勇樹たちの家庭
「本当に正太だっていうのか?」
混乱という言葉ではとても表せない、混沌とした瞳をしながら問いかけてくる。ぼくは力強く頷いた。
「嘘だ……だってついさっき聞いたんだぞ」
「聞いた?」
また呼吸が荒くなっている。頭に手を当てて髪ごと握りしめている。
「病院で、正太が息を引き取ったって……医者が言ってたんだ」
体力を絞り出したような声を出しながら、後ずさってベンチに座った。ほぼ倒れこむような感じだったが。
ぼくが息を引き取った。勇樹の言う通りなら、きっとラフィーが治癒を止めたんだろう。
さっきの説得からそれほど時間がたっていないのに、もうぼくが死んでしまったということは、元々のダメージは大層なものだったということだろう。
それよりも、勇樹の心配だ。こんな状態になるのも無理はない。むしろ、もっと悲惨でも全くおかしくないはずなのに。勇樹は強い方だ。自殺を選んでもぼくは納得できてしまう。
彼は弟の大介を亡くしている。書類上では「行方不明」「失踪」の類になっているけれど、あれから幾年も経っている。真実を見ることはぼくだって辛いが、生きている可能性は0だ。
だが勇樹をさらに苦しめているのは、大介を失踪させた犯人の存在だ。
大介の失踪事件の犯人は見つかっていない。けれど大介や勇樹の家庭事情を知っているものであれば、容易に想像できる。未だ逮捕はされていないが、煙たがられているのは確かだ。
その犯人は、勇樹の母親だ。母親が大介を殺しどこかに隠したと噂されている。
そんな話が飛び出てきた訳は、母親が2人に虐待を行っていたからだ。
ぼくは一度、勇樹に無理を言って家に入れてもらったことがある。いつもの他愛ない話の中で、家についての話題が出たからだ。ぼくと勇樹の家庭は、対照的とまでは行かずとも、それぞれなんともタイプの違う家だった。
ぼくの家は経済状況も生活も、富んではいなかったが安定していた。両親は忙しく夜くらいしかゆっくり話せなかった。けど、お互い時間が空けば一緒に遊んだりしてくれた。
勇樹の家は、彼の性格からは考えられないくらいの、愛の転がっていない家だ。あくまでぼくが感じた印象だけど、様々な面で欠けていた家庭だった。兄弟仲は非常にいいと思えたが、2人とも、特に大介は家族だとか大人の話を嫌っていた。
勇樹たちの母親からの虐待を知ったのは、買い物がてら散歩に行った時だった。
その日は秋の夕方で心地よく、馴染んだ部屋も窮屈に感じて無性に外に出たくなった。少し贅沢に、自販機ではなくスーパーの麦茶と好きな果汁のジュースを買った。
見頃の紅葉の見たさもあって、それを団地近くの公園で飲むことにした。そうして入ろうとしたところ、勇樹と大介が公園にいたのだ。大介が簡単な遊具で遊んでいるのを、少し疲れたように勇樹が見ていた。
「あっ、勇樹!」
声をかけると、驚きながらも嬉しそうにしてくれた。大介とも知り合い程度にはなっていたから、駆け寄ってきてくれた。
3人でベンチに座ることにして、秋が気持ちいいねとか小さなことを話した。そんな中で、はしゃぎ回る大介の体に痣を見つけた。位置がなんとなく不自然だったので勇樹に尋ねると、口ごもってしまった。
そこでぼくは、たまに見せる不自然な態度を思い出した。買ったばかりの冷たい麦茶を、勇樹の二の腕に押し付けた。
「うわっ! いた……」
顔を歪めて、麦茶を当てた部分を手で包んでいた。びっくりしたとかじゃなくて、その反応は完全に「痛い」ものだった。
歯を食いしばりながら、まっすぐ見つめるぼくを勇樹は横目で見た。
ごめん、とぼくは小さく呟いて、「何があったの?」と聞いた。勇樹は遊具で楽しそうに笑っている大介をちらっと見て、悔しそうに口を開き出した。
そうしてぼくは虐待のことを知った。時々突っかかりながら、泣くんじゃないかと思う場面もあった。だからぼくは「どっちがいい?」と、麦茶とジュースを差し出した。
勇樹は少し迷って、ジュースを手に取った。「あいつと飲むからさ」と、笑ってくれた。
そんなことがあって、勇樹の家庭のことを知った。大介は虐待の末に死んでしまったし、今はぼくも死んでしまった。
正直なところは、死ぬのは悔しかった。彼を1人残してしまうのは。彼を理解できる人間を残さないまま消えてしまうのは。でも、車に轢かれそうになった勇樹を救えただけまだいいのかななんて考えたりもする。
「な、なあ。お前本当に正太なのか?」
と、ぼくは大分ほっといてしまったようだ。「ごめん」と謝って、一歩二歩ぼくは勇樹に近づいていく。
そして、なるべく優しく、布が包むように勇樹をぎゅっと抱きしめた。
「見た目は大介だけど、そうだよ。ぼくは死んじゃったけど正太だよ。魂は残ったから大介の体を借りたんだ」
「え……?」
「はは、何言ってるかわけわかんないよね。でも、短く言うとそうなるんだ。変な話だよね」
「……いや、そんなことない」
勇樹は目をこっちに向けてきて、元気いっぱいに言った。
「すげーじゃん! 大介がお前になってるとか。面白いよ。漫画みてーだな!」
「……」
今、この瞬間の勇樹は、きらきらしていた。いつものとびきりの笑顔をしていた。
ふと、思いついたことがあった。
「勇樹。あのさ、天国ってあったんだよ!」
「え?」
「死んだあと、天使に会ったんだ。しかもね、そこは天界って言って天使の相棒として人間もいるんだよ」
「……ホントか?」
「うん!」
やっと言えた。この世界には天国があるよって、教えられた。気づけばぼくたちは笑っていた。
「めっちゃ楽しそうだな!」
お読みいただきありがとうございます。
また長めです。最後に2人が楽しそうにしていて作者もなんだか嬉しいです。辛いことも沢山でしたが、もうすぐ幸せな大団円のはずです。次もお待ちください。




