75話 一方的な殲滅戦
悪夢だ。これはきっと悪夢に違いない。
目の前で巨木に薙ぎ倒され潰される兵も、網に捕らわれた後に黒焦げになる兵も、落とし穴に落ちて串刺しになる兵も、何処からともなく飛来する矢と短剣によって貫かれる兵も。
みんな悪い夢に違いない。
髭面の指揮官は茫然と膝をついて辺りを見回した。部隊は既に壊滅状態、副官として着いてきた色黒の男もいつの間にか消えている。
まだ生き残っている兵も、この調子だと直ぐに仕留められるだろう。
「一体……何が起きたんだああああぁぁぁ!!!!!」
その疑問に対する答えは無く、ただ、自らの率いてきた兵たちが次々と死に絶えていく様を見ていることしか出来なかった。
何故、こんなことになってしまったのだろう。
昨日の夜は馬鹿騒ぎとまではいかないまでも大いに盛り上がったものだ。ようやく森精種を捕まえられると皆、意気揚々としていた。
捕まえた森精種は此処までの行軍で溜まったものを吐き出す為の性奴として扱うつもりだったのだ。一人につき一人与えられれば最良だな、などと話していたのを覚えている。
明日が楽しみで興奮し過ぎる者も居たくらいだ。
明朝、夜明けと共に士気も戦意も高い最高の状態で攻め入ったのだ。だが、結果は見るも無残な負け戦。しかも一方的な。
我々が此処に来ることはこの森の森精種たちには知られていなかった筈である。
奴等が感知した時には既に集落を攻め込み落としていた……予定だったのだ。
何故……いったい何処から情報が漏れたのだ?
また、兵の断末魔が聞こえてくる。
その絶命に至る絶叫で何とか意識を持ち直した。
まだだ、まずは此処から脱出して体勢を立て直し、生き残った者を連れて一度王都に引き返す。
今度はより多くの兵を引き連れて、慎重に進軍しながら森精種たちを侵略するのだ!
……と、考えながら撤退の合図を出そうとして、声が出ないことに気が付いた。
周囲からは、いつの間にか兵たちの悲鳴やうめき声が死体と共に消え去っていた。
「貴様がこの軍の指揮官だな」
背後から声を掛けられて、飛び退きながら振り返る。そこには、灰色の髪に灰色の瞳。黒いローブを羽織ったそこそこ背の高い只人が居た。
こんな男はこの部隊には居なかった筈……。
そう思っていると、男は突然目の前に現れて俺の腹に渾身の一撃を叩き込んできた。
「……ッ!!? …………!!!」
鳩尾に重い一発をもらい苦悶の声すら上げられずうずくまる。そのまま、うずくまった所を側頭部に蹴りを叩き込んできた。
意識を失う直前、男は冷めた眼差しを向けて声を掛けてくるのだった。
「貴様は殺さん。今はまだ……だがな。暫くそこで眠っているが良い」
誰か……せめて一人だけでもいいから、生き残ってこの事態を国に……。と思いつつ。
その声を最後に意識を失った。
この時指揮官の男は、僅か一時間と少しでたったの三人によって率いてきた全ての兵を殺されたことを、まだ知らなかった。
ーーーーーー
時は少し戻って夜明け前。
私たちは既に迎え撃つ準備を整えていた。
作戦はこうだ。
まず、奴等が森の中に入ってきたら結界を発動させて退路を塞ぐ。呪いの森に使われているものの簡易版と考えてもらって構わない。これは私が編み出した白と黒と緑の合わせ技の秘術だ。
何故かその方向に行きたくないと思わせる程度の物でしか無いが、正気を失った人間相手にはこれで十分である。
次に、森の中の至る所に仕掛けられた罠が作動するのを姿を隠しながら見届ける。
罠に掛かればその罠に応じた魔術で一網打尽にするのだ。
例えば、網に捕らわれたのならば超高圧の電撃を流し込む。落とし穴に落ちたのならば、石の杭を生やして全身を貫いたり、穴の上を大岩で塞いだり。
わざと作っておいた水たまりに足を踏み入れれば電撃を流して感電させ、何も無いように見せかけた小さな広間のような場所に兵が集まればその場を真空状態にして窒息させる。
場所柄、どうしても火を使うことが出来ないので青、緑、黄、白と四属性を惜しみなく使うことにした。黒属性魔術はどうしても癖のある使い辛いものばかりなので今回は赤と同様に使用しない。
クルルとココノハは敵が散り散りになってからが本番である。
元々人数差が有りすぎる今回の戦いで個人技しか持たない二人の出番はそう多くはない。
なので敵がばらけた所を各個撃破してもらうことにしたのだ。
ココノハは弓を扱えるし、クルルは短剣の投擲技術がずば抜けている。木の上から一方的に攻め込むことが出来るだろう。何よりココノハは森の中での戦闘に特に長けている。
二人一組で行動させるのは、万が一のことが無いようにだが、もし堕と対面した時のことも考えてである。
堕の実力が不明な以上、何があっても対応できるクルルと組ませるのがココノハの安全を守る為にも最善だった。
……そんなことを言うと「どうせわたしは二人と比較したら足手まといですよ」なんて言って膨れてしまうので絶対に言わないが。
「間も無く夜が明ける。二人とも、準備は良いか?」
「問題ありません…にゃ」
「わたしも、大丈夫です!」
二人は力強く頷いた。クルルは短剣の位置を確認しながら、ココノハは弓の弦の感触を確かめながら。
「絶対に深追いはしないこと。もし堕と遭遇するようなことになれば、自身の安全を最優先にしつつ可能ならば捕獲。無理ならば殺してしまって構わない」
「「了解です(にゃ)」」
そんなことを話しているうちに、徐々に辺りが白ばみ始めてきた。
───夜が、明ける。
「さあ……殲滅戦の始まりだ」
クルルとココノハは木の上に、私はその場で透視を使用し周囲一帯を把握する。
シンの軍隊は、まさか見張られているとも罠が張りつめられているとも知らず、ただ真っ直ぐに森精種の集落がある地点に向かって駆けてくる。
不意を突いて一気に強襲し、迅速に制圧するつもりだったのだろう。
確かに、此処に居た森精種たちならば対応する間も無く制圧されていただろうが……。
残念ながら、此処に居るのは森精種では無く私だ。
二百人の軍勢が縦に伸び切って森に侵入してくる。最後尾まで森に入ったことを確認してから結界を起動した。
これで奴等はもう、逃げられない。
その事実に気付いていないシンの兵たちは、森精種を捕らえた後のことを考えながら突撃してくる。
一気呵成に攻め入ろうとするシンの軍勢の先鋒を襲ったのは、巨大な落とし穴だった。
深さ六メートルはあろうかというほど深い穴に落ちた兵は、下に居たものは仲間に押し潰されてある者は骨を折り、またある者は運悪く死んでしまう。
いきなり現れた大穴にシンの兵たちの勢いは完全に止まってしまった。
二十人ほど巻き込んだその大穴からは、鋭利な石の杭が次々と突き出して中に落ちた兵たちを無残に貫いていく。
断末魔の悲鳴があがり、落とし穴は血が滴り落ちて血溜まりとなる。その様子を見て怯んだようだったが、指揮官により叱咤されて死んだ同胞を見捨てて更に前進してくる。
しかし目の前で凄絶な死に様を目撃したせいだろう、その歩みは遅かった。
次に襲いかかったのは、巨木で用意したハンマーである。支え止めていたロープを風で切ってやると、風の加速の補助と遠心力も加わって猛烈な勢いで兵たちの真ん中少し後ろを振り抜いた。
吹き飛ばされた兵は、直撃を受けた者は潰れ、僅かに当たってしまった者も骨を折ってうずくまっている。
それと時を同じくして新たに先頭に立った兵たちの上から巨大な鉄網が降りかかってきた。有刺鉄線で作られたその網は兵たちの肉体を抉り、助けに触れた者も含めて傷を付ける。
何とか抜け出そうとする兵と、それを補助しようとする兵が集まり鉄網に触れているのを確認した所で致死量を遥かに超える超高圧の電撃を流し込んだ。
雷に直撃して、かつそれを浴び続けた兵たちは黒く焦げ付き、凡そ人が迎える末路では無い死を遂げる。
その様を目の前で見てしまった兵たちが恐慌状態に陥ってしまうのは、幾ら指揮官が有能な存在であったとしても無理からぬことだろう。
悲鳴を上げながら散り散りに駆け出していく兵の姿を確認し、木の上で待機している二人に声をかけた。
「兵が散らばり始めた。既に半分ほど削っているが、油断はしないように」
「「はい」」
二人は声を揃えて頷くと、木の上を飛ぶように駆けて行った。
向こうは二人を信じて任せるとして、私は混乱している敵の指揮官でも捕獲しよう。
水たまりに落ちた兵たちに電撃を流し、別の落とし穴に落ちた兵たちの上から穴を塞ぐようにすっぽりと収まる大岩を落とし、広間に集まってしまった憐れな兵たちの空間を真空にしながらゆっくりと歩みを進める。
散り散りに逃げた兵たちは木の上の二人によって次々と仕留められていた。
透視を使えないのにやけに正確に仕留めると思ったら、どうやらココノハが森の声を聞いて居場所を見つけ出しているようだ。
流石、森に愛された存在の純森精種である。
どうやら彼女たちの居る方向に堕の男は逃げ込んだようだ。
間も無く接敵するだろうが、この様子なら心配は要らなさそうだ。私は私のすべきことをしよう。
辺りで死に絶えている兵たちを魔術で地に埋めながら膝立ちで茫然としている指揮官に向けて近付いた。
「貴様がこの軍の指揮官だな」
声をかけると直ぐに飛び退き振り返る。驚いた表情で声を出そうとしたようだがその口からは何も聞こえてこなかった。
空気を弄って奴の声帯を止めたのだ。呼吸すら出来ていないことには気付いているだろうか。
意識があっては辛かろうと、思い切り鳩尾を殴りつけ、腹を抱えてうずくまったところを側頭部に蹴りを入れて意識を刈り取る。
「貴様は殺さん。今はまだ……だがな。暫くそこで眠っているが良い」
聞こえているかどうかは不明だが、一応言っておく。どうやら、向こうも決着が付いたようだ。じきに戻って来るだろう。
指揮官の男の両手足を縄で縛り猿轡を噛ませる。これで捕虜の出来上がりだ。
「さて、と。何とか……終わったな」
手を振りながら駆け寄って来るココノハとその隣で笑みを浮かべるクルルを見て、張りつめたものが少し和らいだのを感じるのだった。
ーーーーーー
side:ココノハ
ホシミさんと別れてから、わたしはクルルさんと一緒に木の上から単独で逃げ惑う兵たちを一方的に仕留めていった。
「よしっ、次!」
素早く矢をつがえて狙うは心臓。軽鎧しか身につけていない彼等の鎧を貫通させるのは然程難しいことでは無かった。
横目でクルルさんを見ると、無言で短剣を投擲している。一直線に飛んで行った短剣は吸い込まれるように眉間、喉、心臓……と急所に当たる。
恐ろしいほどに精密な投擲術で、この人が敵で無くて本当に良かったと心底から思った。
散り散りに逃げ出した兵をほぼ刈り終えて、その男はわたしたちの前に姿を現した。
「ふう……一先ず、此処まで来れば。一体何が起きたんだ……? あんな魔術を使える奴がこの森に居たってことなのか……くそっ! 何で思い通りにならないんだよ!! このッ!! 僕の作戦は完璧だった筈なのに!!!」
黒い肌に白い髪、元々細長かった耳は削り落とされて只人と同じ大きさになっている。
堕は木の上で様子を窺っているわたしたちに気付くことはなく、一人で怒り憤慨していた。
その様を見てクルルさんが耳打ちしてくる。
「ココノハ……好機です…にゃ。私が右足を刺しますから、ココノハは左足を射抜いてください…にゃ」
わたしはその言葉に頷いて、矢をつがえる。
クルルさんと目を合わせて合図を受け取ったら、わたしは矢を放ち、クルルさんは短剣を投擲する。
矢と短剣は狙い過たず堕の両足に後ろから突き刺さった。
「いっぎゃああああああぁぁぁぁぁ!!?」
前のめりに倒れこんで痛みに悶絶する男の前に飛び降りて姿を見せる。
「本当に、なんでこんなのが生きているんですかね」
見下ろしながらはき捨てるように言うと、男はわたしの顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
「なっ……! 純森精種……やっぱり生きていたのか!」
「あれ? わたしのこと覚えているんですね。でも名前は覚えていないみたいで。いやー良かったですよ。わたしもあなたの名前なんてとうの昔に忘れてますけど、あなたのような人間の屑に両親から貰った大切な名前を穢されることはありませんから」
軽口を叩いてへらへらと笑って見せると、男は顔を真っ赤にして怒鳴りだす。
「お前ッ!! 僕を見下ろして笑うんじゃない!! その不快な笑みを止めろおおお!!」
「お断りしますよ。こんな美少女の笑みを不快とか本当に失礼ですね。まあ、ホシミさんみたいな素敵な人とゴミ屑を比べるのはホシミさんに失礼ですからしませんけど。それより……」
意味不明な叫びをあげる男に刺さる短剣を容赦無く踏み付ける。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!????」
声にならない悲鳴をあげる男を無視して、わたしはこの男にずっと尋ねたかったことを聞くことにした。
「どうしてあなたは堕ちたんですか。森では神童だなんだって持て囃されて来たと聞いていたんですがね」
わたしの言葉を聞くと、憎々しげに睨みつけてきた。
「幾ら優秀だろうと……純森精種には敵わないんだ……! 純森精種は純森精種であるだけで森精種たちの上位に立つ、それが気に食わなかった!!! どんなに努力してもお前より僕を認めない森の連中が腹立たしかった!! だから殺したんだ!! 僕は優秀だ、僕は天に愛されている、僕は、僕はッ!!!!!」
「もういいです」
聞くに堪えない男の言葉を、わたしは呆れ混じりで遮った。
要するに、優秀だと信じた自分を認めてくれない周りが憎くてやったことなのだ。
心底、救いようが無い。死んでしまった森の同胞も、この男も。
だが、この男がこれまでやって来たことを無かったことにする訳にはいかない。
好き放題やってきたツケを払う時がやって来たのだ。
「正直、情けないですよ。こんなどうしようもない男に人生を滅茶苦茶にされたわたしも、同胞も、被害にあった人たちも。もう、十分自由に生きましたよね。なら、早く逝きましょう」
一応用意していた『龍殺しの剣』を振りかぶって、首元に振り下ろす。
「なっ……待て待て待ッ……!」
白刃が閃き、骨の抵抗を感じさせることなく男の首を断ち切る。
流石、龍の硬い皮膚すら切れる剣。人の骨くらいなら問題なく切ることが出来るようだ。
剣に付着した汚い血を振い落とし、要らない布で綺麗に拭き取る。
間抜け面で死んだ憐れな男を一瞥してから、両の手を上に向けてひと伸びした。
「もう良いんですかにゃ?」
成り行きを見守っていたクルルさんが声をかけてくる。わたしはすぐに頷いた。
「早くホシミさんのところに行きましょう。多分、向こうも終わっている筈ですし」
「そうですにゃ……。行きましょうか…にゃ」
クルルさんは微笑んでから踵を返した。
わたしもその後に続く。
男はやがて森に還り養分となって森の育成に役立つだろう。森から出て行った癖に、死に場所は結局森の中なんて……皮肉なことだと思った。
数歩歩いたら、男のことなど忘れて今日の頑張ったご褒美について考えを巡らせる。
ホシミさんのことだ、頼めば絶対に叶えてくれるだろう。
割と安全に立ち回ったとは言え、たったの三人で二百人と戦ったのだ。戦争の経験はわたしは今回が初めてだけど、生きるか死ぬかの緊張感はある本能を強く刺激するという話は本当だった。
「ふふふ……。こんなに高揚しているのは生まれて初めてかもしれませんね。こんな状態でホシミさんに抱かれたら……。ふふっ、ふふふふふっ!!」
クルルさんもわたしの気持ちは理解出来るのだろう、何も言わない。むしろ同じように笑みを浮かべていた。わたしはこれからのことを思ってだらしなく頬を緩ませるのだった。




