↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/180

78話 ウェリントン・スパロウマン

 ココノハとクルルを塔に送り返してからの私は、捕らえていた男のもとに向かった。

 私がやって来ると男は諦めたように空を見上げていた。今から殺されると思っているのだろう。

 だから、木に縛られたままだった縄を切り解くと驚いた表情をする。


「俺を解放するなんてどういうつもりだよ?」


 思わず、といった風に口に出た言葉だった。

 普通に考えればあり得ないだろう。最初は私もやるつもりは無かったのだから。


「解放した覚えはないのだがな。もう少しだけ付き合ってもらうが……その前に」


 私は持ってきていた料理を男の前に置く。皿の上にはパンとベーコンエッグが乗せられていた。

 丸一日ほど何も食べていなかったせいだろう、男の視線は料理に釘付けになる。


「腹が減って動けないでは困るからな。これくらいしかないが食べるといい。なに、毒など入っていない。わざわざそんなものを使わなくても、殺そうと思えば直ぐに殺せるのだから」


 男は胡乱(うろん)げな目を向けてきたが、空腹には勝てなかったのだろう。がっつく様に食べ始めた。

 すぐさまぺろりと平らげると、私は水が入った竹筒を放り投げる。それを片手で取って水も一気に飲み干した。


「あんた……いったい何を考えてやがる。俺を殺すんじゃ無かったのか?」


「いずれ殺すさ。だが、それは今じゃないというだけのこと。……一応、貴様の身分や名でも聞いておこうか」


 殺すと宣言した相手に何故そんなことを聞くのだろう。きっとそう思っているに違いない。


「いつか殺す相手のをか?」


「いつか殺す相手のをだ。いいからさっさと言え」


 私がそう言うと男は少し迷った素振りを見せるが、抵抗しても無駄だと思ったのか肩を落とす。


「シン国第三師団団長、スパロウマン。ウェリントン・スパロウマン中佐だ」


「階級か。銀の鉤十字の紋章……ああ、確かに」


 縄を解いたお陰で胸元に付けられたバッジを見ることが出来た。

 銀の鉤十字はそこそこ上の幹部クラスに与えられるものだった筈である。第三師団団長と言っていたので、其れなりに優秀だったのだろう。


「他に知りたいのはシンの中枢を担う者たちだ。名と、有るのならば階級もな」


「……どうせ此処で喋らなければ殺すんだろう?」


「良く分かっているじゃないか。どうせシンで調べれば直ぐに分かることだ。わざわざ聞かなくても良いんだが……幹部である貴様の目から見ての所感なども聞いてみたいのでな」


 私の先が読めない男───スパロウマンは悩んだ末に話すことを選んだ。


「あくまでも俺の私感だ。実物と会ってみて違うじゃないかってのは言いっこなしだぜ」


「当然だ。実際に見たこともない者を正当に評価出来るわけ無いだろう」


「なら良いんだけどな。お前が知ってるかは分からんが、シン国では数年前から国王陛下と女王陛下が共に病に臥せっている。だから今の国の最高意思決定者は、両陛下の娘のパトラ・デア・レイス・シン王女。まだ十にも満たないガキだ。あの王女様は世界を知らないからな、政治を司る糞爺(クソジジイ)傀儡(かいらい)になっちまってる」


「成る程、傀儡か……。民草はその両陛下とやらが病に臥せっているのは知っているのか?」


「いや、まだ知らされていない筈だ。だが体調を崩し気味で最近は公務を欠席しがちであるとは思っているだろうな。で、その王女様を操る糞爺の名前が、ドルー・ドコロタ。先代から仕えているせいか陛下からの信頼が大層厚い。もともとシン国には以前から異種族排他の風潮があったんだが、先代が崩御し自分の権力が増した今の陛下の時代からこいつが動き始めた。後はあんたも知ってるだろう、侵略戦争の始まりだ」


「その男が黒幕か。では今の王女には罪は無いと?」


「そりゃねえだろうなぁ。はっきり言って、あの王女様は無知だ。信じてほしいと言われたことをそのまま素直に信じちまうくらいだぞ。そうだ、あんたどうせシンを滅ぼすつもりなんだろう? 折角だし王女様は(さら)って貰っちまえば良い。今はガキだが、成長すればあれは良い女になるぞ」


 そう言ってスパロウマンは笑った。思ったよりも軽々と話してくれることに驚いたが、まさか王女を拐えとは。


「よく自国の王女を拐えなどと言えるものだな」


「あの国ははっきり言って先が見えないからな。もう少ししたらおさらばする予定だったのさ。俺には異種族への嫌悪感ってものが無いからな、中央か……西に行っても良いって考えていた」


「なら、何故貴様は行軍中に森精種(エルフ)の女を何人も殺した?」


 その言葉に驚愕するスパロウマン。見るからに動揺している。


「おいおい、そんなことまで知ってるのかよ。だが直接殺してたのはあの黒い男だぜ。勿体ねーことするよな、あんな美人な女を好きにヤれたってのに」


 へらへらと軽そうにそう言うスパロウマンに頭が痛くなった。

 人の命を弄んでおいて、この程度とは……。


「つまり、貴様は悪くないと……そう言うのか」


 痛みを覚える頭を押さえて、我ながら底冷えのする声を出す。その声に男が震え、目の焦点が合わなくなっている。


「い、いや……そういうわけじゃ……」


「今は不問にしてやるが……忘れはしない。さっさと他の幹部のことも話せ」


 許しはしないが、怒り任せに暴れたところで話は進まない。今は自分を律してこいつから話を聞き出すことが先決だと割り切る。

 私が相当怒っていることには気付いたのだろう、スパロウマンはおどおどしながら続きを話した。


「あ、ああ……。後は……第一師団団長と第二師団団長くらいしか居ないが……。おほん、第一師団団長はエリック・ザントマー将軍だ。陛下に忠実な犬で、堅物。女遊びもしやしない。だから情けも容赦も一切無く、殺して殺して殺しまくる。老若男女問わず、陛下に命じられれば皆殺す。シン国による虐殺の九割がたがこいつの仕業だ」


 エリック・ザントマーのことは知っている。黒髪黒目の、やや細身だが引き締まった肉体を持つ男だ。

 剣の達人と呼べるほどの実力者で、数多くの無辜の民を殺した、道を踏み外した剣聖。

 民を一刀のもとに切り捨て、苦痛を感じさせることのない殺し方が特徴的だが……。その行為の卑劣さから、この男は『外道剣聖ザントマー』と呼ばれている。


「で、第二師団団長だが、なんと女だ。カミーユ・イレネース大佐。こっちはシンの数少ない魔術師で、風とかそういうのを使ってるのを見た事がある。こいつも将軍に負けず劣らずのイカレでな、拷問が大好きなど変態だ。捕らえてきた中でも見目の良い若い男女を好んで選んで、色々とやったみたいだ。男なら、その……無理矢理豚みたいな女と交わらせて、出す瞬間に玉を潰したり……とか、やったって話がある」


 思わず股間を押さえながら話すスパロウマン。確かに、同じ男として恐怖を感じるのは分かる。分かってしまう。

 それはさておき。

 風を扱うということは先天守護属性は緑だろう。緑には精神干渉系も含まれるので、かつてシュメットの街でガルドを唆した幹部クラスの女はこいつで間違いないだろう。

 この女のせいでユキユキに辛い思いをさせてしまったのだ。当然許す筈が無い。


「で、お前は?」


「は?」


 重要な者たちのことを語り終えて一息ついていたスパロウマンに問うと、間抜けな返事が返ってきた。


「お前には無いのか、そういう物騒な武勇伝は」


 改めてそう言うと、手と首を横に同時に振った。


「無い無い無い無い。俺は与えられた任務はどんなことであれ確実にこなすことだけが特徴だったんだが……、それもあんたに敗けて無くなっちまったしな。しかも兵を丸ごと殺されたんだぞ? このまま戻ったら間違いなく軍法会議後に打ち首ものだろうなあ」


 そう言って遠い目をする。

 正直言えば、スパロウマンの軍事行動は私が居なければ成功しただろう。そして再び任務成功率百という偉業を積み重ねていった筈だった。

 勿論その事実を教えてやるつもりは無いが。


「ふむ……。どうせ死ぬのだから、私に殺されるか国に殺されるか……」


「おいおい、死ぬ以外の選択肢はないのかよ」


 私の言葉を遮って笑うスパロウマン。表情には諦めが張り付いていた。


「……皆無という訳ではない。だが、死んだ方が楽だったと、そう思わせるような道が一つだけ残っている」


「それはなんだ! 教えてくれ!」


 先ほどとは打って変わって身を乗り出して問い詰める。やはり死ぬだけは嫌なのだろう。そんなスパロウマンに、私は一つの道を示した。


「私は今からシン国を滅ぼす。王や兵を始め、民草に至るまで、その全てをだ。貴様にはその手伝いとして、共にかつての仲間を、守るべき存在だった民を。殺してもらう」


 スパロウマンの息を飲む音が聞こえる。

 そんな様子に構うことなく、私は先を続けた。


「そして奴隷として捕らわれている者たちを解放し、貴様はその生涯を解放した者たちに対して献身的な世話をすることを持って許しとする。シン国に只人(ヒューマン)の奴隷が居ないことは既に分かっている。必然、異種族ばかりになるだろう。当然だが、解放した元奴隷たちに襲いかかったり暴力を振るったりすれば即殺す。私は遠く離れた地からでも様子を見ることが出来るからな。……さあ、どうする。ウェリントン・スパロウマン」


「……王女様も、殺すのかい?」


 俯いたまま、かろうじてといった様子でその言葉だけを発する。

 私は少しだけ考えてから、口を開いた。


「王女は生かしても良いだろう。ただし王女だけだ。それ以外は全て……昨日産まれた赤子でも、明日死ぬだろう老人も……。男女の別無く殺してもらう」


 この言葉にスパロウマンは手を強く握り締める。やがてゆっくりと手を離すと、その場に片膝をついて頭を垂れた。


「ウェリントン・スパロウマン。その任務、確かに承りました」


 その姿は髭面の顔からは想像できないような厳格さで、王宮での彼の振る舞いの一端を垣間見た気がした。

 しかし、すぐに元の軽そうな調子に戻る。


「受けた任務は確実に遂行する……。まあ、一度失敗した男の言葉で申し訳ないが見ててくれよ。で、あんたのことは何と呼べばいい? ボス? 兄貴? 親父?」


「そのどれかで呼んだら殺してやるからな。私のことは……そうだな」


 腕を組んで考える。自分の名を素直に教えてやっても良いが、この男に名を呼ばれるのは凄く不快だ。なので、別の名を教えることにした。


「私のことは『セイゲン』と……そう呼んでくれれば良い」


 こうしてスパロウマンと名乗る男を味方に引き入れた。

 本来ならばこんなことをしなくとも一人で出来るのだが、捕らわれていた奴隷たちの世話までいくと、最近塔に森精種(エルフ)が増え過ぎたせいで私にも難しくなってくる。

 そんな時に便利に使える手駒がいれば、奴隷たちの世話を任せられるならば、国ごと氷漬けにした挙句冥界まで叩き落とす必要も無くなるのだ。

 この方法では奴隷諸共、ただその日その時間その場所に居たというだけで全ての者を殺してしまうことになる。この方法が避けられるのは大きい。


 奴隷たちは解放した後で身寄りがある者は元の場所に帰すとして、身寄りのない者だけを集めたとしても相当数に上るだろう。

 その世話を一人でやらなければいけないのだ。死んだ方が楽だった、と後で後悔しても遅い。

 奴隷は王都だけでは無いのだ、周辺の街や村にも存在する。彼等も解放するのだから、数百人は下らないだろう。


 最終的には、彼等によって新たな街が作り出されれば良い。それまで耐えられるかどうか……。お手並み拝見といこう。

 それよりまずは目先のことからだ。

 シン国を滅ぼした後のことばかり考えても仕方がないのだから。


「さあ、シン国へ向かうぞ」


「おう、了解だぜセイゲンさん」


 私たちはシン国まで歩いて向かった。

 道中は面白くも何ともない平坦な旅だった。

 スパロウマンは髭面で精悍な見た目に反してお喋りらしく、飽きもせずに下らない話をするのだった。

 そして、六日ほどかけてようやくシン国にたどり着いたのだった。







 ーーーーーー







 塔の居残り組のお話


 side:リア


 数日前に唐突にココノハちゃんとクルルちゃんが帰ってきたときは驚いた。

 二人はホシミ様と共に出かけていたのだ、もう外での用は済んだのだと思い一緒に帰ってきただろうホシミ様の姿を探しても何処にも見当たらない。


 ホシミ様は何処ですの……と、聞こうとした時にココノハちゃんの目が泣き腫らして赤くなっていることに気が付いた。


「ココノハちゃん、その目は……」


「あ、あはは。恥ずかしいのであまり見ないでください。ホシミさんに置いていかれて寂しくて泣いた……なんて、子どもっぽ過ぎて恥ずかしいんですよう」


 そう言って痛々しい笑みを浮かべる。

 その姿が見てられなくて、わたくしはココノハちゃんを抱きしめた。


「恥ずかしくなんかありませんわ。わたくしも……ホシミ様に置いていかれるなんて、想像しただけで悲しくなってきちゃいますの。ねえココノハちゃん。一体、何がありましたの?」


「実はですね……」


 ココノハちゃんが話す内容は、わたくしを驚かせるものでした。

 ホシミ様が家族となった人の頼みを断ることなど今まで無かったように思う。もしかしたら小さなことはあったかもしれないが、そんなにはっきりと拒否されたことは無かった筈だ。


 ココノハちゃんが信頼されていない……ということはあり得ない。そうでなければホシミ様があんなに甘やかす筈がない。

 だから理由は別の……きっとホシミ様の言葉通り、『見せたくない』からなのだろう。


 誰だって好かれている人に自分の醜い一面を見せたくないと思うものだ。自分にだってそれはある。

 あの、自分の中の魔力に抗えず暴走した時のように───。怒りによって冷気が溢れ出し、辺り一帯全てを凍て付かせる忌まわしいこの力。再びあの悲劇を起こす訳にはいかないのだ。

 勿論、今では完全に制御出来ているし、ホシミ様はこの力のことなんて関係無しにわたくしを愛してくれている。

 だけどやはり暴走した記憶は無くならない……だからわたくしはあまりこの力を使わないようにしているのだ。


「でももう大丈夫ですよ。泣いたおかげで色々と吹っ切れましたし。帰ってきたら一発叩き込みますけど、それでお終いです。それよりリアさんにお願いがありまして……」


 言葉通り吹っ切れた様子のココノハちゃんが手を合わせてわたくしを見ている。


「何ですの? わたくしに出来ることならお手伝い致しますわ」


「大丈夫です、きっとリアさんも楽しめますから!」


「?」


 頭に疑問符を浮かべていただろうわたくしにココノハちゃんが耳打ちしてきた内容は、それはそれは楽しそうなもので。


「ホシミさんが帰ってきたら楽しみですね!」


「ええ! ふふっ、きっとみんなも喜びますわ!」


 いつか帰ってくるだろうホシミ様の為に、わたくしはココノハちゃんと共に秘密裏に行動を開始するのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。