60話 紅蓮の炎
───あの日のことは、ずっと忘れたことはない。
とても熱かったことを憶えている。
とても渇いていたことを憶えている。
世界は全てが赤く染め上げられ、空は溢れ出る黒煙により埋め尽くされていた。
───其処は地獄だった。
集落が炎に包まれた。同胞たちが次々と炎に焼かれ、あるいは黒煙に巻かれて死して逝く。
その場には一切の救いはなく。ただ、この所業を成した悪魔の如き人間が邪悪な笑みを浮かべているだけだった。
一日中燃やし尽くし、翌日の雨で炎が消え去ると。
そこにあったのは、黒く炭化した木々とかつて人であったモノ。
集落から離れていたからこそ一命を取り留めたわたしは、その光景を見て力無く膝をついた。
何故、わたしたちがこんな目に遭わなければならないのだろう。
何故、わたし以外の人は助からなかったのだろう。
何故、この様な所業を平然と成すことが出来るのだろう。
何故、両親が愛したこの土地を。
何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故ッ!!!!
疑問はやがて怒りとなり、怒りはやがて憎悪に変わる。
雨が天から降り注ぎ地に染み込んでいくように、わたしの心に憎悪の炎が染み込んでいく。
「絶対に許さない……。わたしは、この地獄を作り出した者を、この手で───」
ーーーーーー
side:ココノハ
「う……っあ……?」
意識が覚醒するのを感じた。ゆっくりと目を開くと、見慣れた石造りの天井がわたしを出迎えた。
窓から差し込む光はまだ淡く、朝もまだ早い時間帯であるようだった。
ベッドから身体を起こすと目元に違和感を覚えた。
手でそっと触れてみると、指が湿っていた。どうやらわたしは泣いていたのかもしれない。思い当たることは、一つだけある。
「また、あの夢を見たんですね」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟く。ため息を吐きつつすぐに首を振って気を取り直してベッドから立ち上がる。
「うーーー……っん!」
伸びを一つしてから目元を拭う。
そのまま部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗い乾いたタオルで水分を拭き取った。
此処は賢者が住まう塔、その二階の部屋である。
住人の名はココノハ。種族は純森精種と呼ばれる希少な種族だ。
森精種は森と一体となり生きる為に新緑の髪色で木々の葉と溶け合うような外見をしているが、純森精種である彼女には金色に煌めく輝く髪があった。
何故そんな色なのかは諸説あるらしいが最も有力とされるのは、純森精種は森に愛された者───つまり、森にとっての宝物だからである。というものだ。
しかし、常人には二つの種族の違いなど分かる筈もなく。耳が長ければ全てが森精種であるというのが世界の常識となっている。
ココノハはお気に入りのワンピースに着替えてからベッドに座る。
以前にこんなものを着たのなんてお母様が生きていた頃以来だ。何故自分はこの服がそこまで気に入ってしまったのだろう。
なんて、疑問の答えは既に出ているのだけど。
思い浮かぶのは一人の男性の姿。
知性の輝きを感じさせる瞳に、整った顔立ち。そして灰色の髪にいつものローブ姿。ローブの下には黒い服を着ており、手と顔から首にかけてしか肌を露出させない人。
その人が初めて着させてくれたものがワンピースだった。
「はぁ……。乙女ですねえ。まさかわたしが此処まで他人に惚れ込むなんて思いもしませんでしたよ」
他人に、というよりは男性にと言った方が正確だろうか。
本当に、一目惚れだったのだから。
「さてっと。そろそろホシミさんも起きてる頃ですね」
彼はいつも朝が早いのだ。
今日は何と言って挨拶をしようか考えながら転移陣に乗り階下へ降りる。
普段からあまり表情を表に出す人ではないが、だからこそ彼の表情を崩すのが楽しみなのだ。
だいたいは呆れた様子だけどわたしたちを見る眼差しはとても優しいし、彼が微笑を浮かべているとわたしも幸せな気持ちになる。
転移を終えてリビングを覗き込むと既にホシミさんが居た。
朝の早い時間だからだろう他の人たちはまだ誰もいない。二人きりである。
ほんの少しだけ緊張して身体が強張るのが分かった。しかしそれも一瞬。
「ホシミさーん、おはようございまーす!」
言葉と共に足を踏み出し、彼の背中に飛び付いた。
「おはようココノハ」
一切の動揺も無く受け止めて挨拶を返してくれる。わたしは彼の首元に手を這わせた。
「えへへ……そーれっ」
首元の服の隙間から中に手を潜り込ませ、胸元に直接触れる。女性には無い引き締まった胸元を丹念に撫で回すと、困惑した表情でわたしを見てきた。
「急にどうしたんだ。手が冷たいから温めたかったのか?」
「何ででしょうねー、わたしにも理由は分からないんですよ。ただ何となく触れたくなったんです」
半分は出まかせだが、半分は本心でもある。
「そうか。まあ、程々にな」
「はーい」
あなたは気付いていないかもしれないけれど、わたしはあなたの表情が変わるのを見るのが好きなんです。ほら、今だって微かに笑ってくれています。
背に鼻を近づけてそっと匂いを嗅ぐと、仄かに甘い香りが漂う。これはユキユキのものだった。赤ちゃんのお世話も兼ねて一緒に眠っているから匂いが移ったのだろう。
この匂いを、ほんの少しだけ自分のもので上書きしてしまいたくて。
先ほどよりも強く抱き着いたのだった。
今回から新章です
メインはココノハちゃん!
ようやく彼女の過去とかに触れていけるかなって感じです、はい。




