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51話 ユキユキとアンリ

 side:ユキユキ


 夜、みんなが寝静まっただろう時間。

 私とアンリさんはまだ起きていた。ホットミルクを片手にずっと喋り続けていたのだ。時間が経ち過ぎてコップの中のミルクはだいぶ冷たくなっていた。


「結構長い時間話し込んじゃったわね」


 時計を見ながら冷えてしまったミルクを飲むアンリさん。


「話したいことがいっぱいあったウサから。でもアンリさんも色々と大変だったみたいウサね」


「ユキユキちゃんよりはマシよ。私には生命の危機なんて無かったんだから。それにしても───」


「?」


 アンリさんは私の顔をしげしげと眺めてくる。


「とっても、綺麗になったわね。身体も女らしく成長して。姉さんよりも大きいんじゃないかしら」


 胸に視線が移ると、やけに凝視された。


「そうウサ? 私にはよく分からないウサ。あ、でも御主人様に当てるとほんのちょっとだけど嬉しそうウサ」


「ホシミさんも男の子だからね〜、ユキユキちゃんみたいな魅力的な女の子には弱いのよ。なんたって可愛い、綺麗、エロいと男を仕留める三拍子が揃ってるんだから、ホシミさん以外の男の人にも言い寄られてるんじゃないの?」


 可愛いとか綺麗とかなら言われたこともあるけど、エロいというのは初めて言われた。なんだろう、エロいだけは褒められている気がしない。あと、御主人様以外の男性に言い寄られるなんて考えただけで背筋がゾッとする。


「むー、エロいは余計ウサよ。それに私は御主人様のものだから他の男なんてどうだって良いウサ。御主人様にしか興味はないウサよ」


「あら一途ねぇ。ホシミさんたらこんな娘にこうも言わせるなんて、ちょっぴり妬けちゃうわ」


 そう言って楽しそうに笑うアンリさんだった。


「じゃあ、そろそろ寝ましょうか。ユキユキちゃんたちは明日には帰っちゃうんでしょう?」


 ベッドに入って私を手招きしてくる。それに素直に従って、アンリさんと並んでベッドに横たわった。


「うさ……もともとお墓参りにきただけだったウサ。アンリさんに会えるとも思っていなかったから何の準備もしてきてないウサよ……」


「そうよねぇ。私だってユキユキちゃんが生きていたなんて思わなかったんだし。普通小さな子どもが谷底に落とされて無事でした、なーんて思わないでしょう?」


 まったくもってその通りである。私の場合はあり得ない幸運を引き寄せた結果偶然助かったのであって、そうでなければ間違いなく死んでいた。そう、死んでいたのだ。


「また会えてよかったウサ。あの時の……泣いてばかりで心を閉ざしていた私を優しくあやしてくれたアンリさんに、ちゃんとお礼が言えたウサよ」


「私がしたかったことだもの、気にしなくてよかったのに。……でも、ありがとうね、ユキユキちゃん」


 それからはもう言葉は無かった。私はアンリさんに抱きしめられながら、徐々にやってくる眠気に身を任せる。

 ───この瞬間だけは、子どもの頃のように、ただ何も考えず甘えさせてもらおう。


 アンリさんのほのかに甘い匂いに包まれながら、私の意識はゆっくりと沈んでいくのだった。






 ーーーーーー







 翌日。

 昼過ぎには全員でユキユキの両親の墓の前にいた。お供え物と線香を捧げ、両手を合わせて黙祷する。

 しばらくしてから目を開くと、隣にいたユキユキがゆっくりと目の前の墓石に話しかけた。


「パパ、ママ。私の大切な人たちウサ。みんな新しい家族になってくれたウサよ。それでね? 一番紹介したい人がいるウサ。私の御主人様……ホシミさん。なんとお腹には、御主人様の赤ちゃんもいるウサ。パパとママの孫になるウサね……。直接会わせてあげたかったウサよ」


 そう言ってからユキユキは私の手を引いた。次は私ということか。


「初めてお目にかかる。私はホシミ。貴方たちの娘の伴侶となる者だ。私からは簡潔に、彼女は私が責任を持って守り抜こう、だからどうか安心して眠ってほしい」


 一礼してから後ろに下がる。すると、今度はアンリが墓前に立った。


「姉さん、義兄さん。約束は果たせなかったけど、ユキユキちゃんはとっても素敵な大人に成長しましたよ。成長を間近で見られなくて報告出来なかったのは残念だけど……これからはもう心配することも少なくなると思う。苦難を乗り越えて頼れる旦那様を見つけてきたんだもの、やっぱり、姉さんの子どもだなぁって。子は親に似るのね……ふふっ」


 アンリの独白は続く。微笑をたたえて、どこか遠くを見つめながら。

 姉との思い出を記憶の海から掘り起こしているのだろう。しばらくしてから、もう気が済んだとばかりにこちらを向いた。


「ごめんなさいね、待たせちゃったかな。みんなはもう帰っちゃうのよね?」


「ああ。本来なら一泊は村の旅籠(はたご)か最悪野宿かと思って来ていたからな」


「今回は完全に計算外でしたからね。まさかユキユキの親族に会えるなんて思ってもみませんでしたし」


「そうですわよね。アンリさん、本当にありがとうございますわ。大変お世話になってしまって……一泊の恩義もろくに返せない不躾をお許しくださいですの」


 リアの丁寧なお辞儀にアンリは少し慌てた様子だ。


「ちょ、ちょっとリアちゃん。いいのよ、私がやりたくてやったことなんだから!」


「まぁ、確かにリアの言う通りかも」


「シィナちゃんまで!?」


「あたしは大したこと出来ないけど……これでよしと。はい、これをあげるわ。気が向いたら行ってみると良いかしら」


 そう言ってシィナは何かを書き込んだ羊皮紙をアンリに手渡す。受け取ったアンリは中身を確認すると驚きに目を見開いた。


「えっ……え!? 南国の龍人(ドラゴニュート)の国の宿泊券!? しかも『赤龍庵』ってとんでもなく高い宿泊施設じゃないの!! さすがに受け取れないわよ!」


 しかしシィナは笑って軽い調子でアンリに握らせた。


「いいのいいの。ここ、あたしがオーナーだから。これを持っていけば最高級のもてなしが受けられるわよ。是非堪能して欲しいわ」


「ええ……。なんか、ユキユキちゃんが生きていたことに並ぶ衝撃を受けたわ……。あれ? そういえば赤龍庵のオーナーって確か王族じゃ……」


「さ、さあ! お礼も無事受け取ってもらったし、帰りましょうか!」


 まったく、隠そうとするならもっと無難なものにしておけば良かったのに。しかし、シィナらしいとも言える。バレないうちに退散してしまおうか。シィナも焦っているようだし。


「では近くに集まってくれ。そうだアンリに一つ伝えておくことがあった」


「え? 何?」


「ユキユキは白属性の魔術器官を持っている。彼女には空間転移を近いうちに習得させるつもりだ。だから、また会えるだろう」


 私の言葉に更に唖然とするアンリ。しかし、また会えるという意味を理解して、嬉しそうに微笑んだ。しかし急に矛先が向いたユキユキは慌てふためく。


「そっかぁ。次はいつになるのかしら。楽しみに待ってるわねユキユキちゃん」


「う、ウサぁ!? 御主人様、あれすごく難しいって言ってたウサ!! 私じゃ無理ウサよ〜!!」


「ずっと私の側に居てくれるのだろう? ユキユキも使えるようになれば往復に二日かけなくても済むようになるんだ。頼む、私の為に覚えてほしい」


「う〜、う〜! 手取り足取り腰取りで優しく教えてくれなきゃ嫌ウサからね!」


 私の為に、という言葉でユキユキは渋々ながらも納得してくれた。腰取りという言葉は初めて聞いたが、丁寧に教えろということだろう。


「ありがとうユキユキ。さあ、帰ろうか」


「アンリさん、お元気で!」


「またお会い致しましょう?」


「じゃあね! 色々ありがとう!」


「また……また来るウサ! 次は子どもと一緒に……だから、お元気でいてほしいウサ!」


 思い思いに別れの言葉をかける。アンリは手を振りながら、大きな声をあげた。


「待ってるから! ずっとここで! ユキユキちゃん! みんなも元気に過ごしなさいよー!」


 その言葉を最後に、視界は一瞬の空白に覆われる。次の瞬間には、私たちの暮らす塔に帰ってきたのだった。

 ココノハは伸びをしてから荷物を片付けに行く。リアとシィナは最上階の大浴場へと向かっていった。


「また……会えるウサ。アンリさん……私頑張るウサ」


 ユキユキはぼそりと呟いてから、揚々と自室に戻っていった。ユキユキの言葉は、まるで新たな決意を固めたようで。


「ああ、存分に頑張ると良い。私たちが側にいるのだから───」


 彼女をこれからも支えてやろうと。そう自身の胸に誓ったのだった。






 ーーーーーー






 side:アンリ


「行っちゃったかぁ……」


 先ほどまで確かにそこに居たのに、今は影も形もなくなってしまった。空間転移の魔術があるとは聞いていたが、扱える人間はごく僅かだったはずだ。実際に見るのは初めてだが、それだけホシミさんの実力が高いのだろう。


「まるでおとぎ話の賢者様みたい。まさか本人だったり───はないか。だって九百年も昔の物語だものね」


 争いの絶えない時代に現れた一人の只人(ヒューマン)。彼は勇猛な龍人(ドラゴニュート)の剣士と彼の影として尽くす猫の獣人(ビースト)と共に戦場を駆け抜ける。

 その只人(ヒューマン)は本来あり得ない筈の六色全ての属性魔術を使いこなし、平穏を取り戻す為に戦った。

 特に魔術師の只人(ヒューマン)の功績は大きく、魔術の実力の高さからいつしか賢者と呼ばれるようになっていた。

 やがて戦が終焉を迎えると、彼らは人知れず姿を消していたそうな。人々は彼らを賞賛し、彼らを忘却しない為に書に記すことになる。


「たしかそんなお話だったかな……。話には残っているけど、その人たちの名前は結局分からなかったのよね。たしか、家にも本があったような……あったあった」


 自室に戻り、本棚を探すと目当ての本が現れる。しばらく放っておいた為に、若干埃が被っていた。


「『三人の英雄』……今更すぎるけど、安直なタイトルよね。まあ、急に現れてはいつの間にか消えていた人たちのことだからそうなっちゃうのも仕方ないのかなぁ」


 本の中身は戦乱期のことと、彼らが現れて戦を終わらせて消えるところまでで終わっている。あとは平和になった世界で人々は暮らしましたとさ、めでたしめでたし。


「折角だし、再度読み返してみようかしら」


 そう呟いてから頁を手繰る。私はそのまま暗くなるまで読みふけってしまうのだった。



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