93話 シン国攻略戦〜其の弐〜
私に飛びついたココノハは周りのことなど知らぬといった様子で頬擦りしてくる。
「ホシミさ〜ん」という甘えるような声も含めて、この場には異様な存在だった。
「久しぶりのホシミさんの感触と匂いです……ああ〜」
「……どうして、此処に?」
衝撃過ぎて、ようやく口に出来たのはその言葉だけだった。
ココノハは私の問いに答えるべく、身体を寄せて耳元で囁いてくる。
「わたしはホシミさんの妻だから……です♪」
そう言ってから口をぽかんと開いてこちらを見ていたクロースに向かってにこやかに挨拶と簡単な自己紹介をする。
「初めまして、わたしはココノハです。ホシミさんの妻です、あなたもホシミさんの女になったんですか?」
「は、はい……初めまして。わたしはクロースと申します。わたしは、ホシミ様専用の奴隷です。生涯をこの方に尽くすと、そう決めてお仕えしています」
ココノハに若干気圧されながらクロースも挨拶をする。が、自己紹介に移るとはっきりと宣言するように言い切った。
ココノハはそれを聞くと満足そうに頷いてからクロースの手を引いて近くまで寄せて私と同時に抱きしめる。
「それならわたしたちは同じ人を愛する仲間ですね! よろしくお願いしますクロースさん!」
だからそんな反応が返ってくるとは思わなかったクロースの方が面食らっていた。
自らを奴隷であると言ったのにも関わらず真っ直ぐに向けられた好意の視線に、思わずクロースの方が気まずくなる。
「えっと、わたしは奴隷で……」
「ホシミさんはあなたが本当に奴隷なら絶対に側には置きません」
クロースの言葉を遮るように語りかけるココノハ。その言葉を聞いたクロースは口を閉じる。
「あなたは奴隷ではなく一人の女性です。だからもっと素直になりましょう? 奴隷として尽くすなんて悲しいこと言わずに、惚れた男に全てを捧げたんだくらい言いましょうよ。そうじゃないと、ホシミさんの周りにいる女の子たちに負けちゃいますよ?」
微笑みを浮かべながらクロースに語りかけるココノハの姿は、普段よりも少し大人びて見えた。低い背と小さな胸を気にしている少女だが、精神的には見た目以上に大きいようだ。
「そう……ですね。あなたの言う通りです。ふふっ、自分よりも小さな娘に諭されるなんて……でも、ありがとうございます。お陰で目が覚めました」
クロースはココノハに謝意を伝え、互いに笑い合う。
穏やかに親睦を深めている二人だが、周りの状況をそろそろ見てもらいたい。
ココノハの参入に流石に少しは動揺した第二師団と第三師団だが、私たちが会話している間にも着々と攻撃の準備を進めていた。
建物の周りは既に包囲されており、号令さえ掛かれば今にでも攻撃が飛んできそうだ。
「ところでホシミさん。颯爽と登場しといて何ですけど、もしかして今って結構マズイです?」
「周りを見渡して貰えば一目瞭然だろうな」
と言って小さくため息を吐く。
絶体絶命……とは言わないが、不利なのは事実だろう。完全に囲まれる前なら取れた行動もこれでは取れない。
───だが、見方を変えれば辺りは全て敵ということだ。
「ココノハ、クロース。私が敵の攻撃を全て無効化する。二人は攻撃に専念して、好きに魔術を使うんだ」
「はい!」
「承知致しました!」
私の指示に一切の疑念を抱かず行動に移してくれる二人に感謝しつつ言葉を続ける。
「魔力切れになりそうになった時は直ぐに言ってほしい。取って置きを開封しよう」
そう言いながら白属性魔術の防御魔術光障壁を張る。更に風避けの魔術も追加して矢と魔術から身を守る為の陣を敷いた。
攻撃に移れる者が一人増えることで、私は守りに専念出来る。
クロースと二人きりだったなら逃げながらの戦闘となっていただろう。流石に防御陣を敷きながらの攻撃は魔力量的にも魔術操作的にも厳しかった。
だがココノハが来てくれたことでその心配も無くなった。飛行魔術すら会得出来る程の実力がある魔術師が新たに加わったのだ。人数差はあるが、戦力的には同等もしくは少し劣るくらいにはなった筈。
「まずは数を減らそう。頼んだぞ、二人とも」
その言葉を待っていたとばかりに魔術を放つココノハとクロース。二人によって小規模な竜巻と爆発が別々の場所で同時に起きた。
竜巻に吹き飛ばされて空に放り上げられてしまった者は地に叩きつけられ、爆発に巻き込まれた者は爆心地に近い者ほど屍と化していく。
勿論、彼等もただやられるだけではない。
魔術師は魔術を叩き込み、それ以外の者は弓や石などで屋根上にいる私たちを攻撃してくる。
だが風避けの魔術によって矢や石は全て外れ、相手の魔術は威力の低いものは光障壁に阻まれる。
火球や水刃、風矢に石飛礫。果ては雷で作られた槍なんかも降ってくるが光障壁すら抜けられる威力の魔術は雷槍くらいだった。
「せっ!」
声と共に雷槍に向けて同じく雷槍をぶつける。正面からぶつかり合った雷槍は互いの力を受けて爆ぜ消えた。
その時の爆風が上から降り注ぐが、こちらへの被害は無い。
魔術の迎撃の為に上に注意を向けていると、建物ごと壊そうと大槌で壁を殴りつける兵士たちが下に群がっていたようだ。壁を殴る音で存在に気付いたが、
「邪魔しないでください!!」
クロースが壁の周囲に炎壁を生み出したことで兵士たちは悲鳴を上げながら壁から離れていった。
発生した炎壁の真上に立っていた者や逃げ遅れた者は焼け死んでいくが、場所が近すぎる為に人の焼ける異臭が風に煽られてこちらまで飛んでくる。
「臭いです!」
「すみません〜!!!」
ココノハが風を弄って私たちのいる場所を風上にしてくれたお陰で臭いは減ったが、服や髪に少し臭いが移ってしまったようで顔を顰めた。
「うう……嫌いな臭いが服からします……」
愚痴りながら緑色の集団のいる場所に巨大な木杭を生やすココノハ。足下から現れた木杭に反応出来なかった者は下から無惨に貫き穿たれる。
「ごめんなさいごめんなさい!」
対してクロースはココノハへの謝罪の言葉を口にしながら赤色の集団に向けて火球を降らせる。火球はゆっくりと降ってきた為にいとも容易く避けられてしまったが、本領を発揮したのは地に触れた直後だった。
轟音と共に火球が爆発、周囲の兵士を焼きながら吹き飛ばす。火球に触れたら死、避けても直ぐに大きく距離を取らなければ死、という二段構えの大変いやらしい攻撃だった。
下級魔術がことごとく光障壁によって阻まれたことで、敵魔術師も威力の高い魔術を使ってくるようになっていた。
その全てを相殺していくが、隙を見計らっていたのだろう。第二師団の最後尾から、集められた強力な魔力に形を付与しようとしていた。
「ココノハッ!! 緑色の最奥!!」
「えっ!? あっ、はい!!」
止めなければマズイとココノハに指示を出して攻撃を仕掛けて貰う。
それを読んでいたのか、それとも切り札を守る為か。ココノハの放った巨大な風矢は強力な土壁によって打ち消されてしまった。
「うそッ!?」
再度同じ魔術で攻撃するも土壁を破ることは出来なかった。
あれは個人で作れる強度ではない。黄属性の者たちが集まって協力して壁を維持しているのだろう。
「あの硬さでは無理だな。済まないココノハ、あれはもういいから攻撃を再開してくれ」
「うー……。わかりましたぁ……」
壁を破れなかったことに落ち込んだココノハだったが、直ぐに気を取り直して兵士を削りにいく。
その間にも魔力は徐々に形を成していき……。やがて、炎で出来た巨人が立っていた。
「これは……」
クロースがぽつりと声を漏らした。
炎の巨人から離れるように兵士たちは私たちの陣取っている建物の周囲から逃げて行く。
それを確認したのか、炎の巨人は一歩、こちらに近付いてきた。
足下にある建物は踏み潰し、破壊されて燃え上がる。どうやら質量があるらしい。
「雑魚は居なくなったが……また厄介なものが出てきたな」
「ホシミさんはあれを知っているんですか?」
「実物を見るのは初めてだが知識としてはある。あれは───」
「あれは『スルト』という怪物です。焦熱世界の門番……とされています。『赤』属性の祖にして使い魔、炎の身体はこの世の全てを焼き尽くす。最も、あの状態でもまだ不完全ですけど」
ココノハに少し説明しようとした言葉を遮ってクロースが続けた。
「あれで不完全って……」
ココノハが呆けたように巨人を見つめる。
炎の巨体は五体満足で、両足でしっかりと大地を踏みしめ立っていた。見た目ではどこにも不完全と言われるような欠落は無いと思われる。
だがクロースは首を横に振って巨人の腕を指差した。
「あれで不完全なんです。まだ、『スルト』は武器を持っていません。あの巨人が武器を───剣を手に入れてしまったら、強力な青属性の方を集めなければ勝つことは難しくなるでしょう」
「つまりそれは、あれと同等の氷の巨人をぶつけるということか?」
私の言葉にクロースは頷いた。「だから」と言ってからスルトに視線を向ける。
「今のうちにあれを倒すしかないんです」
彼女の言わんとしていることは分かる。分かるが、現状では足止めが関の山だろう。
まさか奴らが国ごと焼き払うつもりで作り出したとは思わないが、このままではシン国は遠からず焼け落ちてしまう。
「ココノハ、クロース。二人は直ぐにここを離れるんだ」
私の言葉に、二人の息を飲む音が聞こえた。
「ホシミさんはどうするんですか……?」
分かっているだろうに、震える声で尋ねてくるココノハ。
私は彼女に笑みを向けて、頭の上に手を置いた。
「私ではあれを倒す事は出来ない。足止めが精一杯だ。だからココノハ、君はリアを連れてきてくれないか?」
私がリアを呼ぶ、という事態にココノハが驚き目を見開く。
これまで何度か戦闘することはあったが、私はあまりリアに戦わせなかった。理由は彼女の強大過ぎる力への警戒と、リア自身が戦いを好まない性質だからである。
それをココノハも知っているからこそ、驚いたのだ。だがそれ以外に手は無いとも思っているのだろう、ココノハは悔しげに口元を歪ませる。
「クロースはここを離れた後、直ぐにスパロウマンたちと合流して退避だ。あの巨人には気付いているだろうから、まずは命を最優先に行動するように伝えてほしい」
「分かり……ました」
そう言ってココノハの肩を叩くクロース。
ココノハは泣き出しそうな表情を見せないように目元を拭う。
「私は死なないんだ。あまり心配するな」
ココノハの頭の上から手を離して、巨人に向き直る。
炎の巨人スルトはようやく身体が馴染んできたのか、こちらに向けて真っ直ぐ近寄ってきていた。
「死ねないの間違いですよ……。ばか」
可愛らしい悪態を残して、ココノハはクロースと共に離れていった。
「空を飛んで、直線距離で約一日。往復で二日か。それまで持ち堪えられるかどうか……。まあ───」
魔力を集め、精神を集中させる。あれに生半可な魔術は通らないだろう。やるならば最初から強力な魔術を叩き込むしかない。
「何とかなるだろう」
スルトに対抗する為の青の極致、極限魔術を詠みあげる。
『青の極致に地獄あり。其は氷焉。総てが凍てつきし極寒に震えよ、氷の地獄は汝を歓迎するが故に! せめて氷中にて赤き鮮烈なる華を咲かさん!! 氷獄・大紅蓮!!』
凍てつく波動はスルトの周囲に集い、氷獄を創り出す。
逃げ遅れて中に囚われた哀れな兵士は、極寒に耐え切れず身体が折れ裂けて赤い華を咲かせていった。
私はその様子を冷めた目で見つめながら自分の状態の把握をする。
まだ魔力はある。展開に相当量持っていかれたが、魔力があれば大丈夫。幸い、取って置きも残っている。リアが来るまでは保たせたい所だ。
「さて、何処まで保つのやら。せめて一花咲かせておきたいところだな!」
氷獄がスルトを取り込もうと動き出す。
それが炎の巨人との戦闘開始の合図だった。




