91話 捻じ曲げられた真実
ドコロタの執務室を出た私は、ドコロタと兵士を追って王宮前に用意された即席の演説台までやって来た。
王宮と広場の間には多数の武装した兵士が背後の王宮と演説台を守るように佇んでいる。ドコロタは一段一段と演説台に登っていった。
台上にはちょうど手を置くのに都合の良い机と広域に音声を届ける為の魔道具がある。
最初は何があるのだろうと見物していた民衆だったが、ドコロタが姿を現してからは驚きながらも彼の言葉を待っている。
慌ただしかった王宮の様子から、何かあったのだと気付かない筈が無い。今その情報を明かしてくれるのだろうという期待の眼差しが台上に向けられていた。
両手を置いて、一息吸ってからドルー・ドコロタの演説が始まるのだった。
「親愛なる国民の皆さんに、本日は重大な報せがあります。ここ数年、陛下のご容態は思わしくありませんでした。両陛下が姿を現わすことが少なくなってしまいましたのでお気付きになられていた方もいらっしゃると思いますが、実は両陛下は病に冒されておりました」
両陛下が病に冒されていたと聞いた民衆の反応は何処か納得したような表情の者と心配する者と大きく二つに別れた。
嗄れた声はそのままだが、よそ行きの顔と声をしたドコロタは紳士的に振る舞い、話を続ける。
「これは皆さんを不安にさせたくないという両陛下のご配慮でした。国政を担いながらの闘病生活……。相当な苦労がお有りだったのでしょう。ですがそれをおくびにも出さず懸命に立ち向かっていったのです。何度か寝込んでしまうこともありました、ですが病になど負けないと! 歯を食いしばり耐えておられたのです! その結果、最近は徐々に体調も良くなり快復の兆しが見えてきておりました」
民衆は両陛下が快復してきていると知り一様に安堵の表情を浮かべる。
この国の者たちにとっては良き王だったのだろう。だが、残念ながら既にこの世の人では無くなってしまった。
「ですが!! 昨日、我等が国王陛下と女王陛下が寝室にて息を引き取っているのが見つかったのです!!」
だからドコロタのこの言葉で民衆が悲しみに暮れるのは理解していた。
顔を覆い俯く者、天を仰ぐ者、涙を流してなお前を向いている者など様々だ。
ドコロタはその様子を見回して、一度嘆き悲しむように顔に手を当てた。
私はドコロタの横でその様子を覗いていたので気付いてしまった。
奴の口元が笑みの形に吊り上がっていることに。
「両陛下の亡骸からは、毒物が検出されました」
落ち込んでいると思わせる為、わざと低い声で語り出すドコロタ。
だが何故毒物のことを此処で言い出すのだろう。その毒を盛ったのは他ならぬドコロタである。
何か理由が───と考えた時に気付いた。
奴はさっき、何と言った。
『最近は徐々に体調も良くなり快復の兆しが見えてきておりました』と言ったのだ。
私の診た限り、確かに病の影響は少なかった。病よりも毒の方が身体を蝕んでいたくらいだ。
───まさか。
もしそうであるのならそれは最悪の筋書きで。私は直ぐに魔道具を破壊しようとした……が僅かに遅かった。
「両陛下は何者かによって暗殺されたのです! 卑劣にも毒を盛り、我等が国王陛下と女王陛下を殺害する者など、この世に奴等しかおりません!! 両陛下が亡くなられたのは、『異種族』によって暗殺されたからです!!!」
嘘の涙を流しながら高らかに嘘を告げるドコロタ。
その言葉の直後に魔道具が破壊され声が民衆に届くことは無かった。
ドコロタの言葉が嘘と知っているのは私とスパロウマンを除くと奴の手付きの者しか居ない。となれば、幾らあれは嘘だと言っても信じる者など居ないし、むしろ私たちが疑われることになるだろう。
民衆はドコロタの言葉を聞いて、最初は愕然としていたが徐々に気を取り直す。
だが怒りは収まらず、一人の若者が言った『異種族殺すべし』という言葉は瞬く間に広がりいつしか民衆皆が『異種族殺すべし』と大きな声で叫んでいた。
元々、異種族排斥の風潮が強いこの国で陛下を毒殺されたなどと言うのは起爆剤にしかならない。だからこの後の彼ら民衆の行動が手に取るように分かってしまう。
最悪だ。本当に最悪だ!!
魔道具が壊れたことで演説を中断せざるを得なくなったドコロタは一度降りるようだ。
私はその姿を見送ったまま、自分の失態に舌打ちをする。
広場で私と同じように苦虫を噛み潰したような表情をしたスパロウマンを回収し、一度イレネース邸へと戻ることにするのだった。
イレネース邸に戻ると、直ぐにスパロウマンと話し合う。
状況が最悪になったことは先のドコロタによる演説で互いにしっかりと理解していた。
「間も無く『異種族狩り』と呼ばれる虐殺が始まるだろう……。いや、既に始まっているかもしれん。もう猶予は無くなってしまった」
「分かってる。だけどどうするよ、予定より数日早いからまだ準備なんて整っちゃいないぜ?」
「……今出来る戦力でやるしかあるまい」
「マジかよ……」
スパロウマンは頭を抱えた。
今、このイレネース邸で保護している異種族はおよそ五十名だ。そのうちまだ怪我をしている者が十三名。
本来なら動ける者にはスパロウマンと共に街の城門で騒ぎを起こしてもらうつもりだった。あの時はまだ兵士の相手だけを考えれば良かったのだ、だが今は怒り狂った民衆を相手にすることも考えなくてはならない。
私はスパロウマンたちが街で注意を引いているうちに王宮内を制圧しパトラを保護する予定だった。しかし残念ながらもうその手は使えなくなった。
どうしたものかと考え込んでいるとその時、私たちの様子に只ならぬものを感じたクロースが側にやって来た。クロースの背後には保護した者たちが並んでいた。
クロースは一礼してから顔を上げる。
「セイゲン様……わたしたちは既に覚悟は出来ております。シン国内からの声はこちらまで届いておりました。ですから状況は概ね理解しております。このままでは街にまだ残った獣人や森精種たちが危ない───そんな時にただ大人しく見ていることなんて、わたしたちには出来ません」
クロースの言葉に背後の者たちも頷いた。
「俺たちを助けてくれた恩くらい返させてくれよ!」
「あんた達がシンの連中とは違うことはみんな知ってる! 頼む一緒に戦わせてくれ!」
「あそこにはまだ私の友達がいるの! このままじゃあいつらに殺されちゃう!」
集まった者たちは次々と思うままの言葉をぶつけてくる。その表情は一様に真剣だった。
「戦いになるんだ、何人か命を落とす者が出るだろう。それでも来るのか?」
だから私の言葉に力強く頷いて。彼らは自分と仲間や同胞を守る為に立ち上がる覚悟を決める。
その様子を見て、スパロウマンは微苦笑しながら話しかけてきた。
「どーすんだ? アレじゃあ言っても突っ込んじまうぜ?」
ため息を吐いてから目を閉じる。
確かにスパロウマンの言う通りだろう。勝手に戦って折角保護した命を粗末にされるくらいなら、共に来てもらった方が良いと判断した。
ゆっくりと目を開いてから彼らを見据えて告げる。
「良いだろう。あくまで私たちは虐殺の憂き目に遭っている者たちを救う為に戦う者だ。武器を取り襲いかかるなら女子供の別なく殺すが、抵抗の意思の無いものを討つことは許さん。それでも良ければ共に来い!」
「「「「応!!!!!」」」」
両手を上げて高らかに叫ぶ彼らを見てクロースは微笑んだ。その後私に顔を向けて再び一礼する。
「わたしもセイゲンの助けとなるよう全力を尽くします。これでも赤属性魔術が使えますから」
「頼りにしている。だが無理は禁物だからな」
「はい、肝に命じておきます」
既に準備の整っていた彼らを率いて私たちはイレネース邸を発ちシン国の城門に向かう。武装した四十名ほどの一団が近づいて来たのだ、見張りの兵もすぐに気付いて伝令を出しているだろう。
城門の前と上で慌ただしく兵士たちが動いているのが良く見えた。
この日、後の歴史に『異種族排斥を推し進めた国の末路』と記される戦いが始まるのだった。




