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59話 冬祭り 後編

 氷像を見終えると、日は真上に近いところまで昇っていた。

 私たちの昼食と、ユキミとユキノにお乳を与える為に一度王宮へと戻り、食後に再び街に出て来た。

 ユキミとユキノは満腹になったので今は私とユキユキに抱かれて気持ち良さそうに眠っている。


「そろそろ広場へ行きましょうか。多分、もう少ししたら始まると思うからね」


「いったい何が始まるんですか?」


 シィナの言葉にリアだけは頷くが、私たちは何があるのか分からない。疑問に思ったココノハが私とユキユキの声を代弁してくれた。


「ちょっとした技術のお披露目ってとこかしら?」


 要領を得ないシィナの返答に首を傾げつつ、私たちは広場へと向かうのだった。



 私たちが広場へ到着すると、既に催し物は始まっていたようだった。

 即席で作られた木製のステージ上で、今は若い男性が何かをしているらしい。

 ステージ前には結構多めに人が集まっており、歓声を上げたり野次を入れたりしながら場を盛り上げていた。


「あ、もう始まってるわね。今は……何、あれは。大道芸?」


 シィナの声に困惑の色が混じる。そう、今ステージ上で男性が行なっているのは、抜き身の包丁を次々と掴んでは宙に放ってを繰り返す、ジャグリングと呼ばれるものだった。

 刃の部分には一切触れないその技術とこんな衆人環視の中でやるという度胸は凄まじいが、技術のお披露目とはこんなものなのかと正直拍子抜けしてしまった。


「あれ包丁ウサね。うーん、確かに凄いウサけど、見てて怖いウサ」


「そうですわね。まあ、怪我をしても自己責任ですし、客席に向かって投げたり飛んで行ったりしなければ……あっ警備の兵がやって来ましたわね」


 ステージ上の男の演目が危険極まりないもののせいで兵が男に中止するよう告げたようだ。そのまま両脇を抱えられて舞台袖に消えていく男に向けて、観客席から大きな笑い声が上がっている。


「連れていかれちゃいましたね」


「連れていかれたな」


 流石に危険行為を見逃すことは無かったようだ。運営も意外としっかりしている。


「とりあえずあたしたちは離れたところから眺めましょっか。あんまり煩いところに行くと双子ちゃんが起きちゃうかもしれないからね」


「そう言ってくれると助かるウサ〜。あの中に行くって言ったら私は残るつもりだったウサよ」


 ユキユキは人でごった返している観客席を見てげんなりとした表情をする。それを見てシィナはくすくすと笑った。


「あたしもあの中に飛び込みたくはないわね。それにあたしは双子ちゃんの側に居ないとね。いくら今日が暖かい日だったとしても、寒いのには変わりないんだから」


 私とユキユキの間にやって来たシィナは、私たちの腕を組んでそう言った。触れたシィナからは普段よりも暖かい熱が伝わってくる。自分の周囲を魔術で加熱して、ユキミとユキノが凍えないように暖めているのだ。


「わたしもここからで良いですよ。元々わたしは目が良いですから普通に見えますし」


 ココノハはユキユキとシィナの後ろに行って二人の間からユキミの耳に触れる。触れられた耳は一瞬ぴくりと動き、もう一度触れられた時にココノハの手をぱしんと叩いた。

 その様子を見てユキユキとシィナが笑いを堪えるが、ココノハは軽くショックを受けたようで「がーん」と口で言っていた。

 しかしすぐ立ち直って今度はユキユキの耳に触れることにしたようだ。


「わたくしもここにおりますわ。そも、ホシミ様の隣りに居ないわたくしなんてわたくしじゃありませんもの」


 リアは私の後ろにぴたりとくっつく。抱きついてこなかったのは、私が腕にユキノを抱いているからだろう。自分の欲求に素直になりつつもしっかりと周りを見ることが出来るのは流石と言える。


「こらー! 私の耳に触るなウサー! こんな悪い手はビンタしてやるウサ!」


「ああっ! 柔らかくて気持ちいいっ! 凄いですよユキユキ! 耳ビンタが癖になりそうです!」


「癖になっちゃ駄目ウサ!? うー、ココノハぁ、絶対に後で仕返ししてやるウサー!」


「何をするかは分かりませんが、受けてあげますから耳を、もっと耳を触らせてください!」


「う〜さ〜……」


 ココノハによって耳を揉みくちゃにされるユキユキ。ココノハは至福の表情を浮かべていたのだった。


「ねえ。止めなくていいの?」


 シィナはユキユキが少し気の毒に思ったのか私に声をかけてくる。

 私は首を横に振ってからシィナに答えた。


「本当に嫌ならばユキユキは絶対に触らせないぞ。おそらく、家族だから受け入れているのだろうな。以前頭を撫でるときに耳は敏感だから触れるときは先に言ってほしいと言われたことがある」


「へー、そうなんだ。……後であたしも触らせてもらおうかな」


 どうやらシィナも興味があるらしい。しばらくユキユキの耳は狙われることになりそうだ。


 そんな会話をしているうちに、演目もどんどんと入れ替わっていく。

 三人組の男女による楽器の演奏、手頃な大きさに切った大根を桂剥きで途中で切らさずに限界まで剥ききる料理人、ダーツと呼ばれる近年新しく生まれた遊戯で宣言した所に百発百中させる若い男性、吟遊詩人による昔あったとある英雄譚の語り聞かせ、踊り子による軽快な踊りの披露もあった。

 他にも細々とした、技術の披露というよりは芸と言った方がよいものも多数あったが、観客の反応は悪くないのでそういう方向性なのだろう。

 昔の冬祭りは知らないので何も言えないが、世の中の変化と共にお披露目されるものも少しずつ変わっていったのかもしれない。


 そして、ようやく最後の演目が行われる。


 それはある男性による復讐劇。

 良家に生まれ、いつかの戦争で多大な戦功を残し、互いに愛し合った貴族の女性と結婚した男性は、彼の活躍を妬んだ一部の者たちによって罠に嵌められ監獄に送られてしまう。

 愛した女は男を信じ待ち続けるが、卑劣な貴族の手によって家族を人質に取られ、家族を守るために貴族に嫁ぐことになる。


 男は監獄でその報を聞き、憤激した。

 隙を見て看守を殺し、這々(ほうほう)の体で脱獄した男は全てを奪った者たちに復讐することを決意する。

 曾祖父の代からもしもの時ように隠されていた財宝を手に、男は名と顔を変え一人ずつ復讐していく。

 自分を貶めた者を殺し、家族を貶めた者を殺し、自分を裏切ったかつての友を殺し、やがて自分から女を奪った男を殺した。

 殺して殺して殺して殺して、殺し続けて。


 ───その男は、狂ってしまった。


 自らとは関係のない無辜の民すらも、消えない憎悪の対象になって殺していく。

 彼は、復讐者から、ただの殺人鬼に成ってしまったのだ。

 やがて男は、かつて愛した女と対面することになる。

 女は、顔も、名すらも変えた男にすぐに気付いた。女は男に必死に呼び掛けるが、しかし女の声は男の耳には届かない。

 男の憎悪は、女のことすらも忘れ去ってしまったのだった。

 女は両の腕を広げ、無抵抗のまま男によって貫かれる。死の間際、かつての男の名を呼び掛けると、何の奇跡か男は正気を取り戻した。


 だが、全てが遅かった。女は自らの行いによってすでに死に体。女は残りあと少しの命を、男への愛を紡ぐことに捧げた。

 手の中の女が生き絶えると、世の中に絶望した男は自らその命を絶つ。

 こうして世を震撼させた復讐者はこの世から消えたのだった。



 舞台に上がる複数の男女が織り成す舞台劇は、万雷の拍手を送られて幕を閉じた。

 この世界では有名な悲恋である。

 過去に実在した事件を元に作られた創作で、各国の図書館には必ずあると言ってよいほどの作品だった。


 作品の事件後、愛する二人は死後の世界で再び出会っただの、男は死後、罪を償ってから女に会いに行っただのといった妄想もあるが、そういう想像の余地がある終わり方なのがこの作品が人気になった理由なのだろう。


 この劇を見終えた女性陣の反応は様々だった。


 ユキユキは分かりやすい。女に共感して目元を赤くしている。元々赤い目が更に赤くなってしまった。


 リアは創作物として受け入れているようだ。よく出来ている、よく演じているというように演者を褒め讃えている。


 シィナは「もし」の行動について可能性を巡らしているようだ。ハッピーエンドになるにはどうすればよかったのか、真剣に考察している。


 ココノハは嫌悪感を露わにしていた。不幸になった人物は不幸を払拭するほどの幸福になってほしい、というのがココノハの潜在的な願いである。

 救いがないこの劇の内容は、ココノハの嗜好には合わないものだった。


 私たちは劇の余韻を引きずって何とも微妙な雰囲気のまま、冬祭りを終えたのだった。



 その日の夜。

 寒空の下、一人で星空を眺めるココノハを見つけた。

 そっと近寄り、着ていたローブを寒そうにしていたココノハに掛けてやる。

 足音で私に気付いていたのか、ココノハはこちらを見ることなく言葉を発した。


「どうしてこの世界は不幸が多いんでしょうね」


 ココノハの横顔をそっと覗き見ると悲しそうな表情で宙を見上げていた。


「どうしてだろうな。長い間この世界を見続けているが、さっぱり分からんよ」


「ホシミさんでも分からないことがあるんですね」


「当然だ。私は人間では無くなったが、だからと言って神に成った訳では無いのだからな」


 私もココノハと同じように宙を見上げる。

 頭上には満点の星空が漆黒の中で瞬いて輝いていた。


「私に出来るのは、自分の手の内にあるものを精一杯守ることだけだ。最期の時に、私と共に生きて良かったとそう思ってもらえるのなら───こんな私でも生きていた意味が生まれるのだろう」


 私は本来ならば、とうの昔にその命を終えているのだ。数奇な運命によって千年以上もの時を生き続けているが、何故私がという疑問の答えは未だ得られていない。


 目を閉じると、思い浮かべるのは黄昏の海岸。

 黄金に輝く髪を揺らした一人の女性と、永遠の別離を行なった場所。

 彼女は私にとって初めて恋をした女性で、姉として様々なことを教えてくれた恩人でもあった。

 そういえば───その女性とココノハの髪色は同じではないか?


 ふと思って目を開いてココノハを見ると、ココノハもまた私を見ていた。

 髪の長さこそ違うが、ココノハの金の髪色はあの女性とまったく同じと言えるほど似通っていた。

 顔立ちも心なしか似ているような───。


「ホシミさん? どうかしましたか?」


「っ、いや、何でもない」


 ココノハの声で我に返って首を振る。既にあの人は消えたのだ。ココノハと同一視しようとするなんて、二人への侮辱になってしまう。

 そんなことを考えていることはおくびにも出さず、ココノハに声を掛ける。


「そろそろ中へ戻ろう。身体もすっかり冷え切ってしまっているじゃないか」


「あ……本当ですね。その。ローブありがとうございます。とっても、暖かかったです」


 ココノハは仄かに頬を赤く染めながら礼を述べる。その表情は先ほどよりも幾分晴れやかだ。


 二人連れ立って室内へ向けて歩く。

 途中で私を探していたらしいシィナに見つかり、冷え切った私たちを見て少し怒られた。

 部屋にたどり着くと、更にリアとユキユキにも怒られた。

 こっそりココノハと顔を見合わせて笑い合う。

 こんなにも優しい人たちに囲まれている幸福を噛み締めながら。


 こうして北国での夜は深けていくのだった。


ちょっぴりしんみり(´・ω・`)


次か次の次くらいには新章入れるように頑張ります

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