優雅なるデスアークエンジェル
「ほらっ、行くべき所に行けよっ」
だらだらと続く会話を切るための言葉に、ぼくは「わかってるよ」と笑みを浮かべながら返事する。
改めて、ぼくは公園の出入り口に立って、勇樹はベンチの前に立っている。なんだか、達成感のような満足げな表情をしている気がした。
「それじゃあ」
「おう」
もう、これといって話すようなこともない。そりゃあ途中で分断されてしまった話題なんかはあるけど、ぼくたちがすべき大事なことは、ふたりが確かめるべきことは成した。
「あばよ」
ぼくは背を向けて歩き出した。振り返る気は毛頭ない。ただ右手を肩の上にあげて、左右にひらひら振った。
涙は出てこない。それは落胆でも何でもないし、予想外でもなかった。爽やかな夜風がぼくたちを、撫で去っていった。
ゼルはどこだろうか。先の曲がり角を曲がったら、上に浮かんで探してみよう。
一歩一歩軽い足取りで、舗装されていない砂利道を歩く。その時、砂利の音をかき消す声がした。
「またなー!」
振り向いてしまいそうになる。彼との帰り道で、別れるのを名残惜しくさせる、力いっぱいの聞き慣れた声。
ぼくは足を止めて、感情が溢れ出ないように拳と足の踏ん張りで堪えた。そして、静かに勢いよく拳を突き上げた。その手を開き、ぶんぶんと振った。恐らく遠く離れた彼によく見えるように。
届いてますようにと祈って、叫ぶ。
「ああ! またな!」
腕を下ろして、数十歩歩いて、曲がり角を曲がった。
曲がった先にはゼルがいた。待ち構えていたのだろうか。
好き勝手に喋って動く自由人のゼルが、何故か口を開かない。
「終わったよ。天界に戻ろう」
「……いいのかい? ぼくの想定より短いお別れみたいだったけど」
「いいんだよ。一言挨拶くらいの気持ちだったからさ」
悲しげというか寂しげというか、沈んだ様子のゼルに、ぼくは少し悶々としていた。こういう時こそ、いつもの調子で連れて行って欲しいんだけれど。
まるで物事のはっきりしない子供のようだ。面倒臭くなって、衝動に任せてゼルの腕を引っ張った。
「え、アーク?」
「ぼくは姿を見せて教えるタイプなんだ」
「何言ってるんだい?」
「いいから! 天界に戻るよ!」
言動の予測できない天使たちに惑わされてきた日々だったけど、今はぼくがゼルを引っ張っている。特に優越感を覚えるわけではなかったけど、面白い状況だな、とは思っていた。
黒くなっていく雲に飛び込むのは中々勇気がいった。それでもこの上に世界があることを知っているぼくは、迷わず突き進んだ。
「うわ、暗いな」
雲に突入すると、辺りは灰色に囲まれ真っ暗に近かった。それでも心に止まろうという気はなく、なにか飛び出て来ないかという恐怖と戦いながら飛んだ。
そんな精神世界での戦いが繰り広げられている中、ゼルが独り言のようにポツリと言った。
「アーク……なんだか大分成長したね」
「え?」
「あ、うん、そのさ。出会ったばっかりの時の、ひ弱そうな、そしてそれを隠す為みたいなツンツンした態度を思い出してね」
「やっぱりぼくってツンツンしてるの? あいつにも言われたんだけど」
「あいつって、ふふ、幼馴染の彼かい? あいつって呼んでるの?」
「んー、なんとなくの気分だけど」
「そっか。なんかすごく大人になった気がするよ」
「なに、それ?」
何でもないよ別に、なんてゼルは、はぐらかす。ただ、ぼくがまだ掴んでいるゼルの腕に、僅かばかり力が入ったような気がした。
「ああ、もう少し上がれば天界じゃないかな」
「本当?」
ゼルの言葉に励まされるように、グンと上がる速度を上げた。気合いを入れる意味合いもある。
様々な、混沌とも呼べるような感情の交錯と、小さな出来事の末。ぼくは天界に戻ってきた。戻って最初に目についたのは、辺りをふわふわと忙しなく浮いているルイズだった。
流石、と言っていいのだろうか。数秒経った後には、ぱっとぼくの眼前にいた。
「アーク! あー……あの、終わらせてきたんだよな! その、幼馴染との奴」
「そんな濁らせなくていいよ、別に。もっとものをはっきり言う方じゃないの? ルイズは」
「ルイズだって、善悪の分別はついてるよ」
訴えかけるように目を真っ直ぐ見てくる。前のめりにもなってくる。
「ていうか、よくぼくのところにすぐ来れたね」
「まあ、話聞いたからな。ハインに。お前を見かけなかったからさ」
「そっか」
肩で息をするのはぼくの方のはずなんだけど、ルイズが少し息をあげている。呼吸に忙しく沈黙ができた。
そこでぼくは、ゼルに声をかけた。
「ねぇ」
「ん?」
「ぼくの生死はもうはっきりしたからさ、冥界とか、近いうち行くんでしょ?」
「……それで?」
「それでって、冥界ってどんなところなんだろうとか、いつ行くことになるんだろうとか、あいつにそこでまた会えるかなとか、まあ色々と気になってきたんだよ」
ああ……と、ゼルは疲れたような吐息混じりに声帯を震わせた。
「それを考える意味はあんまりないよ」
「え、なんで? 死んだ魂とかってさ、冥界に行かないの?」
「いや、行くけど……君は行かないんだ」
ますます、言っていることがわからなくなる。と、ルイズが口を挟んできた。
「あ、ゼル。もしかしてあれやることにしたのか?」
「あれ?」
どうやら他の天使たちも「あれ」とやらは知っていて、ぼくだけが知らないようだ。どうしてぼくだけが知らないのだろう。
ゼルになんのことかと、目で訴えかけて聞いてみる。
「……前々から、ハインやリィから言われてはいたんだけどね」
「うん」
「その、今までの君の行動とかも考慮して、僕の相棒にならないかなと」
「……ん? それって誰が?」
「君! アークがゼルの相棒にならないかって、提案してるんだ!」
早口でしかも大声だ。紳士的なゼルには似合わない、熱血漢のような口調だ。照れを隠すようにも思えてくる。
そんな風に客観的にゼルを見ているけど、ぼくの方も脳内がこんがらがっている。ぼくが、ゼルの相棒に?
ぼくはこれといって得意なこともなければ、何事においても要領がいいだとか全部並みだとか、そういうこともない。自分の個性を挙げるとすれば、よく言われる、どこか冷めていると言うところだろうか。
「あの、もしかして嫌かい?」
「えっと……」
「嫌なら嫌でいいんだ。全く構わない」
ゼルはこれ以上ないくらい慌てた様子で言う。あまりに唐突なことでなにもまとまっちゃいないけど、でもぼくの中で、ひとつしっかりと受け止められることがあった。
「いや、あの。ぼくが役に立つかどうかは知らないけどさ。ぼく自身は相棒になっても、全然いいよ? ゼルとの日々は、まぁ楽しかったしさ」
「え……本当かい?」
ぼくは真顔で、こくんと頷く。そんなぼくの小さな反応に、ゼルは大袈裟すぎるほどのリアクションをとった。ぱっと、ひまわりが開花したみたいに笑顔を浮かべたのだ。
とても嬉しそうで、満点の喜びが伝わってくる。
「ありがとう!」
「ど、どういたしまして?」
初めてのゼルのノリに戸惑いつつも、ぼくも何だか嬉しかった。さっき自分でも言った通り、ふたりで過ごした日々は本当に面白かった。
彼の立場は実に面白くて、色んな天使や人間たちと関われた。普通に生きてるだけじゃ味わえない感覚を何度も体感した。そんな刺激的で愉快な生活を、これまでと同じように送れるなんて、今これ以上に幸せなことはないだろう。
と、ぼくたち以外に喜ぶ人が1人いた。
「よっしゃ! アーク残るんだな! 嬉しいよ。なあ、これからもよろしくな。まだ戦いごっこみたいなのして遊ぼうな」
ルイズがくしゃっと笑って言った。
「うん。そうだね。よろしくルイズ!」
ぼくは体をルイズの方に寄せて、手が届く距離まで行った。そして下に垂れ下がった手を取って、握手した。
「うわっ!」
「えっ!?」
ぼくが手を握ると、ルイズは声をあげて後ずさってしまった。
「な、何すんだよ!」
「え、だってよろしくって時は、握手とかするものじゃないの?」
「そ、そうだったっけかな。あ、あれ、ルイズは潔癖症だからさ。きゅ、急に触んなよ!」
突然にしどろもどろになるルイズ。これも、面白い日々のワンシーンかもしれない。後ろでゼルがにこにこしながら見ている。
「ま、アークが相棒になってくれたという訳で。ちゃんとした手続きとかはハインに言っておくよ。これからもよろしく、アーク」
「うん。よろしくゼル」
ぼくとゼルは、改めてしっかりと握手をした。ぎゅっと力強く。
手続きは先の少し先の話だけれど、この時ぼくは、優雅なるデスアークエンジェルのゼルことザラキエルの相棒になった。
お読みいただきありがとうございました。
これにて最終回。とさせていただきます。長期連載にお付き合いいただいてありがとうございました。後日談見たいの書くかもしれませんが、その時は短編形式ですね。投稿時間めちゃくちゃに遅いですが、それでも読んでくださった方には本当に感謝です。次回の投稿まではやや時間空くと思いますので、好きそうな作品だったら読んでください。改めて、ありがとうございました。




