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怪物勇者   作者: Toooji
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第十四章 勇者のお守り


母親が娘の手を引いて走る。


森へ。


少しでも遠くへ。


後ろからは悲鳴が聞こえていた。


怪物の咆哮も。


木々が倒れる轟音も。


全てが近付いてくる。


「お母さん!」


娘が何かを叫ぶ。


しかし母親は振り返らない。


今は逃げることだけを考えていた。


村を抜ける。


森へ入る。


細い獣道を駆け上がる。


ようやく小さな崖へ辿り着いた。


娘を先に押し上げる。


その後を追うように自分も登る。


上には村人たちがいた。


老人。


子供。


怪我人。


皆、恐怖に震えている。


それでも。


とりあえずは逃げ切れた。


母親は胸を撫で下ろした。


そして隣を見る。


娘がいない。


一瞬、理解できなかった。


何度も辺りを見回す。


どこにもいない。


血の気が引いた。


「……あの子は?」


誰も答えない。


崖の下を見る。


そこにいた。


娘が一人で走っていた。


村へ向かって。


「だめ!」


母親の叫びが森へ響く。


だが娘は止まらない。


小さな背中はどんどん遠ざかる。


母親は崖を飛び降りていた。


転がるように斜面を滑り落ちる。


膝を擦りむく。


腕を打つ。


そんなことはどうでもよかった。


娘を追う。


ただそれだけだった。


----


娘は走る。


涙を浮かべながら。


父の形見を探して。


数年前。


父は狩りの最中に命を落とした。


優しい父だった。


強くて。


よく笑って。


娘を肩車してくれた。


狩りへ出る前の日。


父は木を削って小さなお守りを作ってくれた。


勇者の形をしたお守りだった。


「これがあれば怖くないぞ」


そう言って笑った。


それ以来。


娘は寂しい時。


眠れない夜。


そのお守りを握り締めて眠った。


だから失いたくなかった。


父を失ったように。


これまでの思い出まで失ってしまいそうで。


娘は家へ駆け込む。


入口のすぐ横。


そこにお守りは落ちていた。


「よかった……」


両手で抱き締める。


安心した。


その瞬間だった。


轟音。


家が揺れた。


天井が吹き飛ぶ。


空が見えた。


娘は固まる。


巨大な影。


黒い毛。


鋭い牙。


熊の怪物だった。


怪物も娘を見つけた。


唸り声を上げる。


娘の身体が震える。


逃げなければ。


そう思うのに動けない。


恐怖で足が動かなかった。


怪物が腕を振り上げる。


巨大な腕。


大木のような太さ。


娘はお守りを握り締めた。


目を閉じる。


父の顔を思い出した。


――お父さん。


その時だった。


怪物の絶叫が響く。


娘は目を開けた。


怪物の腕が無かった。


肩から先が消えている。


血が噴き出していた。


そして。


自分の前に誰かが立っていた。


黒い影。


剣を持つ人影。


大きな背中。


娘にはその姿がよく見えなかった。


ただ。


怖くなかった。


不思議と安心した。


怪物が襲い掛かる。


黒い影が動く。


速過ぎた。


娘には見えない。


気付けば怪物は傷だらけになっていた。


そして倒れる。


別の怪物が来る。


それも倒れる。


最後の怪物も。


あっという間だった。


村人たちが何十人も苦戦した怪物たちが。


たった一人によって倒されていく。


娘は呆然と見上げていた。


まるで。


父が話してくれた昔話の勇者みたいだった。


---!


母親が駆け寄ってくる。


娘を抱き締める。


強く。


強く。


壊れてしまいそうなほどに。


涙が止まらない。


娘も泣いた。


生きていた。


母も生きている。


それだけで良かった。


ふと顔を上げる。


黒い影が近付いてくる。


その姿が見えた。


裂けた口。


赤い瞳。


尖った耳。


人ではない。


怪物の顔だった。


母親が娘を庇う。


震えながら。


命を懸けて。


娘には分かった。


母は怖がっている。


でも。


娘は違った。


あの人が助けてくれた。


それだけは分かる。


人でも怪物でも関係ない。


黒い怪物はしばらく立ち止まった。


そして何もせず。


静かに森へ消えていった。


遠くで歓声が聞こえる。


誰かが叫んでいる。


生き残った村人たちだった。


母親は娘を抱き締めたまま泣き続けた。


娘も泣いた。


ただ。


握り締めたお守りだけは離さなかった。


----


翌朝。


族長の話で知った。


昨日、自分たちを助けたのは。


伝説の存在。


森の悪魔だったと。


村人たちは恐れていた。


だが母親には違った。


あれは悪魔ではない。


神様のような存在だった。


少なくとも。


娘を救ってくれた恩人だった。


娘は言った。


「ありがとうを言いたい」


何度も。


何度も。


族長は困った顔をしたが。


最後には頷いてくれた。


そして村の家宝を持ち出した。


伝説の悪魔を模した鉄仮面。


代々受け継がれてきた特別な品だった。


----


その日のうちに。


村人たちは大岩へ向かった。


全員が仮面を被る。


名前を呼ばない。


顔も見せない。


伝承を守るためだった。


供物を並べる。


そして全員で頭を下げる。


しばらくすると。


岩陰から何かが現れた。


人だった。


いや。


人ではない。


怪物の顔をした男だった。


村人たちの間に緊張が走る。


だが誰も逃げない。


昨日の戦いを見ていたからだ。


族長が前へ出る。


震える手で鉄仮面を差し出す。


怪物の男も少し戸惑いながら受け取った。


その時だった。


族長が娘を呼ぶ。


母親も一緒だった。


二人は前へ出る。


娘は緊張していた。


胸がどきどきする。


助けてくれた人だ。


もう一度会いたかった。


でも。


近付くと恥ずかしい。


母の後ろへ隠れてしまう。


母親は勘違いした。


怖がっていると思ったのだ。


慌てて男へ仮面を被るよう促す。


男は言われるまま鉄仮面を被った。


すると。


昨日見た怖い顔が隠れた。


娘は少しだけ笑う。


母親に背中を押される。


前へ出る。


小さな花を握り締めながら。


男は膝をついた。


娘と目線を合わせるために。


娘は花を差し出した。


男が受け取る。


娘は少し照れながら。


けれど精一杯の笑顔で言った。


「ありがとっ…勇者さま」


首元では父の形見のお守りが揺れていた。


森の風が静かに吹いた。


男は言葉が理解できない。


しかし


誰よりも長く苦しみ続けた


男の胸の奥へ何かが届いていた。

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