表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物勇者   作者: Toooji
10/57

第九章 永遠の森


男は走っていた。


ただひたすらに。


夜の森を。


山道を。


谷を。


振り返ることなく。


走り続けていた。


視界が滲む。


呼吸は乱れ。


肺は焼けるように痛い。


それでも止まれなかった。


止まれば全てが終わる気がした。


頬を伝う涙が止まらない。


地獄の監獄で流した涙ではなかった。


拷問の痛みでもない。


身体を切り刻まれる苦しみでもない。


もっと深い場所から溢れてくるものだった。


悔しかった。


情けなかった。


悲しかった。


そして何より。


自分自身が許せなかった。


男は歯を食いしばる。


喉の奥から嗚咽が漏れる。


それでも足は止めない。


走る。


走る。


走る。


脳裏には王女の声が焼き付いていた。


――出ていきなさい。


――この怪物。


男は目を閉じる。


違う。


王女は悪くない。


何も知らなかっただけだ。


知らなくて当然だった。


それでも胸は痛んだ。


十二年前。


あの浜辺で。


自分に手を差し伸べてくれた少女。


誰も近寄らなかった化物同然の自分へ。


笑いかけてくれた少女。


その少女を守れなかった。


男の脳裏に国王の顔が浮かぶ。


あの日。


馬小屋へ訪れた優しい王。


「そばで姫を守ってやってくれ」


男は大きく頷いた。


声も出せない身体だった。


それでも約束した。


守ると。


必ず。


守ると。


しかし結果はどうだ。


王女は魔王を愛している。


国王は気づいていない。


そして自分は王女を傷つけた。


男は拳を握る。


爪が肉へ食い込む。


血が流れる。


それでも痛みは感じなかった。


「あの時……」


声が漏れる。


「どうすれば良かった……」


答えはない。


王女が飛び出した瞬間。


剣を止めた。


それは間違いでは無い。


押し退けてでも魔王を斬るべきだったのか。


魔王討伐は正義なのか。


今となっては分からない。


分からないまま。


男は走り続けた。


今は生き延びるしかない。


魔王から離れる。


出来る限り遠くへ。


チャームの影響が薄れる場所まで。


ひたすら遠くへ。


夜が明けた。


男は草むらへ潜る。


追手が通り過ぎるのを待つ。


日が沈めば再び走る。


川を渡る。


山を越える。


時には下水道へ身を潜めた。


悪臭にまみれながら。


泥を食らいながら。


ただ生きるために。


そして。


いつの日か。


再び魔王を討つために。


----


数年後。


白き王国は今日も平和だった。


城下町は賑わいを見せている。


市場には活気があり。


工房では職人たちが汗を流し。


酒場には笑い声が溢れていた。


王女と王子の婚姻は無事に執り行われた。


国中が祝福した盛大な婚礼だった。


今では人々の関心はただ一つ。


世継ぎの誕生である。


国王も高齢となっていた。


近いうちに王位を譲るだろう。


そう誰もが考えていた。


そして王子は。


期待に応えるように働いていた。


民の声を聞き。


農業を支援し。


交易を増やし。


街道を整備する。


王都は以前にも増して豊かになっていた。


王子を悪く言う者などほとんどいない。


むしろ英雄だった。


理想の王。


未来の国王。


民はそう呼んでいた。


もちろん反対する者もいた。


だが彼らは長く表舞台には立たなかった。


過激な思想。


危険な宗教。


反国家活動。


そのような罪で逮捕される。


誰も疑問を抱かなかった。


王国のためだ。


平和のためだ。


そう説明されれば納得した。


王子は決して急がなかった。


少しずつ。


少しずつ。


国を変えていた。


誰も気付かないほど静かに。


----


そしてある日。


王子は新たな提案を行った。


西の死の大地。


かつて滅んだ大国。


そこに生存者がいる可能性があるという報告。


王子は救出作戦を提案した。


主力軍の派遣。


物資の支援。


難民の受け入れ。


誰も反対しなかった。


むしろ称賛した。


なんと慈悲深い王子なのだろう。


なんと高潔な人物なのだろう。


国民は感動した。


拍手が巻き起こる。


王子は微笑む。


その瞳の奥に宿る本当の目的を知る者は誰もいない。


----


王都から遥か北。


人の手が届かぬ場所。


永遠の森と呼ばれる深き森があった。


昼なお暗い大樹の海。


数百年生きる木々。


魔物すら寄り付かない異界。


その奥深くに集落がある。


鉄仮面を被った狩人たちの村。


彼らは皆。


顔を隠していた。


森には古くから伝承がある。


森の悪魔に顔を見られてはならない。


悪魔に名を知られてはならない。


その呪いを恐れ。


狩人たちは鉄仮面を身に着けていた。


彼らは森の恵みを狩り。


細々と暮らしていた。


その日も狩人たちは獲物を追っていた。


すると一人の若い狩人が立ち止まる。


木々の隙間。


その先に。


何かが見えた。


巨大な岩の上。


黒い外套を羽織った人影。


いや。


人ではない。


赤い瞳。


裂けた口。


尖った耳。


怪物のような姿。


若い狩人は息を呑む。


森の悪魔。


伝承の存在。


そう思った。


だが。


怪物は静かに空を見上げていた。


その姿はどこか寂しげだった。


まるで。


何かを待ち続けているように。


遠く南の空。


白き王国の方角を。


じっと見つめながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ