83話 行動方針会議(浴場)
私たちが地下室を出て上階へと戻ると、そこにはクロースを始めカミーユの奴隷たちが並んでいた。
彼女の返り血に塗れた私たちの姿に目を見開いたが、直ぐにクロースが頭を下げると他の者たちも頭を下げてきた。
「本当に……ありがとうございます。わたしたちはあの女の恐怖からようやく解放されました……、感謝のしようもありません」
代表して話すクロースに私は頷いた。
「そうだな……。色々と話したいこともあるだろうが……まずは汚れを落とさせてくれないか? このままだと地下室の悪臭が身体に染み付いてしまう」
私がそう言うとクロースは一瞬驚いた後に笑い、スパロウマンは頭を掻きむしった。
「セイゲンさんよ、もう遅いんじゃねえかな」
「ここの元主人が何度もこの地下室に入っていたのだ、臭い落としは充実してるだろうさ」
「はい、それはもう。殿方にとっては少し華やかな香りばかりかもしれませんが、悪臭はまったく感じなくなりますよ。では浴場にご案内致します、お召し物も洗濯させて頂きますので、替えをご用意致しますね」
「済まない、よろしく頼む」
これでようやくカミーユ・イレネースのことが全て片付き、私たちはクロースの案内の元、汚れを落とす為に浴場へと向かったのだった。
入念に身体を洗い、髪や身体から異臭が感じられなくなった後で香油でも使われているらしい湯に浸かる。
成る程、ここまで念を入れれば悪臭は消えるだろう。石鹸の類もかなり質の良く、良い香りのするものばかりだったのだ。その辺りはカミーユも流石に女性だったと言うべきか。
「やべえ……俺の身体からめっちゃフローラルな香りが漂ってるぜ……」
隣で同じように湯に浸かっているスパロウマンは信じられないといった表情で自分の匂いを嗅いでいた。
「お前には縁の無さそうな世界だからな。物凄く似合っていないぞ」
「セイゲンさんにそれを言われたくないぜ」
そう言ってお互いに苦笑した後で真剣な表情に戻ったスパロウマンから話しかけられた。
「カミーユ・イレネースは斃した。次は……どうするつもりだい。順当に行けばザントマー将軍だろうが」
私は顎に手を当てて少しだけ考えてから答えを返す。
「ふむ……そうだな。それが良いかと思っていたが、気になることもある」
「それは?」
「パトラ・デア・レイス・シン王女と病に伏せた両陛下、そして王女を傀儡とするドルー・ドコロタ。彼等の様子だ」
「様子ったって、そんなの潜入でもしなきゃ分かんねーよ?」
「それはそうなのだがな。まあ潜入くらいなら私一人でもやれるだろう。なあスパロウマン、この国の両陛下の病は詳しくは知らないのか?」
私の問いに対して彼は頭を横に振ることで答える。
「徐々に悪くなっていったようとしか知らねえや。おそらく混乱させないように情報統制でもしてるんだろ、陛下のごく近くの者とザントマー将軍くらいしか知らないんじゃねえかな」
「徐々に悪く……か」
「何か心当たりでもあんのか?」
「色々あるぞ。病といっても幾つも種類があるのだから当然だ。それに、まだ毒を盛られたかもしれないという推論も生きている。実際に診てみないと詳細は分からんがな」
「おいおい、毒なんてある訳……」
スパロウマンが顔を引きつらせながらそんなことを言うが、
「絶対に無いとは言い切れない、だろう? まず怪しいのはドルー・ドコロタとその周辺だ。賢しい大人を相手にするよりも何も知らない傀儡を立てた方が奴にとって都合が良いのは事実だろう」
「そりゃまあ……そうだけどよ」
私の反論に納得は出来ないまでも理解は出来たようで口を閉ざす。
しばらく互いに無言だったが、スパロウマンは再び私に話しかけてきた。
「で、いつ行くんだ。行くなら早い方が良いんだろ?」
「まあな。出来れば明日……遅くとも明後日には忍び込みたい。その間、お前とは別行動になるが、お前はどうする?」
私が問うと、頭をひねりながらうんうんと唸り、やがて顔を上げる。
「とりあえず此処を拠点にでもして、シンの街で見かけた浮浪異種族でも集めてこようかね。街から離れてるから此処なら目立たないしな」
「そうか。心配はしていないが、あまり騒ぎを起こすなよ。今後の行動に差し障るからな」
「あいよ。さてっと、今後の行動も決まったことだし、俺は先に上がるぜ。今日は精神的に疲れた一日だったからな、そろそろ寝たい」
スパロウマンは立ち上がると一度大きな欠伸をしてからそのまま浴場を出て行った。
私は湯で一度顔を洗ってからぼんやりと水面を見つめる。
そういえば、私はパトラ王女の顔も、ドルー・ドコロタの顔も知らないのか。見ればすぐにそれと判るだろうが……。
忍び込む前に少し情報を集めておこうと考えながら私も浴場を出る。
明日からもまた忙しくなりそうだ、と思っていると、自分に割り当てられた部屋の前に一人の人影があった。
「……クロース?」
私の声に反応して振り向いたクロースは微笑を浮かべながら一礼する。
「セイゲン様、お湯加減は如何でしたか?」
「ああ、とても良かったよ。ところで、此処で何を?」
「あー……えっと、詳しくは中で……」
そう言われてしまい、クロースを室内に招き入れる。
どうやらクロースも風呂に入ってきたようで、髪が湿っていた。
ソファーに向かい合って座ると、クロースは申し訳なさそうに頭を下げる。
「その、不躾なのは承知なのですが、セイゲン様と婚姻を結ばれた森精種のお話をお聞きしたかったのです。右手の薬指に着けている指環は二つ……。つまり、セイゲン様は最低でも二人の森精種を娶っていることになります」
確かにクロースを説得する時に指環を見せたが、あの状況で其処までしっかりと見ているとは……。
「別に構わないが、君はどうして知りたいんだ?」
「純粋な好奇心が少しです。あとは、あなた様が既に二つの指環を着けておられるからでしょうか。森精種の婚姻では、一人が着けられる指環は三つまで、それ以上は妻ではなく愛人となる……。セイゲン様が娶れる森精種はあと一人までで、それ以上を愛するならば愛人としてしかお側に置けません。そのことをご存知なのかと思いまして」
森精種は一夫多妻を否定しないのだなと思ってはいたが、そんなルールがあったとは。
「それは……知らなかったな。そうなのか……」
「はい。まあ理由は単純で、それ以上は指環が指に嵌まらないからですがどうやらセイゲン様は既に多数の森精種から愛されているご様子」
「そんなのまで判るのか?」
「森精種ですから。同胞の魔力には敏感なんですよ。特に、愛情と憎悪には」
そう言ってクロースは微笑んだ。
答えになっていないような気がするが、判るというのならそうなのだろう。
「指環の件は分かった。愛情云々は本当かは俄かには信じがたいが、まあ信じるとしてだ。話が聞きたいのだろう? 簡単にで良いかな、私もそろそろ休みたい」
「それでしたら、寝物語にでもお聞かせください。セイゲン様がお休みになられるまでで構いませんから」
そう言うとクロースは私をベッドまで引っ張って横になった。
半ば強引だったが拒絶するほどのことでもない。私は眠るまでこの指環の相手───ココノハとフューリのことをクロースに話聞かせるのだった。




