92話 シン国攻略戦〜其の壱〜
「セイゲンさん、準備が整いました」
味方となってくれた異種族たちの言葉に一つ頷いて城門を見据える。
弓の射程に入らないギリギリで隊列(と呼べる程のものでは無いが)を組んだ後の指揮はスパロウマンに一任してある。彼らにはシン国内にて奴隷とされている者たちの救出を行ってもらうのだ。
理由として、獣人が多いこと、優れた嗅覚と聴覚を使用して貰えば隠されている者も見つけやすいだろうと判断してのことだ。
その分兵士たちを引き付けておくのは私の役割になったのだが、こちらが少数である以上誰かしらがその任に就かなければならないのだ、ならば一対多を得意とする魔術師が担った方が良いだろうということになった。
最初は私だけで充分だと言ったのだが、万が一のことを考えたスパロウマンが「せめて誰か一人は連れて行ってほしい」と言うので自ら立候補したクロースと共に戦うことになったのだった。
それでも救出部隊の偶発的な戦闘は避けられないだろう。そこは無事を祈るしか無い。
「では行くか。まずはあの厄介な城壁を消し飛ばしてしまおう」
「わたしにお任せください、見事成し遂げてみせますわ」
そう言って隣に立つクロースは私の前に歩み出た。
手を胸の前で組んで魔力を集め、集中する。
赤属性魔術、その火と熱の極致の一つ。爆発を解放する為に詠うのだ。
『我、赤の極限に至りし者。其は炎熱。爆ぜよ、爆ぜよ、総て余さず焼き尽くせ。極熱に見初められし汝に今、爆炎からの抱擁を贈らん! エクス……プロードッ!!!』
極限魔術と呼ばれるものには、力を解放する為の詠唱を必要とする。理由は単純、あまりにも強大な力であるが故にだ。
クロースの体内から漏れ出した魔力が城門へと向かい、その言葉と共に一瞬にして爆ぜ飛んだ。火の勢いは凄まじく、城壁がまるで紙であるかのように燃え落ち崩れ去る。
城門に集っていた兵士たちの悲鳴と苦悶に喘ぐ声が響く中、魔力を大量に消費したクロースが倒れそうになるのを支えた。
「お疲れ様、クロース。これで城壁はその機能を失った。……しかし、威力は凄まじいが魔力消費が重いのだけが欠点だな」
「お役に立てて、良かったです……。セイゲン様……いえ、ホシミ様……。その、大変申し訳ないのですが、少しだけ魔力を頂けませんでしょうか……? 張り切りすぎて、使い過ぎてしまったみたいで……」
申し訳無さそうにしゅんとするクロースの言葉に頷いて、指を浅く切る。
魔術器官持ちの血には魔力が宿っている。魔術器官が心臓の中にあり、血と共に魔力を全身に送っているのだ。飲めば僅かながら魔力を補充することが可能である。……最も、相性が悪いと拒絶反応を起こすので滅多に用いられないのだが、私の場合は先天守護属性が存在しないことで誰にでも魔力を分け与えることが可能だった。
クロースは私の手を取り、滴り落ちる血液を指と共に口に含む。舌で傷口を舐め、指を吸い、美味しくないだろう血液を恍惚とした表情で飲み込んでいく。
一分ほどそうしていただろうか、少しは魔力が回復したようで名残惜しそうに口を離した。
この間に強力な爆発の魔術によって視覚と聴覚に衝撃を与えられて呆然としていた者たちの意識も戻ってきたようだ。
「なあセイゲンさんよ。あんたもやっぱああいうの使えるのか?」
恐る恐る聞いてきたスパロウマンに、私は表情を変えることなく「ああ」と答える。
「使えはするが、詠唱の手間が煩わしいし隙だらけになるのでな。基本は使わない。さて、我々は先に行くぞ。お前も早く動いたらどうだ?」
そう言ってクロースを抱き上げて空を飛ぶ。
ぽかんとしているスパロウマンたちを置いて元城門跡を越え一足先に街に入るのだった。
ーーーーーー
王宮内、謁見の間ではドルー・ドコロタが重鎮たちを集めて街の外に現れた異種族討伐軍派遣の手続きを行っていた。
「一体何処から現れたのかは知らんが、四十程しかいないと聞く。まったく、その程度の数で我々に刃向かうなど愚かなことだ」
ドコロタの言葉に同意する声がいくつも上がる。少数の異種族など敵では無いとこの場にいる全員が思っていたのだ。
爆音と振動、その後にやって来た兵からの話を聞くまでは。
「な、何事だ!?」
爆音に驚きひっくり返る者、振動を抑えるように床にへばりつく者など混乱に満ちた謁見の間に、一人の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。
「ほ、報告します!! 異種族たちの中に複数の高位の魔術師有り!! 城門は城壁と共に破壊されました!!」
その報告に愕然としたのはドコロタだけでは無いだろう。皆似たり寄ったりの表情をしている。
「損耗多数! 第一防衛隊から第四防衛隊までが壊滅か半壊状態!! 別所の警備に回っていた第五から第八防衛隊が現在応戦しております!」
更に続く被害報告にドコロタは声を張り上げて怒鳴る。
「カミーユ・イレネースとウェリントン・スパロウマンはどうした!! 第二師団と第三師団も向かわせるんだ!!」
だが兵士は悲壮な表情で俯きながらドコロタに向かって口を開くのだ。
「イレネース大佐は行方不明! 屋敷の者から話を聞いたところ、何処かに出掛けた後戻って来ていない様です!! スパロウマン中佐は森精種征伐に向かい、以後連絡途絶……誰一人帰ってこないところを見るに、全滅した可能性が高いです……」
今度はドコロタが青褪める番だった。幹部がいないこの状況は予想外であったが、まだ部隊は残っているのだ。当然、隊員たちも。ならば使わない手は無いと判断する。
「それでも構わん! まだ残りの団員はいるだろう! そいつらも投入させろ! これ以上只人の街で汚物どもの横暴を許すな!!」
「はっ!」
敬礼してから謁見の間を駆けていく兵士。
その後ろ姿を見送ってドコロタは盛大なため息を吐いた。
「一体、何が起きているというのだ……」
その呟きは謁見の間に集った全員が抱いた疑問なのだった。
ーーーーーー
「俺たちは今のうちに囚われてる人たちの救出だ! あまり時間は無いぞ! 合流地点は把握してるな!? なら良し、行け!!」
「応」という声と共に五人程の少人数にばらけて散らばっていく。
スパロウマンたち救出部隊は街の中に侵入し作戦行動を開始していた。
この街が区画整理のきちんと行われた街だった為に、各隊ごとに赴く区画を決められたのが幸いだった。
分散しての捜索と救出を行うに当たっての不安要素は攻撃的な住人との遭遇である。しかも異種族は先ほどドルー・ドコロタによって陛下暗殺の濡れ衣を着せられたばかりである。常よりも過敏になっている者が多いことは予想がついた。
「何だお前ら、異種族か!! 陛下を殺しやがってこの屑どもが!!」
だからこんな風に武器を手に迫ってくる者の存在は予想はしていたが出来ることなら穏便に済ませたかった。
「うっせえ!! 邪魔だっつーんだよッ!!! 退けえ!!!!」
スパロウマンは住人の腕や足を的確に狙って傷を付けていく。
悲鳴をあげて武器を取り落す者を蹴り飛ばし、壁に叩きつけながら先へと進み、自分について来ている者らに叫んだ。
「殺されそうになったら遠慮はいらねぇ、ぶっ殺せ!! 罪悪感は捨てろ、後悔は後でやれ! 死ぬぞ!!」
「はいっ!」
何度か小競り合いの戦闘を行ってからとある建物の中に入ると、まっすぐに地下へ降りる階段に向かう。
ここは奴隷を売買している施設の一つなのだ。地下に多くの異種族が捕らわれているとの話を聞いていた。
「何だ、お前た───ぎゃあああ!!?」
「来るな、こっちに来るな! あああぁぁぁああ!!」
「いたい! いたいいたいいたい!! 誰か助けて……いやあああああ!!」
突然の乱入と攻撃により中に居た者たちはある者は死に、ある者は傷付き、ある者は泣きながら許しを請う。
施設内の人間を全員無力化すると、今度は捕らわれていた者たちを救い出した。
「他にはいないな!? なら良し、次に行くぞ! 遅れるなよっ!!」
他の部隊も上手くやれていると良いのだが、と思いながらも、まずは自分たちが生き残ることを最優先に考えて再び移動を始めるのだった。
ーーーーーー
ホシミとクロースが空からやって来たことで、防衛部隊の兵士たちは戦慄した。
空を飛ぶ───この魔術の習得難度はとても高い、とシン国きっての魔術師であるカミーユ・イレネースが口を酸っぱくして言っていたのだ。
人が扱えるのは一つの属性に絞られるというのは全ての人間にとっての常識である為、男が空を飛ぶのなら先ほど甚大な被害をもたらした爆発を起こしたのは抱き上げられた女ということになる。
一人を相手取るのでさえかなり大変なのが魔術師という存在だ。その中でも高位の使い手が敵に二人も存在したのだ。兵士たちが絶望するのも無理からぬことだと言える。
兵士たちが動揺し絶望し浮き足立っている様子を見たホシミは、今のうちに立ち上がる気力すら削いでしまおうと考えた。
「シン国の兵士に告ぐ! 命が惜しくば投降せよ!」
一度手近な屋根の上に陣取ってそう言ったホシミに対して、直ぐに頷き従う───ような存在はこの国には居なかった。
「誰が異種族ごときに降伏するかっ!!」
「殺された仲間の分もお前らをぶっ殺してやる!!」
武器を握り直し、憎悪の視線を向けて罵声を浴びせかけて来る。
「そうか。まあそうだろうな」
そうくるだろうと予測していたホシミは此方に敵意を向けている人間の周囲に風の矢を展開し、順に貫いていく。
悲鳴すら上げられぬよう、喉を的確に射抜いていく魔術の暴力により一人、また一人と立っている兵士が減っていく。
魔術が止んだ時には、反抗心を剥き出しにしていた者たちは全て血を流しながら地に倒れ伏していた。生き残った者は恐怖に怯えた瞳を向けながらホシミたちの一挙一動を見守っている。
「風の矢って確か初級の魔術ですよね……。それをあんなに大量に同時展開するなんて……」
ホシミに抱き上げられたままのクロースは、その体勢のままで眼下の光景を見つめていた。
魔術の同時展開は相当精密な魔力操作を必要とする。それを苦もなく片手間でやってのけるホシミにクロースは心酔する。その様子はまるで恋を知った乙女のそれと変わらないものだ。
自分はとんでもない人のものになったのだ、と改めて認識するのだった。
「これ以上刃向かう者は居ないのか? 存外大したことの無いものだ。……と思ったが、新手か」
王宮の方角から先ほどよりも圧倒的に練度の高そうな兵の一団が迫ってきていた。
深い緑の鎧を纏った集団と真紅の鎧を纏った集団である。
「ホシミ様、緑の方は第二師団です! あそこは団員の殆どが魔術師の特別部隊です!」
迫り来る軍勢を見たクロースがそう教えてくれる。
第一師団の色は黒だ、ということは赤い方はおそらく第三師団───かつてのスパロウマンの部下たちだろう。
団長不在のこの時に動けないほど鈍らでは無いようだ。
誰が彼らを参戦させたのかは直ぐに分かった。というか今のこの国でそんな権限があるのはドルー・ドコロタくらいである。
「国を滅茶苦茶にされて引き下がる訳もない……か。どうしたものかな」
せめてもう一人戦える人間が居てくれればもう少しやりようはあるのだが、たった二人で精鋭部隊を相手にするのは若干面倒だ。
何か良い手は無いかと考えていると、西の方角から空を飛んでくる者が居た。
フードを被っている為に顔は見えないが、あの小柄な体格とそれに見合わない彼女専用の大剣。大剣以外にも彼女が得意とする弓矢を背負っている。
「あれはまさか……」
ホシミの呟きに首を傾げたクロースがホシミの見ている先を視線で追う。
向こうはとうにホシミを認識しているのだろう。飛翔する存在は徐々に近付いて───。
「ホシミさーーーーん!!!」
勢いそのままに飛びついてきたのだった。
フードが外れ、金紗の髪が姿を現わす。翠色の瞳と種族特有の長い耳、そして右手の薬指に嵌められた紫色の指環。
「ココノハ……!?」
驚愕と共に名前を呼ぶと、彼女はそれはもう嬉しそうににまーっと笑った。
「はい! あなたのココノハです!」
塔に置いてきた筈のココノハは、ホシミを追ってシン国までやって来たのだ。




