日の夕刻。
王城の中庭。
女王は一人で歩いていた。
護衛も下がらせている。
小さな庭園。
白い花々。
噴水。
幼い頃から好きだった場所。
そして。
ある男との思い出が残る場所。
昔。
手を引き歩いた。
馬番。
言葉なき友人。
人とは少し違う男。
「……」
女王は立ち止まる。
今になって思う。
あの男は何者だったのだろう。
名前も知らない。
ただ。
誰よりも忠実だった。
そして。
あの時。
なぜ王子を狙ったのか。
なぜ今になって思い出すのか。
分からない。
だが。
黒い影。
裂けた口。
赤い瞳。
泣いている怪物。
その姿だけが。
どうしても忘れられなかった。
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夜。
男は王城外壁の近くにいた。
侵入経路の最終確認。
明日。
潜入する。
そう決めていた。
その時だった。
ふと庭園の方角に目が向く。
懐かしい景色。
王女に引かれ歩いた場所。
気付けば足を向けていた。
もう二度と来る事はないと思っていた場所。
最後に一度だけ。
それだけだった。
同じ頃。
女王もまた庭園へ向かっていた。
眠れなかったのだ。
雨上がりの夜。
月が出ている。
白い花が揺れている。
静かな風。
そして。
二人は。
同じ場所へ向かっていた。
知らぬまま。
運命に導かれるように。




