68話 女王(?) アリエスティア
しばらく待っていると、少し離れた場所からこちらを観察しているような視線を感じた。
森精種の偵察隊がやって来たのだろう。
「主。来ました…にゃ」
「ああ。把握している。人数は分かるか?」
「六人です…にゃ。こちらの倍の数を用意したみたいです…にゃ」
さりげなく偵察隊がいる方向に目を向けるが、気配はすれど姿は見えない。
ココノハも私とクルルの反応で森精種が来たことに気付いただろうが、彼女は特に気にした様子もなかった。
「ねえねえホシミさん。わたし、肩車してほしいんですけど駄目ですか?」
それどころか、私に対してこの状況でするか? という無茶苦茶な要求をするのだった。
「ココノハ……それは今やらなければいけないのか?」
「はい。今がいいんです」
にっこりと満面の笑みで言われてしまった。これには流石のクルルも笑っている。
何か考えがあるのか、それともただの気まぐれか……。
森精種たちはこちらの様子を窺うばかりで近寄ってきそうにもなかったのでココノハの言う通りにすることにした。
「仕方ない。ほら、落ちないようにしっかりと捕まるように」
「はーい」
しゃがんでやると、ココノハは頭を跨ぐように足の位置を調整する。両肩に体重が加わり、頭をしっかりと押さえていることを確認してから彼女の両足を支えつつ持ち上げた。
「わー! 高いですねー! 巨人になったみたいですよ!」
普段よりも遥かに高い視点にはしゃぐココノハ。身長の低い彼女にしてみれば、こんなに高い視点は初めてだろう。興奮するのも頷けるが……。
「なあ、ココノハ。どうして肩車なんてさせたんだ?」
興奮に水を差したくはないが、どうしても疑問に思ったので尋ねてみる。すると、予想外の返答が来たのだった。
「これで森精種たちは物理的な手段を取って来ませんよ。肩車されているのがまさか純森精種だなんて思ってもみないでしょうからね。集落の方向は大体分かりましたから、このまま進みましょうか」
そう言って私の頭を撫でるココノハだった。
彼女の言われるままに道を進むと、森精種の気配もそのままついてくる。どうやら少し焦っているような気配だ。
「ココノハもやりますにゃ。自分の立場を理解して、それを最大限に有効活用するんですから…にゃ」
「えっへへー。褒められるのはやっぱり嬉しいですね。まあ、森の中なら大体なんとかなりますから、大船に乗ったつもりで任せてください!」
背後を気にしながらも呑気に話しながらどんどん奥へと進んでいく。すると、途端に少し開けた場所に出たのだった。
獣除けらしい木で出来た柵が見え、その奥には数多くの大木が並んでいる。その上にはやはり木で出来た家のようなものが所々に建てられていた。
「着きましたよ。ここが森精種の集落ですね」
結局、森精種の偵察隊に一切邪魔されることなくたどり着いてしまった。
そのまま門になっている場所を通り抜けると、二十人ほどの森精種と、一人の純森精種が我々を待ち構えていた。
「こんにちは、招かれざる来訪者。此度はどのよう……な……。あれっ?」
「何?」
「うわー…にゃ」
中心に立つ純森精種の顔を見て、私とクルルは驚きと呆れ、純森精種は不思議そうな表情を浮かべていた。
「こんなところで何をやってるにゃアリエスティア」
「それはこっちのセリフなんだけどなぁ。クルルちゃんもホシミちゃんもどうして此処にいるの?」
アリエスティアと呼ばれた女性はクルルの頭……具体的には耳に触れながらそう問いかけてくる。
その様子を見ていた周囲の森精種たちは困惑した表情でこちらを窺っていた。
「あれ? ホシミさん、お知り合いですか?」
ココノハの質問に首を頷いて答える。
「あれはアリエスティアという……なんだ、変な女だ。私が初めて出会った純森精種で、ココノハと同じく魔術器官の色を視ることが出来る。まあそんなことはどうでも良くてだな」
「ちょっとー。人のことを変とかどうでも良いとか酷くない?」
会話を聞いていたアリエスティアが文句を言ってくるが、事実どうでも良いので流す。
「なあアリエスティア」
「あ、無視? そういうのお姉さんいけないと思うなあ」
「やかましい。先ずは私の質問に答えろ。どうして此処には女の森精種しか居ないんだ!」
背後から姿を現した偵察隊の森精種も、アリエスティアの周りにいる森精種も、全て女性しか居ないのだ。
普通ならばこんなことはあり得ない。何か理由があるのだろう。
私が若干強めに問いかけると、アリエスティアは表情を少しだけ暗くした。
「それはまあ、ちょっと色々あってさー。私の家においでよ。なるべく手短に話すけど、立ち話でするような話じゃないからねー。と言うわけでゴメンねみんな! この人たちは私のお客さんだったみたい! 手間かけさせて本当にゴメンねー!」
アリエスティアが周囲の森精種たちに声をかけると、納得したのかすぐに散り散りになっていった。それぞれの仕事なり家事なりに戻ったのだろう。
その後私たちは大木の上にあるアリエスティアの家に招かれることになったのだった。
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塔の居残り組のお話
side:シィナ
塔の入り口前の開けた空間、そこはあたしがいつも使う場所になっている。日課の槍の素振りだけは、塔に居てもほぼ毎日欠かさずやっているのだ。
たまにホシミ様が模擬戦の相手になってくれたりするけれど、今は出掛けてしまって此処には居ない。だから今は一人きりだ。今もこうして素振りを行なっている。
集中して、一息のうちに三段突き。狙いは空想の敵の眉間、喉、心臓。
それが決まれば次は流れるように横薙ぎに、払い、叩きつける。
次は一対多数の動きと摺り足の確認と───。
そんな風にいつものように日課の素振りをしていると、視界の端に薄青の人影が見えた。
「リア。危ないから木の上にでも登ってなさい」
「まあ。気付かれてしまいましたわ」
圧倒的な魔力を持つリアは武術を一切習っていない。はっきり言って、完全な素人の動きに気付かない筈が無いのだが、そこは長い付き合いなので伝えない。
あたしに木の上にいるように言われたリアは背の翼を広げて一度羽ばたかせてから、ふわふわと木の上に飛び上がった。
空を飛ぶことはあたしたち龍人にとってみれば歩くのと同じくらい当たり前で簡単なことだった。産まれた時から翼と共に過ごしてきたのだ。事故や怪我でもがれない限り、あたしたちは空を飛ぶことが出来る。
翼のせいで背中が開いた服か翼が出るように部分的に穴のあけられた服じゃないと着られないのだけが難点だけど、空を飛べる便利さと比べたらそれくらいは我慢しないといけないだろう。
飛び上がったリアが木の上に座ったことを確認すると、再び槍を握りしめて構えを取る。次の動きを頭に浮かべている時にリアが話し掛けてきた。
「ねえシィナ」
「ん、何?」
リアに話しかけられて集中が一度切れる。集中が切れた状態で鍛錬しても意味は無いので、槍を軽く回してから地面に突き立ててリアの話を聞ける体勢にする。
「あの娘の様子……どこか、変わったような気がしませんでした?」
「あの娘?」
塔にいる人のことは親しみを込めて名前で呼ぶリアがあの娘と呼ぶ……それで候補は二人に絞れた。
そのうち、様子が変わったとわざわざ言われるような人物は───。
「それってフューリのこと?」
あたしがそう答えると、リアは頷いた。やはり合っていたようだ。
「ホシミ様たちが出掛けてしまってから、よくため息を吐いていますの。しかもいつの間にか右手の薬指にココノハちゃんと同じ指環をしていますのよ。あれは前にココノハちゃんから聞いた話によりますと、夫婦の契りを結んだ男女がお互いの先天守護属性の魔力で出来た指環らしいですの。それを右手の薬指に嵌めることが森精種たちの婚姻の証だそうですわ」
それってつまり───。ホシミ様が、あのフューリと?
「あの、男が嫌いと公言していたフューリが? ……でも此処には男の人は一人しか居ないわね」
何故だろう。胸の奥がざわざわする。
あたしもホシミ様にとって大切な存在だってことは自惚れでなく言い切れる。
本来ならば祝福すべきことの筈なのに、どうしてか納得がいかない。
理由はおそらく───。
「最初はホシミ様のことを悪く言っていたのでつい殺してしまうところでしたけれど、あの娘もホシミ様は特別だって理解してくれたんですわ!」
リアはその大きな胸の前で嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
「ええ……そうだと良いわね」
あたしも相槌を打ってそう返す。
内心は別のことを考えているのに、どうしてもリアの喜ぶ顔を曇らせたくなかった。
まだ、あたしはあの娘を───フューリを認めていないのかしらね。
初対面での暴言は、普通に考えてあり得ないことだ。しかもどんな人か分からないうちから決め付けて、だ。
リアによって氷漬けというキツイお仕置きが既にされていたが、それでホシミ様が許していたとしても、あたしが認めるのにはもう少しだけ時間が掛かりそうだと思った。
まあ……今度二人きりで話でもしてみましょうか。
あたしは嬉しそうなリアを眺めながら、しばらくリアの話し相手になることにしたのだった。




