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怪物勇者   作者: Toooji
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第三十四章 敗走


山脈の夜は冷たかった。


反乱軍はひたすら走り続けていた。


誰も声を出さない。


馬の蹄の音だけが闇に響く。


勝てると思っていた。


長年準備してきた。


仲間も集めた。


真名石の護符も手に入れた。


それでも負けた。


誰もがその現実を噛み締めていた。


男は最後尾を走っていた。


鉄仮面の奥から後方を見つめる。


追手はいない。


だが安心はできない。


魔王の気まぐれ一つで状況は変わる。


夜明け前。


一行は山脈の奥深くにある隠れ里へ到着した。


古魔王国反乱軍最後の拠点。


険しい岩山に囲まれた天然の要塞だった。


門が開かれる。


見張り達が息を呑む。


戻って来た人数が少なすぎたからだ。


歓声は無かった。


代わりに静かな絶望が広がった。


負傷者達が運ばれる。


泣き崩れる者もいる。


家族の帰りを待っていた者達は、


戻らない顔ぶれを見て理解してしまう。


男は馬から降りた。


栗毛の馬が鼻を鳴らす。


男は静かに首を撫でた。


「助かった」


馬は返事をするように鼻先を押し付けてくる。


その様子を見ていた反乱軍の若者達が驚いていた。


「あの馬……本当に言葉が分かるのか?」


男は答えなかった。


ただ馬達に水を飲ませ始める。


昔からそうだった。


人より馬の方が落ち着く。


馬は嘘をつかない。


裏切らない。


だから好きだった。


その頃。


里の中央では頭領の治療が行われていた。


胸を深く斬られていた。


あと少し深ければ即死だった。


治療を終えた薬師が首を振る。


「年寄りには厳しい傷だ」


誰も何も言わなかった。


夕方。


男は頭領の小屋へ呼ばれた。


中に入る。


頭領は寝台の上で横になっていた。


顔色は悪い。


だが目は死んでいなかった。


「座れ」


男は黙って腰掛けた。


しばらく沈黙が続く。


やがて頭領が笑った。


「負けたな」


「……ああ」


「見事に負けた」


男は答えなかった。


頭領は天井を見上げる。


「魔王は化け物だな」


その言葉に男の拳が握られた。


頭領は横目で見る。


「違うか?」


「……その通りだ」


男は静かに答えた。


誰よりも知っている。


あれが何なのか。


どれだけ恐ろしい存在なのか。


どれだけの人間を壊してきたのか。


頭領は目を閉じる。


「だがな」


ゆっくりと言った。


「勝てないとは思わなかった」


男も同じだった。


真名石があれば。


護符があれば。


少なくとも対等には戦えると思っていた。


だが違った。


チャームを防げても。


魔王そのものが強すぎた。


頭領は小さく笑う。


「賢者の言葉を思い出した」


男は顔を上げる。


「遠い未来、東より兆し現る」


「その兆しがお前かと思った」


男は黙る。


頭領は続けた。


「だが違うな」


「お前は兆しじゃない」


「希望そのものだ」


男は苦笑した。


そんな大層なものではない。


ただの復讐者だ。


頭領はしばらく男を見つめる。


そして静かに言った。


「中央大陸へ戻れ」


男の目が細くなる。


「もうすぐ魔王は帰るだろう」


「国王が死に王位継承が行われる」


「幻魔王国は幹部達だけでも回せる」


だから帰る。


頭領にも分かっていた。


男にも分かっていた。


魔王はこの国そのものに執着していない。


白き王国こそ今の魔王にとって最も価値がある場所だった。


「奴は中央大陸を支配し」


「そして二度とここへ戻らんかもしれん」


頭領は息を吐く。


「最後の機会だ」


男は窓の外を見る。


夕日が山脈を赤く染めていた。


王女。


国王。


白き王国。


忘れた日は無かった。


一日たりとも。


頭領が言う。


「仲間は貸す」


「船も用意する」


「必要なら命も貸そう」


男は首を振った。


「命は借りない」


頭領は笑った。


「そう言うと思った」


しばらく沈黙が続く。


やがて男は立ち上がった。


出口へ向かう。


その背に頭領が声を掛けた。


「おい」


男が振り返る。


頭領は笑っていた。


「頼む」


短い言葉だった。


だが重かった。


男は小さく頷く。


そして小屋を後にした。


外では漆黒の馬が待っていた。


仲間の馬達もいる。


空には星が輝いていた。


敗北した。


多くを失った。


だが。


まだ終わってはいない。


男は夜空を見上げる。


真名石の護符が胸元で静かに揺れていた。


決戦の舞台は変わる。


次は中央大陸。


白き王国。


全てが始まった場所だった。

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