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怪物勇者   作者: Toooji
31/57

第三十章 地下の声


扉の向こうから聞こえた笑い声。


男は思わず息を止めた。


聞き間違えるはずがない。


何十年もの地獄。


拷問。


絶望。


その全ての始まりとなった声。


魔王だった。


男はゆっくりと扉へ近づく。


剣の柄に手を添える。


今なら――


そんな考えが脳裏をよぎる。


だがすぐに振り払った。


違う。


ここで斬り込めば終わる。


自分だけではない。


牢獄の者たちも。


反乱軍も。


全て無駄になる。


男は何十年もかけて学んだ。


怒りだけでは魔王は倒せない。


扉の隙間から中を覗く。


そこは豪華な部屋だった。


地下とは思えない。


絨毯。


彫刻。


高価な酒。


中央の椅子に座る男。


金色の髪。


整った顔立ち。


白き王国の民なら誰もが敬愛する王子。


だが男には分かる。


その中身を。


「人間は本当に面白いな」


王子が笑う。


周囲には数人の魔族。


幻魔王国の幹部達だった。


「餌を与えれば感謝する」


「救えば崇める」


「褒めれば命を捨てる」


酒杯を傾けながら続ける。


「管理が実に楽だ」


部屋に笑い声が響く。


男は拳を握った。


幹部の一人が尋ねる。


「本当に帰還なさるのですか」


「白き王国へ」


魔王は頷いた。


「国王が長くないらしい」


「死ぬ前に王位継承を我に譲らせたい」


「せっかく作った国だ」


「管理者が必要だろう」


まるで畑の話をするようだった。


国。

民。

人間。


全てが道具。


男は改めて理解する。


魔王は何も変わっていない。


むしろ昔より賢くなっている。


昔は力で支配した。


今は善意で支配している。


その方が効率的だから。


それだけだ。


「遠征軍はどういたしますか。」


別の幹部が聞く。


「使える者は残せ。」


「強い者は兵士。」


「器用な者は職人。」


「女と子供は農場だ。」


「不要な者は好きにしろ。」


淡々と告げられる。


男の胸の奥で何かが軋んだ。


かつて守ろうとした兵達。

 

今も港で王子を信じている兵達もいる。


彼らは救援に来たつもりだった。


だが実際は。


家畜だった。


魔王は立ち上がる。


「1ヶ月以内には中央大陸へ発つ」


「準備しておけ」


部屋の者達が頭を下げる。


会議は終わった。


男は素早く身を隠す。


扉が開く。


魔王が出てきた。


足音が近づく。


十歩。

九歩。

八歩。


男は石柱の陰に身を潜める。


真名石の護符を握り締めた。


七歩。

六歩。

五歩。


近い。


近すぎる。


魔王がすぐそこを通る。


男の全身に汗が滲む。


だが――


通り過ぎた。


気付いていない。


魔王は何事もなく去っていく。


男はその背中を見つめた。


斬れる。


今なら。


だが斬らなかった。


違う。


今ではない。


すぐそこに幹部達もいる


ここで失敗すれば終わる。


男は歯を食いしばる。


そして魔王が見えなくなるまで待った。


その後。


男は牢獄へ戻った。


気になることがあった。


捕らえられた者達。


彼らは誰なのか。


牢の奥。


痩せ細った老人が男を見つめていた。


「……誰だ」


小さな声。


男は答えない。


すると老人が笑った。


「その目」


「久しぶりに見た」


男は足を止める。


「反抗する者の目だ」


老人は鉄格子に寄りかかった。


「この国では珍しい」


「みんな王子様を信じているからな」


皮肉げな笑み。


男は静かに尋ねた。


「なぜ捕まった」


老人は答える。


「見てしまった」


「王都の外れで怪物が人を運ぶ所を」


「だから消される」


それだけだった。


男は周囲を見る。


他の者達も似たような者ばかりだった。


真実に近付いた者。


疑問を持った者。


逆らった者。


つまり。


この牢獄は。


真実を知った者達の墓場だった。


その時だった。


老人が男へ小さな紙切れを差し出した。


「お前なら平気かもしれん」


男は受け取る。


そこには一つの印が描かれていた。


剣と翼。


そして山脈。


男は目を見開く。


古魔王国反乱軍。


頭領から聞いた秘密の印だった。


老人が小さく笑う。


「まだ終わっちゃいない」


「ここにも仲間はいる」


「地下にもな」


男の胸の奥で何かが灯る。


幻魔王国は盤石ではない。


まだ火種が残っている。


その小さな火は。


やがて王国を焼き尽くす炎になるかもしれない。


男は紙を握り締めた。


そして決意する。


まずは反乱軍へ知らせる。


魔王が帰国する前に。


戦いは近い。


長い準備の終わりが。


少しずつ見え始めていた。

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