第三十二章 王都炎上
二十日が過ぎた。
魔王が中央大陸に帰還する前夜。
王都の長い夜がはじまった。
場内に身を潜めていた反乱軍が。
衛兵達の頓所に火を放った。
城壁の一角を反乱軍が制圧に成功。
幻魔王国に攻め込んだ。
狙うは王城内の魔王及び幹部達。
魔王軍は対抗策として。
中型魔獣の大群を解き放った。
魔獣達は攻め込む反乱軍もろとも。
街を破壊し始める。
火の手が上がり、人々の悲鳴が響く。
逃げ惑う民。
魔王軍にとって人の命など軽いものだ。
反乱軍にも民にも魔獣が襲いかかる。
そして。
黒い外套と鉄仮面を身にまとった一体の怪物。
誰もその名を知らない。
だが、その姿を見た者は皆、同じことを思った。
――あれは何だ。
――味方なのか。
――敵なのか。
ただ一つだけ確かなことがあった。
あの怪物が現れる場所では、必ず魔物が倒れていた。
男は屋根から屋根へ飛び移る。
着地と同時に二体の魔物の首を刎ねた。
血飛沫が舞う。
振り返ることすらしない。
そのまま走る。
真名石の護符が胸元で淡く光る。
魔王の感知は届いていない。
まだだ。
まだ気づかれていない。
男は街路へ飛び降りた。
そこでは数十体の魔物が民を追い詰めていた。
子供を抱いた母親。
杖を持った老人。
逃げ場はない。
魔物が牙を向く。
その瞬間。
銀色の閃光。
一閃。
二閃。
三閃。
気づけば魔物たちは崩れ落ちていた。
助かった民たちは呆然と立ち尽くす。
誰も礼を言わない。
言えない。
目の前にいるのは。
仮面をかぶった。
黒い怪物だったから。
男は何も言わず立ち去る。
それでいい。
守れればそれでいい。
かつては誰も守れなかったのだから。
その時だった。
「北門解放されたぞ!」
兵士の叫ぶ。
男は反射的に振り返る。
大型な魔獣。
十数体。
さらにその後方には狂ったような目をした魔族兵たち。
強力なチャームを受けた者たちだ。
頭領が言っていた。
『あれらはもう助からん』
『魂ごと壊されている』
男は歯を食いしばる。
助けられない命。
昔も見た。
魔王との戦場で。
部下たちが。
友が。
自分を殺そうと襲いかかってきた。
今も変わらない。
何も。
何一つ。
変わっていない。
男は剣を握り直した。
「ならば――」
低く呟く。
「せめて終わらせてやる」
地面を蹴った。
風が弾ける。
一瞬だった。
最前列の魔獣の首が飛ぶ。
次の瞬間には二体目。
三体目。
誰も動きが見えない。
ただ結果だけが残る。
魔獣が倒れる。
魔族兵が倒れる。
道が開く。
その光景を見ていた兵士たちは言葉を失った。
「なんだ……あれは……」
「黒い怪物……」
「いや……」
誰かが震える声で言った。
「勇者じゃないのか……?」
その言葉に皆が黙る。
もう誰も信じていない存在。
だが。
目の前にいる怪物は。
誰よりも人を守っていた。
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その頃。
王都中心部。
古魔王国反乱軍の頭領は、炎上する街を見下ろしていた。
周囲には反乱軍の戦士たち。
皆疲弊している。
それでも戦っていた。
この国を開放するために。
かつて全てを奪われた者達が。
恨み憎しみの元凶を断つために。
頭領は遠くを見る。
戦場の中心。
黒い外套。
鉄仮面。
そして。
誰よりも速く。
誰よりも深く。
敵陣へ斬り込む一人の男。
頭領は思わず笑った。
「まったく……」
隣の戦士が振り向く。
「頭領?」
頭領は腕を組みながら呟いた。
「賢者様の言葉は本当だったらしい」
まだ若かった頃。
観察者と呼ばれるエルフの賢者から聞いた言葉。
『遠い未来――東より兆し現る』
当時は意味が分からなかった。
ただの酔狂な予言者だと思っていた。
だが今は違う。
燃え盛る王都の中心で。
誰よりも前に立つ男を見て。
頭領は確信した。
「やはり、あいつだったか」
静かに笑う。
炎の向こうで。
男は剣を振るっていた。
王都の夜はまだ終わらない。
そして。
王城では。
ついに魔王が動こうとしていた。




