第三十六章 女王
白き王国は、新たな時代を迎えていた。
国王亡き後。
王位は正式に銀髪の女王へと継承された。
まだ若い女王。
だが民は不安よりも期待を抱いていた。
それほどまでに先代国王への信頼は厚く
その娘である彼女もまた民に愛されていたからだ。
そして。
その女王を支える存在として。
王配である金髪の男が帰還した。
西の大陸遠征の生き残り。
数千の兵を失いながらも帰国した英雄。
王国中が彼を歓迎した。
誰もが思った。
これからも白き王国は安泰だと。
王都では歓迎の祭りまで開かれた。
しかし。
王城の中だけは違っていた。
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執務室。
大きな机を挟み。
女王と王配が向かい合っていた。
窓から差し込む午後の日差し。
穏やかな空気。
外から見れば仲睦まじい夫婦に見えるだろう。
だが。
部屋の空気はどこか冷たかった。
「西の大陸はどうなっていますか」
女王が尋ねる。
王配は微笑んだ。
「壊滅です」
実にあっさりと。
まるで雨が降ったとでも言うように。
「怪物の群れに包囲されました。みな勇敢に戦いましたが、ほとんどが命を落としました」
「そうですか」
女王は表情を変えない。
王配もまた変わらない。
沈黙。
しばらくして女王が言う。
「遺族への補償を増やします」
「良い判断です」
「農地も荒れます」
「人手が必要になりますね」
「はい」
会話はそれだけだった。
夫婦の会話とは思えない。
王と側近のようだった。
王配は小さく首を傾げた。
帰還してからずっと感じていた。
違和感。
女王が変わった。
以前はもっと素直だった。
もっと笑った。
もっと感情を表に出していた。
今は違う。
必要以上に感情を見せない。
まるで。
人形のようだった。
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その夜。
女王は一人だった。
王城最上階。
亡き国王の私室。
今は誰も使っていない部屋。
そこへ毎晩のように訪れていた。
部屋の奥。
鍵の掛かった引き出し。
中から一冊の本を取り出した。
革張りの日記。
母のもの。
そして。
途中から父のもの。
ページを開く。
何度も読んだ文字。
そこには王女として育っていく。
自分の姿が書かれていた。
母が愛した娘への。
母から娘に宛てた手紙でもあった。
しかし。
ある日をさかいに。
文字が変わる。
父の筆跡になる。
母が亡きあと。
父が替りに書き始めたのだった。
そこには母への約束が刻まれている。
「幸せにするから心配するな」
母を探す娘の話。
泣き続ける娘に困り果てた話。
そんな娘を遠征に連れて行った話。
海岸で不思議な男を助けた話。
娘に笑顔が戻った話。
元気に城を駆け回っている話。
王族教育がはじまり拗ねながらも
しっかり学び、素敵な王女になってきた話。
そして―
王子が現れ。
王女が王子を好きになり。
婚約。
結婚。
そこまで読むと。
女王は本を閉じる。
窓の外を見る。
夜の王都。
美しい光景だった。
母が愛した国。
父が守った国。
女王は日記を抱きしめた。
王国を守らなければならない。
父との約束だから。
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同じ頃。
王城の別棟。
豪華な私室。
王配は一人で酒を飲んでいた。
グラスを揺らしながら考える。
女王の変化。
理由は分からない。
だが問題はない。
所詮は人間だ。
もう数日、早く帰国していれば。
国王自ら、私へ王位継承させたのに。
まあよい。
王国は掌の上にある。
軍も。
貴族も。
民も。
少しずつ。
少しずつ。
自分の色に染まっている。
焦る必要はない。
数年。
いや十年でもいい。
時間はいくらでもある。
王配は窓の外を見る。
王都の灯り。
肥沃な土地。
豊かな国。
全て自分のものだ。
やがて小さく笑った。
「良い国だ」
その笑みは優しかった。
民が見れば安心するような笑み。
だがその瞳の奥にあるものは。
支配者の欲望だった。
そして。
遥か海の向こう。
幻魔王国から逃れた一団を乗せた船は。
静かに中央大陸へ向かっていた。
真名石の護符を胸に。
仮面の男もまた。
王都へと近付いていた。




