69話 堕ちた者の存在
アリエスティアの家に案内された私たちは、敷かれたカーペットの上に向かい合って座った。
軽く室内を見回すが、木の上にあるからかほとんど物が無い。重量が増して床が抜けるのを防ぐ為なのだろうか。
今度はアリエスティアに視線を向ける。
長い金の髪で頭に輪を作る不思議な髪型は昔に会った時と同じだ。アリエスティアは「ループテール」と呼んでいるらしい。綺麗な碧眼は常に笑みの形を浮かべており、その下の豊満な身体も相まってとても色香に満ちた女性であった。
初顔のココノハとアリエスティアが簡単な自己紹介を終えてから本題に移る。
「さってと。それじゃあお話しましょっか。お茶とかは急だから用意出来ないけど、私とホシミちゃんの仲だし良いわよね?」
「ああ。私が茶が無ければ話は出来ないなどと言うような輩には見えないだろう」
「むしろ、飲食なぞ必要ない。とか言ってそうかも」
アリエスティアはころころと笑う。その後、すぐに真面目な表情に切り替えた。
「ホシミちゃんも、そこの二人も見たと思うけど、この集落には今は若い女の子しか存在しないの。元々こんな辺境に集落なんて無かったんだけどね……。二百年くらい前に厄介な病気が流行ったでしょう? あの、身体が黒くなって死んでいくやつだけど」
「あれか……。当時は相当な猛威を振るっていたな。私たちは『黒死』と呼んでいた。感染した者はほぼ間違いなく死に至り、世界の人口のおよそ二割を殺し尽くした疫病だ。今では特効薬が生み出されて沈静化に向かった筈だが」
「それがね、つい五十年前に当時住んでいた森精種の集落で流行ってしまったのよ。あの時は獣人のお医者様を連れてきて診てもらって特効薬も調合してもらったんだけど……森精種の身体は高熱に耐え切れなくて次々と亡くなってしまってね……。男も女も、小さな子どもも……苦しみながら息を引き取っていったの。幸いと呼べるかは分からないけど、私たちが暮らしていた集落でしか発生していなかったからここから更に広まることは無かったわ。あの時ほど人里離れた所に住む森精種で良かったって思ったわね」
「アリエスティアはよく無事でしたにゃ?」
「私はほら、これでも純森精種だからねー。森の加護があるのですよ。ただ、不幸はそれだけじゃ終わらなくて、丁度その時期にシン国が攻めてきたのよ。それで辛うじて生き残った男たちと、ある程度年齢の高くなった女たちが森精種の未来の為にってあの娘たちを私に託して戦いに赴いたの。戦場になる場所に置いておく訳にはいかないから、泣いてるあの娘たちを叱咤して此処まで逃げて来て新しい集落を作ったの。それがこの集落に女の子しかいない理由」
なるべく簡潔に話してくれたが、それでも中々に苦労してきたようだ。何故女しか居ないのかと思ったが……。まさか疫病と侵略が重なるとは不幸としか言えない。
「アリエスティアさん、ちょっとお聞きしたいことが」
「うん? なーに、ココノハちゃん」
そんな時、黙って話を聞いていたココノハが小さく手を挙げてアリエスティアに尋ねる。
「当時、白い髪をした黒い肌の男に会いませんでしたか?」
「うーん……? ああ、会ったかもしれない。それがどうかしたの?」
アリエスティアは首を傾げる。アリエスティアの返答にココノハは厳しい眼差しで床を見つめていたが、やがて顔を上げてこう言った。
「彼は堕です。自分の耳を削って只人に偽装してますが、森精種の禁忌を犯した大罪人です。間違いなくあの男がシン国に情報を流したんでしょう」
聞き慣れない単語に私とクルルは顔を見合わせたが、アリエスティアだけは難しい表情でココノハを見つめていた。
「それは間違いない情報?」
アリエスティアの普段のどこか能天気な声が、今では心胆を寒からしめる声になっている。ココノハは物怖じすることなく頷いた。
「済まない、堕とは何だ? 初めて聞いたのだが」
二人は理解しているようだが、私とクルルは分かっていないので質問をする。
するとアリエスティアが答えてくれた。
「堕っていうのは、私たち森精種が禁忌を犯すことによって本来の髪色や肌色を喪うことなの。そうなった者のことを堕森精種と呼称するのよ」
「禁忌は色々とあるんですけど、どれも普通に暮らしていればまず起こり得ないことなので割愛しますね。例えばですけど、森精種が森を焼いたりはしないでしょう?」
ココノハが簡単に禁忌を教えてくれる。確かに、森で暮らす者が森を焼く筈がない。
それはつまり───自身の存在を否定することになるのだから。
「だから堕か」
「はい。一度堕ちた森精種は森精種には二度と信用されません。だから只人に偽装して行動しているのでしょう」
ココノハのその言葉で場が静かになる。
情報を少し整理しよう。
まず、アリエスティアがかつて此処ではない集落にいた時に疫病が流行した。
なんとか沈静化したが、今度はシン国に侵略戦争を仕掛けられてアリエスティアは若い女たちを連れて此処までやって来て新たな集落を興す。
疫病で森精種の集落が弱り切っていることは堕と呼ばれる存在によってシン国に伝えられた。
そして、今。この集落に向けてシン国の軍隊が進軍してきている。
「まずい。アリエスティア、私たちが此処に来た理由はまだ伝えていなかったな」
「そうそう。どうしたの? まさかまた会えるとは思ってなかったからびっくりしたのよー?」
「感動の再会はまた今度だ。私たちが直接此処に来た理由、それは───」
再会を喜ぶアリエスティアに、若干の罪悪感を覚えながらも真剣な表情でこの先の言葉を告げた。
「シン国がこの集落に向けて、軍隊を動かした」
私のその言葉に、アリエスティアの表情が一瞬にして厳しいものに変わるのだった。




