94話 シン国攻略戦〜其の参〜
「何だあの巨人は!!? どうなっているんだ、説明しろ!!!」
謁見の間で進展のない会議をしていた所を兵士からの緊急連絡によって中断させられたドコロタとシン国の重鎮たち。
炎で出来た巨人が街中に現れた、という嘘見たいな話だったのだが、バルコニーから視界に映る光景は紛れもなく本物だった。
「街に侵攻して来た異種族どもを排除するのに、どうしてあんなものが出て来るんだ! しかも街の中じゃないか!! 一体誰が復興させると思っているのだ!!!」
感情を爆発させるように怒鳴り散らすドコロタに兵士は萎縮しながらも説明する。
「敵魔術師は予想以上に強敵で甚大な被害が出ました……。それに業を煮やした第二師団が、独断であれを生み出したのです……」
あの巨人を生み出したのが味方だったことにドコロタは一瞬目の前が真っ白になった。
しかし長年生きていれば不測の事態など幾らでも起こると理解していたドコロタは冷静になろうと深呼吸をし、直ぐに気を取り直して兵士に尋ねる。
「では、今あれを止めているのは……誰だ」
巨人の威容は遠くからでも確認できるが、見た限りその足は止まっていた。
腕を振り回したり向きを変えたりはしているが、その場から動いていないのだ。
おそらく誰かがあの巨人と戦って足止めをしてくれているのだろう。そうでなければ今頃この国は火の海と化している。
「それが……信じられないことなのですが、敵方の魔術師です。しかもその人物は只人でした……」
「何だと?」
兵士の言葉に驚くのも無理はなかった。今の今まで敵は異種族だけかと思っていたのだ。まさか只人の協力者がいるなどと夢にも思わなかったし、その人物があの巨人と戦っている理由も分からなかった。
あの巨人を放置すればこの国はやがて自滅するのだ。シン国に敵対する者ならそれくらい分からない筈が無い。
「一体、どういうつもりなんだ……」
ぽつりと呟いたその言葉に返ってくる答えは無かった。
「……ひとまず、民を街の外まで避難させよ。場所は街の東の平野だ。避難誘導と天幕作成を半々になるように分担して作業するんだ。受け入れは只人のみ、異種族を連れて来た者は反逆者として処罰することを厳守させよ、行け!!」
「はっ!!」
ドコロタは兵士に向かって指示を出し、兵士は敬礼後指示を伝える為に駆けていく。
再び巨人を見つめてから踵を返して中に戻る。
「諸侯らもすぐに街から出る準備をせよ。折角あの巨人を引き留めてくれているのだ、その時間を無駄にするな」
ドコロタに続いていた重鎮たちも頷き、脱出の為の準備に向かっていく。
一人になったドコロタは立ち止まり、王宮の壁を力一杯殴りつけた。
「……何故、思い通りにいかんのだ」
低く唸るような声は誰にも聞こえることなく廊下の中に吸い込まれて消えていった。
ーーーーーー
炎の巨人の姿を確認したスパロウマンの行動は誰よりも迅速だった。
「お前らっ! 直ぐに離脱するぞ、合流地点に急げッ!! 早く逃げねぇと巻き込まれて死ぬぞぉ!!!」
スパロウマンの言葉は最初は意味が分からなかった者が多かったが巨人を見た瞬間に理解した。悲鳴をあげながら街中を駆け抜けていく。
スパロウマンは彼らを守るように殿を走っていたが、一人の女性が足を痛めたのか途中でうずくまる。
「おいっ、大丈夫か!?」
茶色い垂れ耳の女性の抑えている足を見ると、其処は捻挫したようで赤く腫れ上がっていた。
「私は構いません……置いていってくださいまし」
この足では走るのは無理だと判断したのだろう。足手まといになるくらいなら捨て置けと言うが、
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。俺が抱えてきゃ問題ないだろうが」
スパロウマンは女性を抱きかかえて先に行った仲間たちに追いつくために駆け出す。
女性は只人である筈のスパロウマンが何故獣人である自分を助けるのだろうと思ったが、彼の真剣な表情を見て言葉にするのをやめた。
だから女性はスパロウマンが走りやすいように身体を預ける。
安全な場所までたどり着いたら、お礼を言おうと心に誓って。
同胞救出部隊の合流地点はイレネース邸の裏手である。
其処には既に街から無事に脱出してきただろう者たちが疲労困憊といった様子で倒れ込んでいた。
スパロウマンがようやくたどり着くと、彼と共に行動していたクロースが金髪の少女と共に手当てを施しているのだった。
救護している者たちに抱えた女性を引き渡してからクロースの元に向かう。
「クロースちゃんもう戻ってきてたのか。あの人もいるのかい?」
スパロウマンに話しかけられたクロースは顔を上げてから首を横に振った。
「あの方は一人で巨人の足止めをしております」
「……は? 一人で!?」
冗談だろうと思うも、沈鬱としたクロースの様子に事実であることを確認し頭を抱える。
「マジかよ……。人には絶対に無理すんなっつっといて自分は巨人とガチンコ勝負とかあり得ないぜ……」
だが実力があるのは確かなのだ。案外何とかなるのではないか、と思い直す。
それよりも先にしなければならないことがあった。
「クロースちゃん、ここに戻って来てない奴はどのくらいいるんだ?」
街から救出してきた者たちが多く居る為に人数自体は行きよりも増えている。だが、ここから出ていった者が全員無事で戻って来たとは思えない。
怪我をしている者は多いし疲労で倒れている者もいる。訓練なんかしていないから練度は低いし、正直言って半分は生きて戻れば良い方だと思っていたのだが。
「戻って来ていないのは五名ですね。それぞれの隊から、救出作業中に戦死したと報告を受けております」
「……そうか。思ったよりも少なかったことを喜ぶべきか、犠牲が出たことを悲しめばいいのか。こればかりは分かんねえや」
そう言って現状を把握してから、ここを出るときには見かけなかった金髪の娘のことをクロースに尋ねる。
「でさ、クロースちゃん。あの子は誰よ。あんな子居なかったと思うんだけど」
奴隷から解放されたにしては服はしっかりしているし、見た目も綺麗だ。不思議に思うのも無理は無い。
「ああ、彼女ですか。彼女はココノハさんです。あの人の奥方様ですよ」
「ふーん。奥方様……あんな子がっ!?」
「あんな子で悪かったですね。どうせ背も胸も小さいですよ」
思わず声が出てしまったスパロウマンに反応したのはココノハその人だった。
見上げられている筈なのに視線は鋭く冷たいので、スパロウマンは居心地悪そうに頭を掻きむしる。
「あー、なんだ、その、悪かった。貶したわけじゃないんだ。ただ驚いただけで」
「人を外見で判断するのはやめた方が良いですよ。世の中には見た目からは到底理解できないような力を持っている人もいるんですから」
そう言ってため息を吐くココノハの姿がスパロウマンの記憶にあるセイゲンに似ていたことで、成る程あの人の奥方であるというのは事実なんだろうなと思わせた。
「すまなかった。もうしないと誓う。俺はウェリントン・スパロウマンだ」
よろしくという意味も込めて手を差し出す。ココノハも手を差し出してスパロウマンの手に持っていた包帯を押し付けた。
「どうもよろしくお願いします。じゃあ後はお任せしますね。わたしは旦那様からの頼まれごとがありますから。クロースさん、行ってきますね」
ココノハはクロースにだけ愛らしい笑みを浮かべてからその場を離れていった。
包帯を押し付けられたスパロウマンは手元を見ながら首を傾げる。
「あれ?」
握手を求めたら包帯が手に収まっていた。という中々に稀な事象に遭遇したスパロウマンの思考は理解を拒絶し停止した。
「あれ?」
だから二度も同じ言葉を繰り返すのも仕方のないことだった。
クロースに呼びかけられるまで、彼は手を伸ばした姿勢で固まっていたそうだ。
ーーーーーー
「──────────!!!!!」
「チィッ!!」
シン国市街地、『氷獄・大紅蓮』の中で巨人は極寒の空間から抜け出そうと暴れ回る。
ホシミは足を集中的に凍らせようとしている為に満足に動けない巨人は腕を振り回して襲い来る冷気から身を守っていた。
巨人が動く度に大紅蓮の維持で魔力を奪われていく状況はホシミにとって厳しいものだった。
舌打ちしながら懸命に足を止めようと魔力を集めるが、巨人の熱は冷気を飲み込み今ひとつ効いていない。
「やはり私では威力が足りんか……!」
相手が人間であったのなら範囲内の者全員から赤い華を咲かせることが出来ただろうが、巨人相手には魔力量が圧倒的に足りていない。
本来なら一人でどうにかなる相手ではないのだ。
「その場に押し留めるだけで精一杯か……。気を抜けば直ぐに死ぬなこれは……!」
普段は口にしないようなぼやきが漏れてしまうのも仕方のないことだろう。
だがホシミはここで引く訳にはいかなかった。何故なら、此処にはまだ盲目の王女がいるのだから。
「────────!!!!!」
巨人は声なき声をあげながら大地を思い切り踏みしめる。
地面が陥没し巨人の足が少し埋没する。その隙を逃さず冷気が覆い固めようとするが、あと一歩のところで逃げられてしまった。
「知性を持っている訳では無さそうだな。本能のみで戦っているといったところか。それがせめてもの救いとは」
そう言いながら懐に手を入れて小さな赤い丸薬を取り出し、それを口に入れて飲み込む。
これはホシミの血から余分なものを排除して魔力だけを凝縮させた魔力の塊である。いつか使う時が来るだろうと考えて暇な時に作っていたのだ。
緊急魔力回復薬。これがホシミの言う取って置きの正体である。一つ作製するのに数十年はかかるという、まさに取って置きの名に相応しい道具だった。
「備えあれば憂いなしとは良く言ったものだ。丸薬はあと十個……せめてあと半分くらいで終わらせて欲しいものだな」
魔力が補充されたことによって先ほどよりも更に強力な冷気が巨人を襲う。巨人は身悶えながらも対抗する。
ホシミと炎の巨人の戦闘は膠着状態に陥っていく───。
ーーーーーー
クロースたちの元から離れたココノハは近くの森の側までやって来て、立ち止まってから振り返った。
「いるんでしょう、クルルさん」
音は無かった。確かに、無かったのだ。だが振り返ったココノハの背後には黒い髪の少女がいた。
「良く気付きました、褒めてあげましょう…にゃ」
声の方向へ振り向いたココノハは「やっぱり」という表情を浮かべていた。
よくよく考えてみれば、彼女を出し抜ける筈がないのだ。彼女は影。冥界と呼ばれる場所に住まう、『実』の世界に身を置きながら『虚』の世界を行き来している生粋の人外なのだから。
「状況は全て理解しています…にゃ。今回の件には目を瞑ってあげますから、主の命を果たして来なさい…にゃ」
「元よりそのつもりですよーだ。まったく、居るんなら手伝ってくれても良かったじゃないですか」
「私は主の言うことを聞かなかった悪い娘を連れて帰ろうとしていただけです…にゃ。そも、あんなものが出てくるなんて普通は予想出来ません…にゃ」
拗ねるココノハに苦笑しながら言い返すクルル。ココノハはどうにもこの人には敵わないなぁと思わざるを得なかった。
「わたしはもう行きますけど、クルルさんはどうします? 塔まで運びましょうか?」
ココノハの提案にクルルは少し悩んだ。実は隠れて様子を伺っていた時にホシミと目が合ったのだ。その後に視線が王宮へと向いていたので、其処に彼の気掛かりが有るのだろうと判断していた。
「いえ、私は少し気にかかることがありますので別行動させて頂きます…にゃ」
だからクルルはココノハの提案を断った。ココノハはクルルの言葉に「そうですか、ではお気を付けて」と返してから飛行魔術で飛んで行く。素っ気ないが、クルルの実力を理解しての言葉だ。それが分かっているからクルルは何も言わない。
小さくなっていくココノハの姿を見送ってからクルルはその場から姿を消したのだった。




