第二十章 亡国の大地
夜明けとともに、西の大陸が見えた。
灰色だった。
男は船倉の隙間から陸地を見つめる。
かつて遠くから眺めた故郷とは違う。
緑が少ない。
森がない。
畑もない。
山肌は剥き出しで、大地は乾ききっていた。
まるで死んだ土地だった。
「見えてきたぞー!」
船員たちの歓声が聞こえる。
兵士たちも甲板で盛り上がっているのだろう。
救出遠征。
王国の英雄譚。
誰もがそう信じている。
男だけが知っていた。
この大陸に救うべき民など残っていない。
魔王は人に自由を許さなかった。
チャームの力で完全無力化したので。
そして怪物は食い尽くした。
魔族は消費するだけだった。
数十年前。
西の王国は滅んだのだ。
完全に。
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船が港へ入る。
男は息を潜めた。
港には多くの人影があった。
いや。
人ではない。
魔族だ。
角を持つ者。
灰色の肌をした者。
大柄な者。
様々だった。
しかし兵士たちは気づかない。
彼らには歓迎する住民に見えている。
広域チャーム。
魔王の得意とする幻惑。
賢者の話は本当だった。
男は仮面の下で歯を食いしばる。
これほどの規模。
周辺すべでを包み込むほどの術。
改めて魔王という存在の異常さを思い知らされる。
兵士たちは次々と上陸した。
笑顔だった。
希望に満ちていた。
誰も疑わない。
誰も気付かない。
その先に待つ運命を。
男は最後の物資が運び出されるのを待った。
夜になる。
港は静かだった。
見張りも少ない。
必要ないのだろう。
侵入者などいない。
誰もここへ来たがらない。
男はゆっくりと船を降りた。
乾いた風が吹く。
懐かしい匂いだった。
故郷の匂い。
だが同時に。
死臭でもあった。
男は港を離れた。
街道へ出る。
そして立ち止まる。
遠く。
月明かりの下。
かつて王都だった場所が見えていた。
西の王城。
今は幻魔王城。
男の故郷。
男が守れなかった王国。
男はしばらく動けなかった。
国王。
仲間達。
民たち。
家族を失い泣いていた子供たち。
焼かれた村。
怪物に喰われる人々。
全てが脳裏によみがえる。
拳が震える。
今すぐ行けば。
王城へ行けば。
魔王を殺せるかもしれない。
そんな衝動が湧き上がる。
だが。
男は首を振った。
まだだ。
賢者は言っていた。
チャームを破る術が無ければ勝てない。
何度でも同じ結末になる。
必要なのは怒りではない。
準備だ。
男は視線を移した。
王城とは反対。
北西。
巨大な山脈が連なっている。
天を突くほど高い峰々。
雲を貫く白い頂。
かつて国境だった場所。
今は幻魔王国と古魔王国を隔てる天然の壁。
真名石が眠る場所。
男の次なる目的地だった。
街道を外れ荒野へ入る。
夜のうちに距離を稼ぐつもりだった。
その時。
カラン。
小石が転がる音がした。
男は反射的に剣へ手を伸ばす。
気配は無かった。
しかし確かに音がした。
岩陰を見る。
誰もいない。
風だけが吹いている。
男は慎重に歩み寄った。
すると岩の上に何かが置かれていた。
小さな木片。
矢印の形に削られている。
向いている先は山脈だった。
男の目が細くなる。
偶然ではない。
誰かが置いた。
そして。
見られている。
男は周囲を見渡す。
何も見えない。
しかし背筋が告げていた。
誰かがいる。
近くに。
男は木片を拾った。
裏返す。
そこには古い文字が刻まれていた。
『死にたくなければ王城へ近づくな』
男は立ち尽くした。
魔族の文字だった。
だが。
その下にもう一文あった。
小さな文字。
『魔王を憎む者は山へ来い』
男の瞳が静かに揺れる。
賢者の言葉が蘇る。
――魔族も一枚岩ではない。
――多分な。
男は空を見上げた。
月は高い。
そして遠く。
山脈の闇がこちらを見返しているようだった。
真名石。
魔王討伐。
全ての道が。
あの山へ繋がっていた。




