77話 涙の理由
翌朝。
私はこのままシン国へと赴き、戦いを起こすつもりでいた。
そのためココノハとクルルを塔に送り帰すと伝えると、クルルは私の言葉をすぐに受け入れたがココノハは納得しなかった。
「どうしてですか! 理由を教えてくれないと嫌です!」
目を吊り上げて激怒するココノハ。口から漏れる言葉にも怒りが溢れている。
「理由は言えない。済まないとは思っているが……」
机に手を叩いて立ち上がる。このせいでココノハに上から見下ろされる形になった。
「ならわたしも行きます! ホシミさんを一人でなんて行かせられません!!」
「駄目だ。ココノハ、どうか頼む……私がこれから為そうとすることを、誰にも見られたくないんだ……」
私が頭を下げると、ココノハが一瞬怯んだ。
普段はなるべく叶えられる範囲で望みを叶えてあげてきた。言えば何でも叶えられてしまうと思ったのか遠慮して大した要求をされなかったことも大きい。
今回も通常の戦争ならば共に連れて行くことを拒否することはなかっただろう。
だが、此度は違う。私が行うのはただの……鏖殺と呼ばれるものなのだから。
「どうして……ホシミさんが頭を下げるんですか……。ホシミさんは一体、何をするつもりなんですか……?」
「……」
ココノハの問いに答えることが出来なかった。
知られたら確実に軽蔑されることをするのだ。
クルルは私に絶対の忠誠を誓っているので、私が何を為そうと受け入れる。だが、ココノハはどうだろう。
殺人とは、普通の感性を持っている人間なら間違いなく忌避するものだ。
そも、殺しを楽しむような者は今の人の時代において明らかな異常である。私も楽しいなどと感じたことは一度もない。
ただ、『作業』をしていると思ったことは幾度とある。長い時間を生きて、これまでに何度も死んだし、死んだ回数の数百〜数千倍の数を戦乱で殺してきた。
殺して殺して殺して……いつの間にか感覚が麻痺して、今や殺人という行為を何とも思わなくなってしまったのだから。
「……今から二人を塔に転移させる。文句は戻ったら聞き入れるから、大人しくして待っていてくれ」
「なっ、待ってホシミさ───」
ココノハの言葉を遮るように転移を発動する。ココノハの伸ばした手は私に届くことなく宙を切り……その場から姿を消した。
消える間際、クルルが私に心配そうな表情を浮かべていたが、ココノハのことは任せて欲しいと言わんばかりに一度頷いてくれた。
「……済まない、ココノハ」
一人になった家の中、誰にも聞こえない謝罪の言葉を紡ぐ。
俯いていた顔をあげて、今は自分の為すべきことだけを考えるのだった。
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side:ココノハ
一瞬のうちに森精種の集落から塔に戻ってきた。
目の前には塔の扉があり、扉を開けば一階のリビングに繋がるだろう。
だけどわたしは伸ばした手をそのままに固まってしまった。
目の前にホシミさんは居なくなってしまったのに、この手はあの人を求めて伸ばされてたまま。
どうして今回は連れて行ってくれなかったのだろう。
今までホシミさんがわたしの……いや、わたしだけじゃなく他の女性も含めて、あそこまで頑なに頼みを断ったところを見たことがない。
拒絶された……という訳では無い。その証拠に、ホシミさんも物凄く申し訳無さそうにしていた。今回のことはわたしのことを案じての結果そうなったのかもしれない。
だけど、何故か悲しくなって、一粒の涙が零れ落ちた。
「あ……あれ……? おかしいな……」
服の袖で涙を拭って、ホシミさんが言っていたことを思い返す。
気になるのは、『これから為そうとすることを、誰にも見られたくない』という言葉。
ホシミさんは、何かをするのだ。それも、人に見られたくないような行為を。
それは、おそらく───。
「ココノハ……、大丈夫ですか…にゃ?」
考え事をしていたわたしにクルルさんが心配そうに声を掛けてくる。
きっと泣いてしまったところも見られただろう。
何と返そうか迷っていると、クルルさんはわたしを優しく抱きしめた。
「主のこと、大切に思ってくれてありがとうございます…にゃ」
優しい声に、また涙腺が緩む。
一粒、二粒と零れた涙は堰を切ったように次々と溢れ出す。
「ホシミさんの……ばかぁ……! どうして独りで背負おうとするんですかぁ……! 誓ったのにっ……一緒にって誓ったのに……」
一年ほど前だけどまだ鮮明に思い出せるあの日の誓い。
『あなたが善を為そうと、悪を為そうと、わたしはあなたと共に参ります』
この言葉はホシミさんに救われたわたしの、新たな生を生きる指標だった。
それが破られてしまったからわたしは悲しいのだ。
ホシミさんはきっと、世間一般では『悪』と定義されることを為そうとしているのだろう。
それを為す様を見せたくないと、こうしてわたしたちを……いや、わたしを、送り帰した。もしかしたら軽蔑されるとでも思ったのかもしれない。
そんなことをする必要無いのに。わたしは全てを受け入れるのに。
クルルさんは涙を流すわたしをあやすように背中を撫でてくる。
それは何故か亡くなったお母様を思い出すような撫で方で、わたしはまた涙を流した。
ホシミさんが帰ってきたら、絶対に文句を言ってやろう。もしかしたら手が出るかもしれない。
そうなったらそうなったでその時に考えるとして、今度こそしっかりと伝えるんだ。
『あなたが善を為そうと、悪を為そうと、わたしはあなたと共に参ります』って。
そして今度は更に、この言葉も加えるんだ。
『わたしもあなたの罪を背負います。この命が続く限り何処までも、何処だろうとあなたと共に参ります。だから、今度置いて行ったら絶対に許しませんから』
ねえホシミさん。わたしは、あなたの思うよりもずっとずーっと愛が深いんです。
今回は仕方がないので諦めますけど、次は必ずお側に置いてもらいますから。だから、早く帰ってきてくださいね。
扉の向こうでは騒がしい声が聞こえてくる。
みんなにこんな泣き腫らした顔を見せられないので、落ち着くまでこうしてクルルさんに甘えさせてもらうことにした。
落ち着いたら……双子ちゃんをもふらせてもらおう。
きっと、寂しい気持ちも騒いでいれば紛れるだろうと思ったから。




