50話 幸せな未来図
泊まる場所は決まったが、夕飯まで甘えてしまうのは気が引けたので手持ちの食料をアンリに手渡した。新鮮な食料が小さな袋の中から出てきたことに驚いていたが、事情を説明して受け取ってもらった。これで夕飯を作ってもらいはするが、食料だけはこちらが提供する形になる。
アンリは急に増えた食料で何を作ろうかと楽しそうに頭を悩ませていた。
「それにしても羽振りが良いのね。普通こんなに食料あげないわよ?」
アンリは野菜の鮮度を見ながら話しかけてきた。確かに、六人分よりは遥かに多い量だ。
「そんなものか。一泊世話になるのだから問題はないと思うのだが」
「うーん……まあ、ホシミさんがそう言うなら良いんでしょう! 今日の夜は楽しみにしててね!」
「分かった。期待して待つとする」
作る料理を決めたのか、腕まくりをしてキッチン奥へと行ってしまった。邪魔をするつもりは無いのでリビングへ戻る。
部屋に荷物を置きに行ったココノハ、リア、シィナの三人は居なかったのでユキユキだけが残っていた。私の姿を見つけると嬉しそうな表情をする。
「御主人様!」
側に寄って座ると、すぐに上に座ってきた。首元に顔を寄せてくる。
「どうしたんだ、ユキユキ」
「うさ〜、やっぱり御主人様の匂いが大好きウサ。いつまでも嗅いでいたいウサよ〜」
そんなことを言いながら首筋をぺろぺろと舐めてきた。
「こら、くすぐったいぞ。本当にどうしたんだ?」
優しく聞いてみると、首に吸い付いてくる。少しして離れたが、ユキユキは先ほど吸った場所を優しく撫でて微笑んだ。
「えへ、マーキング……。御主人様に私の痕を付けちゃったウサ。ねえ御主人様。ちょっとね、聞いてほしいことがあるウサよ」
「なんだ?」
聞き返すと、ユキユキは脱力して身体を私に預けてくる。そしてゆっくりと話した。
「私ね、この子を産んだら『仙』になるウサ。ずっと迷ってたウサ。御主人様の子どもが出来たら、私はどっちを選ぶんだろうって。……私は御主人様が好き。大好き。子どものことだって大切ウサ。まだお腹は大きくなってないけど、元気に産まれてほしいウサ。でも私の気持ちは御主人様とずっと一緒に居たいって思っているウサよ……」
「……決めたんだな。そうか、自分の気持ちに正直になったのか」
「幻滅したウサ?」
自分の選択を話して、私がどう思うか気になるのだろう。ユキユキが選んだのだ、私が言うべきことはない。ただ、意思を尊重するだけだ。
「いや。する筈が無いだろう。……長い年月を生きることになるやもしれんぞ。私は死ねない身だ。それに付き合うなど、相当な苦行になるのは間違いない。それでも───私の側に居たいのか?」
「全部、覚悟の上ウサ。『仙』になってしまえば子どもは出来なくなっちゃうウサ。だからこの子にはいーっぱい愛情を注いであげたいウサ」
そう言ってユキユキは優しく自分のお腹を撫でた。その表情はまるで慈母のようで、一人の少女から母親へと変化していく様を間近で見たかのようだった。
「そうだな……。一人っ子だからとびきり甘くしてしまわないか心配だが」
「もしかしたら二人かもしれないウサよ? 双子だったら良いウサね〜。男の子でも女の子でもすっごく可愛いと思うウサ〜。御主人様と子どもとココノハとリアとシィナと一緒にみんなで仲良く暮らせたら……とっても幸せウサね」
「ココノハたちは自分のことを子どもに何て呼ばせるのだろうな」
「そこはやっぱり『お姉ちゃん』じゃないウサ?」
「リア辺りは『ママ』と呼ばせるかもしれんぞ」
「それはあり得そうウサね……。うー……この子のママは私ウサけど……。そうウサ! 区別をつけるために名前付きでママと呼んでもらえれば良いウサ!」
「ユキママ、リアママ、と言った具合にか?」
「これなら問題ないウサ!」
「問題はない……のか? まあ、ユキユキがそれで良いのなら構わないが」
まだ気が早いかもしれないが、ユキユキと話す未来図はとても輝いていて眩しかった。幸福な未来……子どもには、ユキユキと同じような目に遭わないようにしてあげたいと心底から思ったのだった。
ココノハたちが戻ってきてから賑やかになったリビングは、夕飯が出来たというアンリの声でさらに賑やかになる。
夕飯はどうやら鍋のようだ。既に多くの野菜や肉、豆腐等の食材がぐつぐつと煮えている。リビングのテーブルに人数分の取り皿が並べられ、各々鍋を囲むように腰を下ろした。
「いただきます」、という声と共にそれぞれ食べたいものを皿に入れていく。
「白菜の葉っぱが欲しいウサ。芯はシィナにあげるウサ、はい」
「ちょっと!? 芯だけでお皿いっぱいになってるんだけど!!」
「わたしはお肉〜。あ、団子発見! いただきです!」
「ココノハ、もう少し野菜も食べるんだぞ」
「分かってますよー。あ、お豆腐ください」
「わたくしはバランス良く食べますわ。あ、きのこはちょっと……わたくしたけのこ派ですの」
「リア! それは無駄な争いを生むから言っちゃダメよ!! あ、あたしにもお肉ちょうだい!」
「あらあら、みんな食べ盛りね〜。まだまだあるから遠慮しないでいっぱい食べてね?」
具材の争奪戦……とまではいかないが、それぞれ好きなものばかりを優先して取るため鍋の中身に偏りが出るのはこの料理の常だろう。
ココノハはお肉が好きで優先的に狙っている。
リアはきのこ以外満遍なくといったところか。
シィナはユキユキに入れられた白菜の芯と格闘しながらお肉を食べていた。
ユキユキは野菜の柔らかい葉の部分を中心に豆腐や団子を選んでいるようだ。
アンリは適当によそって食べながら新しく具材を投入していく。
私はえのきやしらたき、たけのこ等のこの面子ではあまり減らない食物を優先的に食べる。
そして鍋の締めに用意されたうどんまで完食した面々は、若干食べ過ぎたのだろう、少し苦しそうにお腹をさすっていた。
賑やかな食事が終わり、片付けも終え再びの自由時間となる。
ユキユキはアンリと共にお風呂に入ると言っていたので準備をしに行ったようだ。
私は一人、風を浴びに外に出る。高所に近いからか、星がいつもよりも良く見えるようだった。月明かりが地面を照らし、そよ風が夜の木々を揺らし、私の頬を撫でていく。
玄関の階段に座り、ぼんやりとしながら考えるのはユキユキのこと。恐らくだが加護持ちであると思われる彼女は、幾度も類い稀なる強運を発揮してきた。
しかし、彼女がその幸運を発揮する時というのは、決まって周囲に不幸が訪れるということだった。
起きたことは土石流の発生と谷底への投棄。
訪れたのは両親との死別、叔父の人生の転落と叔母への多大な迷惑。
頼れる人がいたとアンリは言っていたが、離婚して幼い子どもを女手一つで育てるのはさぞ大変だったろう。離婚の際はかなり揉めただろうことも容易に想像出来た。ユキユキが自分さえ居なければと言ってしまうのも納得が出来るレベルだ。
あの時は『幸運』と思ったが、もしかすると『吸運』である可能性も出てきた。
『吸運』───他者の運を吸い、自身の運へと変換する力。
発動条件は不明、自分の意思でどうにかなるものではなく、対象を選ぶことも出来ない。傾向的に、自らの身に危険が及んだ時に最も近しい者から運を吸い取っている可能性が高い。
もしこの推測が正しい場合、次にユキユキに何か危機的な状況が迫る時は彼女が一番依存している私が最も危険ということになる。
「……まぁ、今更だがな」
だがそれは好都合とも言える。私は何があろうと死ぬことはない。どんな理不尽が起こったとしても私が対象ならば何とかなるのだ。
そも、一度受け入れた相手を見捨てることなど出来る筈もない。ユキユキは私の嫁なのだ、伴侶として守ってやるのが筋というものだろう。
今すべきは、ユキユキの身に何かが起きるとき、その被害を被るのは自分であるという覚悟。
「あくまでも推測だ。確定した訳ではない……だが、何らかの経緯でユキユキに変化があれば」
もしかしたら運気を吸い他者を貶める『吸運』からただの純粋な『幸運』へと変わることもあるかもしれない……。希望的観測ではあるが。
さて、夜風に当たり過ぎて、若干身体が冷えてきた。そろそろ中に戻るとしようか。
明日の予定を思い浮かべながら、一夜を過ごすのだった。




