84話 ココノハ失踪事件
これはホシミがカミーユ・イレネースを斃した当日の午後の出来事である。
塔の中とその周辺は、いつものように穏やかな時間が流れている。
住人が増えたものの、森精種は大人しくて落ち着いた清純な雰囲気を持つ種族だ。平穏を愛する彼女たちが此処にやって来てからも塔は変わらず静かなままだった。
「ふぅ……」
「どうしたのリア。ため息なんかついちゃって」
リビングのソファーに並んで座るのは龍人のリアとシィナ。紅茶とクッキーをテーブルに並べてささやかなお茶会を行なっていた。
リアは頬に手を当てて思わずといった様子でため息を漏らし、シィナは原因を理解しつつも問いかける。
「ホシミ様にお逢いしたいですわ……」
やはりというか何というか。リアは今は居ないこの塔の主人を想っているのだった。
彼女の愛情は深く、重く、ホシミという男性をどこか神格化し、彼の寵愛を受けることを自身の幸福とする。
最も、彼自身もそんなリアのことを良く理解してその上で全てを受け入れているので器が大きいのだろう。
唯一この世界を独力で滅ぼすことの出来る氷龍に愛された男……と言えば聞こえは良いかもしれないが、普通の人ならば恐怖で怯えてしまうだろうな、とシィナは思うのだった。
「まだ一ヶ月も経ってないのに……。仕方ないでしょ。あの人はシンを潰しに行ったんだから、そう直ぐに帰ってなんて来られないわよ」
「それはそうですけれど〜」
シィナの言葉に納得はしつつも頬を膨らませる。その様子に苦笑しながらシィナはクッキーを一つ摘んでリアの口元に運んだ。
「あたしも寂しいんだから、今は我慢しよう、ね? 帰って来たらいーっぱい愛してもらえば良いじゃない。寂しかったって言えば、何でもやってくれるわよきっと」
クッキーを咀嚼しつつシィナの話を聞いたリアはしっかりと飲み込んで紅茶で口内を潤してから口を開く。
「うー……。じゃあ壊れてしまうくらい激しく愛してもらいますわ」
「さらっと恐ろしいこと言わないでよ。それあたしにまでとばっちり来るやつじゃないの」
「良いじゃありませんの。シィナもお好きでしょう?」
「……」
にこやかに微笑むリアの表情にシィナは反論出来なくなって紅茶を一口飲んだ。
これ以上この話題を続けると自分の身に危険が迫りそうだと思ったシィナは話を変えることにする。
「そう言えばユキユキとココノハは? あの子たちもお茶会に来る筈だったと思うんだけど」
「言われてみれば、二人ともまだみたいですわね。どうしたのでしょう?」
そんな風にまだ来ない二人のことを話していると、丁度話題に上ったばかりのユキユキが勢い良く扉を開けて中に入って来た。
肩で息をしており、その背後からフューリとユニステラがユキミとユキノを抱っこしてついて来ている。
「ど、どうしたの? そんなに慌てて」
「何かありましたの?」
「大有りウサ!! 大変ウサよ、ココノハが居なくなったウサ! 今クルクル様が捜してくれてるけど、もしかしたらパパを追ってシンに行ったのかもしれないって……!」
ユキユキのその言葉にリアとシィナは少し驚いたがそれだけだった。
「シュメットに買い物に行っただけじゃないの?」
「夜になる前には戻ってくるのではありませんの?」
あまり変わらない二人に珍しくユキユキが荒れたように髪を振り乱す。
「緊張感なさ過ぎウサ! あのシンに行ったかもウサよ! もしパパ以外に見つかったらただじゃ済まないウサ!」
「ちょっ、ユキユキ落ち着いて!」
「ユキユキ様、ユキミ様とユキノ様が見ておられます! ひとまず落ち着いて下さい!」
フューリとユニステラに諭されて何度か深呼吸をして平静を取り戻す。
「フューリ、ユニス。……ありがとウサ」
その言葉に二人は微笑で応えたのだった。
フューリに赤ちゃんのことを色々と教えていたユキユキがユニステラとも親しくなるのにそう時間は掛からなかった。
遥かに年上なユニステラに様付けされるのは未だに慣れないのだが、際どい意匠のメイド服という服装のせいか何故か自分のことをメイドとして考えてしまうようになったらしく、ユキユキ様と呼ばれるようになってしまったのだ。
いつかフューリと同じように接してもらえたら良いなと思いつつ、ユキユキはリアとシィナに顔を向けて頭を下げた。
「……叫んでごめんウサ」
「いえ、こっちこそ……、ごめんね」
「わたくしもお詫び致しますわ。少しいい加減でしたわね……」
シィナとリアも合わせて三人で頭を下げ合う。
顔を上げてからの彼女たちの思考は早かった。
「ユキユキはもうココノハの部屋に行ったの?」
「もう行ったウサ。で、これを見つけたウサよ」
ユキユキが取り出したのは一枚の紙の切れ端だった。書いてある文字を読むと……。
『ちょっとやる事が出来たのでしばらく留守にします。危険なことはしませんから安心して下さい』
「何これは。危険なことはしないって……正直言って全然信用出来ないんだけど」
そう言いながら頭を押さえるシィナにユキユキも同意する。
「そうウサよねぇ……。せめてどこどこに行くとかあれば少しは安心出来るウサけど……」
「この紙には何処にも書いてありませんね。裏にも」
ユニステラはそう言って紙をめくる。裏は当然のごとく何も書かれていなかった。
「まあありませんよね」
「ココノハ様ったら何処に行っちゃったんだろう。何か目的があって外に出たんだろうけど、誰にも何も言わないなんて……。何か隠してるのかな?」
フューリが考え込みながら何気なく言った言葉だったが。
「あ……もしかして」
何か思い当たるものがあったのかリアがポツリと呟く。その様子に全員がリアを見る。
「何か心当たりがあるウサ?」
「心当たり……という程でも無いですわ。ココノハちゃんが戻って来た時に少しお話したことを思い出しましたの」
「何を話してたのよ?」
「それが……」
リアは少し躊躇うが、どうせ後で知らせるつもりだったので正直に話すことにした。
「ホシミ様が帰られたら、その……。寂しくさせた罰としてちょっと拘束して、塔の女の子たちで美味しく頂いてしまいましょう、というお話を……」
「「「は?」」」
「まあ」
シィナ、ユキユキ、フューリは呆れたように、ユニステラは少し驚いたように反応する。
「それで、素のままですとホシミ様でも流石にお辛いと思いまして、精の付く食事と、その……精力剤の……準備を……」
「「「はあ!?」」」
「まあまあ!」
ユニステラは少し楽しそうな様子だったが、他の三人は驚き呆れていた。
「つまり、何? あの娘はその……ごにょごにょ……の材料を集めに行ったってこと?」
「心配して損したウサ……。良く良く考えてみれば、ココノハがパパの言うことを聞かないなんてことは考えづらいウサね……」
シィナは頬を赤らめ、ユキユキは腕を組みながら疲れた表情をしている。
「ですが一応何があるか分かりませんし、クルルちゃんが戻るまでは気に掛けておきませんと」
まさかの展開でものすごく疲れた様子のシィナとユキユキだったが、リアの言うことは一理あると思ったので素直に頷いたのだった。
「それではユキユキちゃんたちもいらしたことですし、お茶会の続きでも如何でしょう?」
にこやかに微笑むリアの提案に、ココノハを捜して走り回り疲れ切ったユキユキは空いているソファーに突っ伏した。
「なんかもう……疲れたウサ……。パパ……早く帰って来て……」
「ちょっ、ユキユキ!? しっかりしなさい!?」
「パ〜パ〜」
シィナはユキユキの肩を揺らすと、ユキユキもシィナにしがみ付いてきた。自分は彼じゃないと思いながらも突き放せないシィナは優しくユキユキの頭を撫でるのだった。
フューリとユニステラは困惑しながらも空いている場所に座り、リアから紅茶を受け取る。
ユキユキが立ち直るまでに十分程を要したが、お茶会は二人から五人と赤ちゃん二人の計七人に増え、一時間ほど歓談を楽しんだそうな。
結局その日の夜にはクルルと共に一度戻って来たココノハがシィナとユキユキにとても怒られたのは言うまでもない。




