さよならの時間
「……そうか!」
ぼくの覚悟を聞いた勇樹が叫ぶように言った。身内を亡くしておいて、悲しくないわけがない。胸の内を笑い飛ばしているようだった。
「今目の前にお前はいるけどさ、ほら、死んじゃってんだろ? だったらいつまでもここにいるわけにはいかないよな」
「……うん。ごめん、そんなこと言わせて」
「何言ってんだよ。そんな繊細だったっけ? いつもツンツンしてんのに」
「そうだっけ……」
そうだよ、と言って勇樹は笑う。そうさせているのが、更に申し訳なくなった。後悔を引きずって、うだうだしてなんていられないのに。
元気付けられてるのはぼくの方だ。本当に最後まで不甲斐ない。
「あー……もうすぐ行くのか?」
なにも言えなくなったぼくが黙った間を繋ぐように、勇樹は聞いてきてくれる。でもその質問に答えるのは心苦しかった。
正直なことを言えば行きたくない。まだずっとのんびりしていたいけど、そんなわがままはこれで終わりだ。これまでゼルたちに頼ってきた分、大事な局面は自分で切り抜けなきゃ。
「うん。ぼくは天に行くよ」
なるべく口角を上げることを意識して。勇樹みたいに元気付けられるように、したつもりだった。
勇樹がぼくの顔をまじまじと見つめてきた。そして頬に指をあてがった。そうしてくれた時、ぼくは初めて気づいた。
「正太……お前、泣いてんぞ」
自分で認知できないほど、それは自然に、涙が溢れていたらしい。
慌てて焦って軽いパニックになりながら、後ずさりながら自分で頬をこする。指に濡れた感覚が訪れ、摩擦がほぼなかった。
「行きたくないんだろ?」
勇樹は優しく問いかけてくる。思わず頷いて「うん」と、甘えそうになる。
「そんなことない。だってぼくは覚悟したから」
「俺は」
少し力んだぼくの声をかき消すように、真っ直ぐに勇樹は発した。
「行って欲しくない。そりゃここで暮らすってのは無理だけど、もう少し喋ってたい」
「……」
「俺は寂しいよ。正太がいなくなるの」
こんな時なのに、ぼくは思い出した。周囲の人気者と関心に見切りをつけていた勇樹に、惹かれた瞬間を。
抜け目のない、みんなの相談窓口みたいな完璧人間の勇樹が、ぼくに弱みを見せたのだ。「お前は本当はすごい。頼る時がくる」って言ってくれたことを、ふと思い出した。
「……ぼくも寂しいけどさ、地上に戻れないこと何回も絶望したけど。ちょっとずつ時間をかけて、良い方に考えて、なんとか普通に進めるようになったんだ」
「へえ、そっか。やっぱりお前って強いな。俺、ポジティブ思考っていうのできなくて」
だんだん、勇樹の方も涙声になってきた気がする。現に若干俯き出した。ぼくは勇樹の肩に手をおく。
「そんなの、自分に都合良いように考えれば良いんだよ。それは間違ってるって否定されても、迷惑をかけてなかったらそれはひとつの自分の意見だから。最後幸せになれれば、それまでの意識なんて泥臭くても綺麗事でもいいじゃん」
顔を上げた勇樹は、しばらく円らな瞳をした後へへっと少し笑った。そしてまた優しい顔つきになっていった。
「だな」
「うん……もうぼく、行くよ」
「……ああ!」
ぼくは公園の出入り口に歩く。空は夜に近づき、青っぽくなっている。そんな暗がりの静けさの中、砂利を巻き込んだ足音がひとつ分なっている。
振り返り、ベンチの側でにこやかに堂々としている勇樹を見る。
一緒に遊んだこの公園から、一緒に帰っていた小さな小さな頃が懐かしい。それから少し成長して、学校からもふたりで帰っていた。
振り返っているぼくと勇樹の目線が、数秒間合った。
「……ふっ! おい、大事なところで笑っちまったじゃねぇか!」
「なんで目を逸らさないの! 面白いじゃん!」
いつか、不思議のひとつとして語っていた。どうして人の顔を見ていると笑っちゃうんだろう、と。
呆れた風に勇樹は呟いた。
「ったくよ……」
「ちょっと、ぼくが悪いみたいにしないで! そっちだって……」
「あー! いちいちうっせーな!」
お読みいただきありがとうございます。
次回最終回かもしれません。そうじゃない可能性も大きいですが、勇樹とのお別れの後の展開も是非読んでください。




