表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物勇者   作者: Toooji
29/57

第二十八章 偽りの王国


真名石の護符が完成してから十日後。


男は再び旅支度を整えていた。


黒い外套。


鉄仮面。


腰袋。


鋼の剣。


そして胸元には真名石の護符。


装備は以前とさほど変わらない。


しかし心は違った。


今の自分には目的がある。


魔王を倒す。


そのために必要な準備も見えてきた。


まずは敵を知ること。


男は幻魔王国へ向かう偵察役を引き受けた。


夜明け前。


反乱軍の隠れ里を出発する。


共にいるのは一頭の馬。


あの騎兵隊の馬だった。


主人を追って脱走してきた賢い馬。


男が歩き出せば付いてくる。


止まれば止まる。


もはや相棒だった。


頭領は馬の鼻先を撫でた。


「頼んだぞ」


馬が鼻を鳴らす。


まるで理解しているようだった。


男は無言で跨る。


そして山脈を南へ下った。


数日後。


男はかつて西の王国だった地へ足を踏み入れた。


そこは記憶の中の景色とは別世界だった。


草原は荒れている。


農地は放置されている。


用水路は壊れている。


なぜか村は残っていた。


だが活気がない。


子供の声がしない。


畑を耕す者も少ない。


ただ生きているだけ。


そんな空気だった。


男は遠くから村を観察する。


怪物はいない。


魔族もいない。


平和に見える。


だが何かがおかしかった。


夜。


男は村へ忍び込んだ。


出歩くものはいない。


静かだった。


数人の老人。


痩せた男達。


皆うつろな目をしている。


誰も未来の話をしない。


ただ今日を生きる話だけ。


肋小屋の前で老人が二人話している。


「今年も収穫は少ないらしい」


「そうか」


「また役人が人を連れていくらしい」


「そうか」


会話に感情がない。


男は違和感を覚える。


これではまるで――


魂だけ抜け落ちた人形だ。


----


翌日。


男は街道沿いを進んだ。


やがて大きな農場が見えてくる。


高い柵。


監視塔。


広大な畑。


そして。


働いているのは人間だった。


何百人もいる。


老人。


女。


若者。


見た事のある兵士の姿もあった。


皆黙々と働いている。


監視しているのは魔族。


鞭などは持っていない。


暴力も振るっていない。


だが誰も逆らわない。


いや。


逆らえない。


男には分かった。


微弱なチャーム。


意志を奪うほど強くない。


だが従順にさせるには十分。


賢者が語った通りだった。


「弱く長く」


それが魔王の支配だった。


男は丘の上から農場を見下ろす。


胸の奥が重い。


怒りではない。


絶望だった。


魔王は学んだのだ。


かつて西の王国を滅ぼした失敗を。


怪物だけでは国は続かない。


恐怖だけでは支配できない。


だから変えた。


より効率的に。


より長く続くように。


近隣諸国から人を連れてきて。


畑を作らせ。


町を作った。


そして自由だけを奪った。


数日後。


男はさらに南へ進む。


そしてついに見た。


幻魔王城。


かつて王国の王城だった場所。


遠くからでも分かる。


巨大だった。


城壁は補強され。


塔は増築され。


まるで巨大な要塞。


王都そのものが軍事拠点になっていた。


男は息を呑む。


懐かしさはなかった。


ここはもう故郷ではない。


知らない国だった。


その夜。


丘の上から王都を見下ろす。


灯火は多い。


人もいる。


街は動いている。


だが違う。


何かが決定的に違う。


男は気付く。


やはり、皆うつろな目をしる。


未来や幸せなど考えず。


魂を抜かれた人形のように。


ただ今日を生きているだけだ。


ふと。


胸元の護符が微かに震えた。


男は反射的に握る。


冷たい感触。


その時だった。


王城最上階。


最も高い塔。


そこだけに灯りが見えた。


男は目を細める。


距離は遠い。


顔など見えるはずもない。


それでも感じた。


あそこにいる。


魔王が。


今も。


この国の全てを支配している。


男は拳を握った。


だが動かない。


今はまだ戦う時ではない。


敵を知る。


準備を整える。


そのために来たのだ。


焦れば終わる。


昔のように。


風が吹く。


黒い外套が揺れた。


馬が隣で鼻を鳴らす。


男は城から目を離した。


そして静かに呟く。


「待っていろ」


それが魔王へ向けた言葉なのか。


王女へ向けた言葉なのか。


男自身にも分からなかった。


だが一つだけ確かなことがある。


幻魔王国は強大だった。


反乱軍だけで落とせる相手ではない。


それでも。


男は引き返さなかった。


長い夜はまだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ