73話 静かな怒り
「そういえば」
ココノハがふと思い出したように話を向けた。
「思ったんですけど、すぐに此処に戻って来る意味ってあったんですか? どうせ夜になるのなら明日の朝に転移すればよかったと思うんですけど」
「ああ、そのことか。少しやっておきたいことがあってな。私はこの後シンの軍隊が夜営している様子を見てこようかと思っている」
「なるほど、だからなるべく近くのこの場所に戻ってきたんですね。お一人でですか?」
「ああ。隠密行動はクルルには及ばないが私一人ならどうとでもなるのでな。クルル、こちらは任せる」
「はいですにゃ。いつも通り、地形の把握、罠の設置はお任せくださいです…にゃ」
ココノハはクルルの言葉に頭に疑問符を浮かべる。
「もう夜ですよ? 今からやるんですか?」
その言葉にクルルは頷いた。
「私は猫の獣人、これでもかなり夜目が効きます…にゃ。それに、私の属性も相まって夜の方が効率が良いんです…にゃ」
クルルの先天守護属性は黒。闇の中での活動にこれ以上向いている属性は存在しない。
それに夜の魔力の方がクルルの身体にとって馴染みやすいのもあるだろう。
「そういう事情ですか……あれ? そうなると、私はここで一人で留守番ですか!?」
ようやくその事実に気付いたココノハは手を床について肩を落として落ち込んだ。
どこか哀愁すら漂うその姿は少しだけ哀れだ。
「ココノハ、森の中でなら何が出来る?」
だから何かしら役割を与えようと、純森精種として森の中で出来ることを尋ねた。
ココノハは少し考え込んでから、口を開く。
「うーん……森の声なら聞こえますね。どの方向に人がいるーとか、動物がここにいるーとか、教えてもらうことが出来ます。あとは……。森の動物たちとお話し出来たりですかね。あっそうだ、此処も森ですしどこかに木精がいるかもしれないですね!」
「木精?」
耳慣れない単語が飛び出してきたので思わず問い返す。
「はい、木精です。普通は会ったことはないでしょうね。外見も木と判別がつきませんし。基本的に人前には姿を現さない森の番人で、この木精が森を育んでいるんですよ。言葉は交わせませんが、こちらの言葉は理解してもらえるので意思の疎通は可能です。森を荒らす者には圧倒的な力で制裁を加えるんですが……」
「何かしら問題があるのか」
「ええ、まぁ……。わたしがいくら純森精種だったとしても、木精に会えるかどうかは半々ってところですね」
そう言ってココノハは苦笑いを浮かべた。
「昔住んでいた森では長い間暮らしていたこともあって、何度か会ってお話も出来たんですよ。大人たちに言ったら大層驚かれましたけど。それくらい珍しいことなので一応探してはみますがあまり期待はしないでください」
「そうか。会えたら運が良かったと思うことにした方が良いだろうな。だが、夜は流石に森も木精も寝ているだろう」
「……あ」
そういえばそうだった、という顔で固まるココノハ。クルルはココノハの肩に手を置いて、慰めるように首を横に振る。
それを見てココノハは再び肩を落としたのだった。
そういう訳でココノハは留守番である。
「ベッドを温めて待っていますから」と言ってすぐに横になってしまった。
可哀想なので戻ってきたら少し構ってあげようと思う。
クルルは既に行動を開始している。
「では行ってきます…にゃ」と言って走っていった。月の光すら届かない夜の森だというのに、速度を落とすことなく走り抜けられるのは彼女くらいだろう。
私は黒属性魔術の暗視を使いながら飛行で森を出て南下する。
行軍とはどうしても遅くなるものだ。全員が騎兵ならばそういうことは無いが、普通は騎兵と歩兵の連隊である。歩兵に合わせて移動するのだから当然ともいえる。
だが彼等の足取りは思ったよりも速いものだった。
「昨日の昼頃にアリエスティアに話した時が、予想到着日は四、五日後だったか。三日……いや、二日だな。予想より一日早い」
夜営の篝火を予想よりも遥かに森に近い場所で並べる彼らを見て、ぽつりと零した。
上空から天幕を数えて大凡の行軍の人数を把握する。この規模ならば精々が二百人ほどだろう。
暗視から今度は白属性魔術の透視に切り替えて天幕の中を覗き、司令部らしき場所を探す。ほとんどの天幕の中では兵士の男たちが横になって眠っていたり酒を飲んでいたりするくらいだったが、一つだけ異なる様相を見せている天幕があった。
この軍の指揮官なのだろう、髭面の精悍な男と……。ココノハから聞いた堕と思しき肌が黒く髪の白い男がいた。
そしてその中には───。傷付き、薄汚れた森精種の女の姿。
男たちの表情には下卑た笑みが浮かび、女を嬲る。
何をやっているかは一目瞭然だった。
やがて飽きたのか堕の男が森精種の首を絞め上げる。
震えるように手を伸ばしたが、結局その手に触れるものは何もなく。力を失って地に落ちていったのだった。
その様子を見て、嗤いながら足蹴にする男たち。
その姿を私は冷静に見つめ続ける。
ああやって毎日一人ずつ嬲って弄んで、殺した後に捨てるのだろう。
表情こそ変わらないが、内心は怒りでいっぱいである。
叶うならば、今すぐにでもあの森精種の後を追わせてやりたいと思うくらいには。
だが、今此処で私一人が暴れたところで私の気は晴れるかもしれないが生き残った者らはこのまま国に戻るだけだろう。
そして、新たな部隊が派遣されるに違いない。
やるならば、徹底的に。
逃げ場の無い森の中で。
なるべく表に出ることは控えていたが、此度の件は例外だ。
───シン国を潰す。完膚なきまでに。
そこに住まう者ごと、シンの歴史の一切を後世に残さない為に。
眼下の彼等には、その足掛かりとなって死んでもらうこととしよう。
必殺の覚悟を胸に、私はココノハの待つ森に戻るのだった。
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塔の居残り組のお話
side:ユニステラ
どうしてこうなったのでしょう。
まさかホシミ様が森精種たちを全員連れてくるなんて。そしてわたしが森精種たちのお世話係に任命されるなんて思いませんでした。
いえ、良いんです。保護して頂いた恩もろくに返せていませんし、わたしがお役に立つのなら頑張りますとも。
このことを聞いたフューリの呆れ顔は凄かったです。ホシミ様にも見てもらいたいくらいでした。
「確かに森精種たちを救ってほしいとは言ったけど……全員連れてくるとか普通あり得ないわよね」
そう言ってはいましたが、きちんと約束を守ってくれたホシミ様には感謝していたみたいです。まったく素直じゃないんだから。
そんなわたしは今、リリちゃんと一緒にお風呂に入っています。勿論、ほかの森精種たちも一緒です。
彼女たちは塔の大浴場に驚き目を輝かせていました。森に住んでいたらお湯に浸かることは普通はありませんから、初めての体験の娘も多いと思います。
シャワーに石鹸、大きくて広い湯船。
ええ。わたしも最初は興奮しました。ホシミ様と一緒だったので顔に出さないように努力しましたが、少し漏れてしまっていたかもしれません。
純森精種のアリエスティア様は彼女たちがお風呂を上がる頃には地下に全員分の部屋が出来ると言っていました。頑張り過ぎだと思います。
そんな訳で彼女たちの眠る場所で揉めることは無かったのですが……。
「ユニおねーさん、どうかしました?」
暗い顔が出てしまったのでしょうか、リリちゃんが心配そうにわたしを見つめてきます。
「何でもないよー。それよりリリちゃん。ちゃんと肩まで浸かってあと百数えたら上がろうねー」
「はーい!」
わたしの言うことに元気よく返事をして数を数えるリリちゃん。
その姿は無垢な子どもでとても可愛らしいものでした。まあ実際子どもなんですけども。
ホシミ様に直接紹介されたからなのか、リリちゃんはわたしに懐いてくれました。
今日は一緒に眠る約束もしています。
正直な話、わたしがまた森精種たちと過ごせることになるなんて思っていませんでした。
それだけ奴隷になってしまったことへの負い目を感じていたんです。でも、皆さんはわたしの左腕に付けられた奴隷の刻印を見ても何も言わないで、それどころか暖かい言葉をかけてくれました。
それがどれだけ救われたことか……。
わたしがこうなれたのは、救い出してくれたクルル様と、受け入れてくれたホシミ様のおかげです。
そうですね……ホシミ様が戻ってきたら、お礼を差し上げるのも良いかもしれません。
フューリのお礼も受け取ってくれたあの人なら、わたしのお礼を断るなんてことは無いでしょうから。
「九十八、九十九……百! ユニおねーさん終わりました!」
「はーい。えらいえらい。じゃあそろそろ上がろっか」
きちんと百まで数えたリリちゃんを連れて湯船を出ます。
入念に身体を拭いて寝間着に着替えたら、わたしとフューリが借りてるお部屋でリリちゃんが眠くなるまでお話します。
こうして夜は更けていくのでした。




