61話 クルルが連れてきた者
朝起きて、隣のユキユキを起こさないようにそっとベッドを降りる。
子どもたちの様子を見て、二人ともとても気持ち良さそうに眠っているのを確認してから私はリビングへと向かった。
リビングでは、早起きしたのかもう下に降りてきたココノハに抱きつかれた。
朝からとても元気があって微笑ましかった。
少しだけココノハの好きなようにさせていたが、突然の来訪者によって中断されることになる。
玄関から入ってきたのは、黒髪の獣人。後ろは短く、横は長めの独特な髪型で、髪の上にはピンと立つ黒い猫の耳。
黒い上下の旅装に身を包んだ、クルクルという名の家族だった。
彼女はユキユキの出産を見届けた後、再び出て行ったのだ。すぐに戻るとのことだったので心配はそれほどしていなかった。
「おはようございます…にゃ。只今戻りました」
「おはようクルル」
「おはようございますクルクルさん」
私とココノハはクルルに挨拶を返す。
一瞬だけ微笑んだクルルだったが、すぐに表情を引き締めた。
「こんな朝早くに申し訳ありません…にゃ。実は主に保護してもらいたい子がいるんです…にゃ」
「それは?」
誰だ? という意味と、何処にいる? という意味を込めこめた問いに、長い付き合いのおかげかすぐに察して答えてくれる。
「今は森の外の馬車で眠ってもらっています…にゃ。この森の結界は主の許可を得ない者を悉く傷付けてしまうもの……一度会ってもらわなければならないと思っておりました…にゃ。主に保護してもらいたいのは……森精種です…にゃ」
クルルの言葉にココノハは首を捻り疑問を口にする。
「森精種ですか? もしそうならここではなく集落に帰してやった方が良いと思いますよ」
「私もそう思っていました…にゃ。でも、それは出来ないのです…にゃ」
クルルは悲しそうに顔を伏せる。ココノハは意味が分からなかったようだが、私は一つ思い当たる節があった。
「クルル。もしやその森精種は奴隷か」
私の言葉に肩を跳ねさせるココノハ。表情も若干厳しくなっている。
クルルは無言で頷いた。
「そうか……奴隷か。大方、奴隷の刻印を身体に付けられてしまったのだろう。だから戻れないと」
少しだけ沈黙して考える。本来ならばクルルはこんな誰彼構わず助けるといったことをしないのだ。ということは何か理由があってその奴隷を連れてきたことになる。
「分かった。保護で良いのだろう? しばらくは匿うが、ある程度経ったら出て行ってもらうがそれは構わないのか?」
「はい、それで十分ですにゃ。元々私もあまり気乗りしていませんので……。彼女たちを受け入れてくれる集落が見つかるまでで構いません…にゃ」
「彼女たち?」
クルルが言ったことにココノハが聞き返す。
確かにクルルは彼女"たち"と言った。それはつまり。
「はい、彼女たちです…にゃ。奴隷として売られていたのは二人の森精種でした…にゃ」
クルルに案内され森を抜けた先には、一台の馬車が停まっていた。中を覗くと、新緑の葉のような髪色をした二人の少女(あくまでも見た目)が眠っている。耳が長いので、間違いなく森精種だった。
私とココノハで彼女たちを抱き上げて、塔まで引き返す。クルルは馬車をシュメットの街で売ってから戻ってくるそうだ。
彼女たちを運んでいる間、ココノハはずっと無言だった。ボロ布のような服を纏った二人の姿に心を痛めているのだろう。
抱き上げるときに左の腕を見たが、そこにはやはりというべきか焼き鏝によって付けられたと思しき奴隷の刻印があった。
塔に戻るとひとまずリビングのソファーを倒して二人が横になれるスペースを作りそこに横たえる。
話は彼女たちが目を覚まして、クルルが戻ってきてからだ。
ならば先にココノハの様子を見ておこう。
「ココノハ。大丈夫か?」
「……はい。まあ、同族が奴隷になっていたというのは正直気分は良くないですが」
「そうだろうな」
私は空いた椅子に座る。するとココノハも私の上に座ってきた。
「椅子はまだ空いているぞ?」
そう言うとココノハは更に密着してきた。
「気分の良くない女の子を一人にするんですか? 酷いですよ、しくしく」
わざとらしい泣き真似をする。しかしまぁ、気分が悪そう……というよりは機嫌が悪そうか? なので好きにさせることにした。
上に乗るココノハの腹の前で手を組み、落ちないようにしっかりと抱き寄せる。
「まったく。ほら中途半端に座ると落ちるぞ」
「えへへ……。ありがとうございますホシミさん」
ココノハはようやく笑顔を見せてくれたのだった。
クルルが戻って来て、リアたちも起きてきた。リビングのソファーで森精種が眠っていることに驚いていたリアたちだったが、事情を説明すると納得したようだった。
朝食の支度をココノハとシィナに任せ、ユキユキが双子にお乳を与える手伝いをする。手伝いと言っても、お乳を与えている間のもう一人を抱いて待っているだけなのだが。
今はユキミがお乳を飲んでいるので私に抱かれているのはユキノだ。私の服を引っ張って遊んでいる。私がそっと耳に触れると、やはりぱしぱしと耳で叩いてきた。
「ホシミ様ったら、耳に触れるのがお好きなんですのね」
リアはくすくすと笑う。ユキユキは私を見て、仕方ないというように身体を寄せてきた。
「……私の耳なら、パパの自由にして良いウサ。だからノーちゃんで遊んじゃ駄目ウサよ」
「では、後で触らせてくれ。今はユキミに迷惑だから止めておく」
「うん。分かったウサ」
心なしか嬉しそうにしたユキユキはユキミの口元を拭きながらユキノと交代する為の準備をするのだった。
私たちの様子を見ていたクルルは首を傾げる。
「主は……耳がお好きなのですか…にゃ?」
「パパは耳が大好きウサよ。ミーちゃんとノーちゃんの耳にずっと触っているくらいウサ」
クルルに答えるようにユキユキからも言われてしまう。事実なので否定はしないが。
「まあ、そうだな。特に動物の耳は好きだ。柔らかくて、もふもふしていて、触っているととても和む」
私の言葉で、クルルは頭を手の近くに寄せてきた。
「私のも好きにして良いです…にゃ」
「あっ、ああ……」
撫でてくださいオーラ全開のクルルの望みを叶えるべく頭に手を伸ばす。
「あの……」
もう少しで触れそうになったその時、耳慣れない声が部屋に響いた。
声の主を探して振り返ると、そこには寝かせていた森精種の娘が目を覚まして私たちを不思議そうに見ていたのだった。




