第十六章 魂の欠片
泉のほとり。
男と賢者は向かい合って座っていた。
賢者は木の枝を拾うと地面へ円を描く。
「まず結論から言おう」
そう言って男を見た。
「お主は呪われておる」
男は眉ひとつ動かさない。
そんなことは知っている。
だからこそここへ来たのだ。
賢者は苦笑した。
「いやいや」
「お主が思っておるより遥かに厄介じゃ」
枝で描いた円の中心を突く。
「普通の呪いは肉体にかかる」
「精神にかかるものもある」
「だが、お主の呪いは魂じゃ」
男の目が細くなる。
賢者は続けた。
「心臓の辺りを触ってみい」
男は無言で胸へ手を当てる。
鼓動があった。
昔から変わらない。
生きている証。
賢者は首を横に振る。
「それはお主の心臓ではない」
男が初めて表情を変えた。
「……何だと」
賢者は平然と言う。
「魔王の魂じゃ」
森が静まり返った。
男は動かなかった。
賢者の言葉を理解するのに時間がかかった。
「正確には魂の欠片じゃな」
「心臓の代わりとして埋め込まれておる」
賢者は地面に二つの円を描いた。
一つは大きく。
もう一つは小さく。
「こちらが魔王」
「こちらがお主」
線を引く。
二つの円が繋がる。
「死ねない理由は簡単じゃ」
「魔王が生きておるからじゃ」
男は拳を握る。
思い出していた。
孤島の監獄。
終わらない拷問。
再生。
死ねない苦しみ。
あの全てが。
賢者は静かに頷く。
「お主が死にかける度」
「魂の欠片が肉体を再生させる」
「本体が生きておる限りな」
男は低く呟く。
「ならば……」
「魔王を倒せば終わるのか」
賢者は笑った。
「そこが面白いところじゃ」
男は眉をひそめる。
賢者は空を見上げる。
「分からん」
「正直な」
男は呆れた顔になる。
賢者は肩をすくめた。
「前例が無いんじゃ」
「こんな呪い見たことない」
そして少しだけ真面目な顔になる。
「だが恐らく」
「お主は死ぬと思っておるじゃろう?」
男は黙っていた。
当然だった。
魔王が死ねば呪いも消える。
ならば自分も終わる。
そう考えていた。
賢者は男を見る。
「案外そうでもないかもしれんぞ?」
男が顔を上げる。
賢者はそれ以上は語らなかった。
未来までは見えない。
それだけだった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて男は別の疑問を口にした。
「なぜ私はチャームにかからない」
賢者は待ってましたと言わんばかりに笑った。
「かかっておるよ」
男は固まる。
賢者は腹を抱えて笑った。
「安心せい安心せい」
「半分じゃ」
男は嫌な予感しかしなかった。
賢者は説明する。
「魔王の魂がお主の中にある」
「つまりな」
「魔王が魔王へ魅了をかけておるような状態なんじゃ」
男は理解に時間がかかった。
賢者は指を鳴らす。
「同じ声を二人同時に聞くと何と言っているか分からなくなるじゃろ?」
「それと似たようなものじゃ」
「魅了がぶつかっておる」
男は黙った。
だから耐えられたのか。
王都で。
城で。
誰も抗えなかったあの力に。
賢者は頷く。
「もちろん完全ではない」
「長期間浴びれば危険じゃ」
「意志の強いほどかかりにくいのもある」
「魔族もかかりにくいかもな」
「だがお前だけは遥かに耐性が高い」
男はようやく納得した。
長年の疑問だった。
その時。
賢者の表情が少し変わった。
「さて」
「次は魔王の話じゃ」
男の空気が変わる。
賢者はそれを感じながら続けた。
「お主は勘違いしておる」
「魔王を」
男は睨む。
「勘違い?」
賢者は頷いた。
「強大な怪物」
「最強の魔族」
「世界を滅ぼす悪」
「そう思っておるじゃろ?」
男は否定しない。
実際そうだった。
賢者は鼻で笑う。
「違う」
その一言だった。
「魔王は弱い」
男は思わず立ち上がりそうになる。
賢者は続ける。
「少なくとも魔族の中ではな」
男の脳裏に浮かぶ。
焼かれた城。
滅びた故郷。
死んでいった仲間たち。
それを作った存在が弱い?
理解できなかった。
賢者は枝で地面を叩く。
「奴は軍師じゃ」
「戦士ではない」
「チャームと再生能力」
「それだけで成り上がった男じゃ」
男は絶句する。
賢者は静かに言う。
「だからこそ危険なのじゃ」
風が吹く。
泉の水面が揺れる。
賢者の金色の瞳が細められる。
「やつの強さは狡猾さじゃ」
「人の心を奪う」
「信頼を奪う」
「国を奪う」
「そして気付けば全て失っている」
男は思い出していた。
あの国で起きたことを。
自分が守れなかったものを。
賢者は小さく息を吐く。
「そしてな」
「奴も学んだ」
男が顔を上げる。
「学んだ?」
賢者は遠くを見る。
千里眼で何かを見ているようだった。
「西の大国で失敗したのじゃ」
「国を滅ぼした怪物軍では支配はできぬ」
「人は増えぬ」
「畑も枯れる」
「国も死ぬ」
「だから今度は違う」
賢者は男を見た。
「今の魔王は人類を滅ぼそうとしておらん」
「支配しようとしておる」
その言葉は。
男にとって剣より重かった。
魔王は変わった。
だが善になった訳ではない。
より恐ろしい存在になっただけだった。
賢者は立ち上がる。
「さて」
「ここからが本題じゃ」
男も立ち上がる。
賢者は楽しそうに笑った。
「チャームを破る方法を教えてやろう」
その瞬間。
男の目に久しぶりの光が宿った。
魔王へ届くための。
本当の戦いに。
ようやく光が射し込んだ。




