第三十七章 帰る場所
海は穏やかだった。
古魔王国を出立した船は、幾度か嵐を避けながらも中央大陸へ向かっていた。
甲板の上。
仮面の男は一人、水平線を見つめていた。
風が黒い外套を揺らす。
胸元には真名石の護符。
「王都か」
小さく呟く。
男は拳を握った。
今さら帰る資格などない。
それでも行かなければならない。
あの日。
結婚式の前夜から止まったままの時間を動かすために。
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数日後。
船は中央大陸北部の小さな港へ到着した。
王都からは離れた辺境。
荷を降ろす商船に紛れながら一行は上陸する。
古魔王国反乱軍。
総勢十余名。
生き残りとしては十分だった。
頭領は港の様子を見ながら言う。
「まずは散るぞ」
全員が頷いた。
まとまって動けば目立つ。
王都で情報を集める必要もある。
各地へ潜伏しながら少しずつ王都へ近付く。
それが決まった。
男も頷く。
すると頭領が笑った。
「お前は好きに動け」
「いいのか」
「お前は元々一人で戦っていた男だろう」
頭領は続ける。
「それに」
少しだけ真剣な顔になる。
「約束とやらを優先してくれ。」
男は何も答えなかった。
だが。
仮面の奥で目を閉じた。
その頃。
一頭の馬が船から降ろされていた。
西の大陸から共に戻ってきた騎馬隊の軍馬。
今ではかけがえのない相棒だ。
賢く。
忠実で。
どこか人の心を理解しているような馬。
馬は辺りを見回していた。
そして。
男の姿を見つける。
「ブルルルッ!」
大きく鳴いた。
男が振り返る。
馬は綱を引き千切る勢いで駆け寄って来た。
頭を押し付ける。
まるで文句を言うように。
男は苦笑した。
「船旅はどうだった?」
馬は鼻を鳴らした。
頭領が大笑いする。
長い旅になる。
相棒がいてくれて良かった。
男は首筋を撫でた。
馬は嬉しそうに目を細めた。
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それから数週間。
男は東へ向かった。
街道を避け。
森を抜け。
山を越える。
やがて。
美しい風景が見えてくる。
白き王国。
その外縁部だった。
どこにでもあるいつもの景色。
だが。
何かがおかしい。
村人たちは笑っている。
豊作だ。
争いも無い。
平和そのもの。
それなのに。
どこか同じだった。
皆が似たような事を話す。
皆が同じように王配を称える。
幻魔王国で感じた違和感。
それと同じだ。
男は立ち止まる。
賢者の言葉が蘇る。
『強いチャームは支配じゃ』
『弱いチャームは習慣になる』
男の拳が握られる。
こんなに離れた王国外縁部までに。
少しずつ。
魔王の手が伸びている。
王都が見えたのは夕暮れだった。
白い城壁。
巨大な王城。
黄金色に染まる街並み。
美しかった。
昔と変わらない。
だが。
男はすぐに気付いた。
城壁の旗。
王家の紋章の隣。
王配を象徴する新たな紋章が掲げられている。
以前には無かったものだ。
街の人々はそれを誇らしげに見上げている。
男は嫌な予感を覚えた。
王都に近付けば近付くほど。
魔王の影が濃くなっている。




