49話 ただいま
side:ユキユキ
私は、家の裏手にある囲いの中に入って行った。中は結構広く、両手を広げた大人が十人ほどで円を作ったくらいはあるのではと思った。
中央には縦長の石が二つ、仲良さそうに並んでいて、地面には、中央に続く石畳みがあり、それ以外の場所には色とりどりの花が咲いていたのだった。
私は花に詳しくないからどれがどの花なのかは分からないけれど、きっとアンリさんが考えながら植えてくれたのだろうと思う。
地面に咲き誇る花々に目を向けながら、私は中央のお墓の前にたどり着いた。縦長の石の間には小さな石板が横たわっていた。地面で眠っている二人に顔が良く見えるように膝をつき、石板に彫られた文字を読む。
───『ミール、ノンノ 此処に眠る』
「ただいま……パパ、ママ」
二度と帰れないと思っていた。冥界に落ちてからの長い間、御主人様の所へ行くまで陽の光すら見ていなかったのだ。
私はどれだけ運が良いのだろう。御主人様に愛されて、みんなに心配されて。私を案じてくれた御主人様の好意で場所を探してもらって、ようやく、帰ってこられた。その思いに瞳からぽろぽろと涙が溢れてくる。やがて嗚咽を響かせながら本格的に泣き出すまで、そう時間は掛からなかった。
「パパ……ママ……。私ね、これまで色々あったウサよ……。全部、お話してあげるウサ」
ユキユキは涙声のまま墓石に話しかける。自身が歩いた道のりを、最愛の両親に報告するように。
此処に、およそ十二、三年振りの家族の再会は成ったのだった。
ーーーーーー
「それにしても、ユキユキちゃんが元気で良かったわ」
「あの子最初は悪戯ばっかりしてたけどね。多分、人との距離感がよく分からなかったんじゃないかしら」
「あらまあそうなの? うふふっ」
ユキユキが一人で出て行ったあとは、アンリと話をすることになった。透視でユキユキの様子を窺うことも可能だが、久し振りの家族の再会なのだ。無粋な真似はしたくなかった。
「さて、気になっていることもあるだろうし、私たちで答えられることなら何でも答えよう。アンリ、君はユキユキについて聞きたいことはないか?」
「歳下みたいな子に呼び捨てされるとは思わなかったけど……ホシミさんでしたっけ。ふぅん……へぇ……カッコいいなあ。あの子ってけっこう面食いだったのかしら。私も若かったらユキユキちゃんと一緒に貰われたかったかも」
私の顔をじっくりと眺めながらそう言ってくすくすと笑った。リアはそれを聞いてとても嬉しそうにアンリに話しかける。
「あら、アンリさんならまだまだ現役ですわ。わたくしたちと一緒にホシミ様の女になりませんこと?」
「もうそろそろ四十になっちゃうおばさんにそんなこと言わないで頂戴な。本気にしちゃうじゃないの」
「わたくしは本気ですわよ。ねっ、ホシミ様」
私に振り向いて満開の笑顔を見せてくれるリア。
「リアがその手の冗談を言わないことは事実だな」
「あらあら……。一応考えておこうかしら。発情期とかお相手がいないと寂しくてしょうがないのよねえ。若くてこんなにカッコいい人に抱かれたらどうにかなっちゃうかも」
「……」
アンリが好色そうな瞳を向けてくる。しかしそれも一瞬、すぐに真面目な表情に戻った。そろそろ本題に入るらしい。
「まあ冗談は置いておきましょう。折角何でも答えてくれるみたいだから、気になることは聞いちゃおうかな。今、ユキユキちゃんは何処に暮らしているの?」
「事情があって具体的な場所は言えないが、交易都市シュメットの近郊とだけは言っておこう」
シュメットの名を聞くと、かつて行ったことがあるのか、すぐに理解したようだった。
「あそこかぁ。そこには貴方達全員で暮らしているの?」
「ああ。今の住人はユキユキを含めて五人だけだな」
「ふうん、ということは召使いとかは雇っていないんだ」
「必要ないからな。何か事情がない限り、自分のことは自分でやるのがルールだ」
「真面目なのね。……そういえば、ユキユキちゃんと過ごしてどのくらい経っているの? 貴方がユキユキちゃんを助けてくれたのかしら」
「ユキユキと出会ってからまだ二ヶ月くらいしか経っていないが。ユキユキを助けたのは私の従者だからな」
私の言葉を聞いてアンリは目を見開いて驚きながら退け反った。
「……え、ええええぇぇ!!!?? 何!? 出会って二ヶ月であそこまでベタ惚れさせた挙句孕ませたの!?」
「……言い方は気に入らないが、その通りだな」
初めからそういうつもりでは無かったのだが、ユキユキと触れ合っているうちにいつの間にかこうなっていたという方が正しい。気を許した相手にはとことん甘えるユキユキの性質と、私が男でユキユキが女だったことが原因だろう。同性同士なら子どもの心配は無かったからな。
「うわー、最近の若い子って進んでるのねぇ……。でもまぁ、ユキユキちゃんは幸せそうだし、ホシミさんもしっかりしてるみたいだから心配は要らないのかな?」
アンリの言葉にココノハとシィナも頷いて口を出す。
「ホシミさんはとてもしっかりしてますから大丈夫ですよ。まぁわたしたち四人にはけっこう甘くてお願いをあんまり断らないところは心配してますけどね……」
「そうよね……。ユキユキなんて昼夜問わず抱きついて誘惑するわ、この人はそれを全部受け止めて応えてやるわ。リアも負けじと誘惑するし、そういう意味でなら心配かしら」
「外野の私が言うのも何だけど、ホシミさんの周りって美少女だらけだからねえ。若い男性としてはやっぱりいろいろと抑えきれないんじゃないかしら」
アンリも納得したかのように何度も頷いている。
がしかし、先ほどからずっと『若い』などと言われているが、此処にいる面子の中では最年長なのだがな。人間を辞めている私の身体は、正直言って、生物の根源的な欲求を満たさなくても何の問題もない。食欲も、睡眠欲も、性欲も、満たす必要はないのだ。どうせ死なないし支障は全く無いのだから。
───とはいえ、不老不死であることを告げるつもりは無いので、不満はため息と共に飲み込むことにする。好きに言わせておこう。
「好きな人と一つになりたいと考えるのは自然なことだと思いますの。でもわたくしはもっとホシミ様を慕う女性が増えてくれると嬉しいですわ。全ての女性で無くても良いので、全ての美少女を自分の女にするとかしてくださると嬉しいのですけれど……」
前言一部撤回。リア、君は少し自重しようか。流石にこれは止めなければならない。私の名誉の為に。
「待て。私はそんなことを考えたことすら無いぞ。リアは私をどう思っているんだ」
「勿論、愛しておりますわ! ですがホシミ様ほど優秀で素敵な殿方をわたくしたちが独占するのは如何なものかと思いますの。ですから、いずれ王にお成り頂いて各国の美女・美少女を侍らせて皆に寵愛を与えられれば素敵だと思っておりますわ」
「話が飛躍し過ぎている!? リア、私は王に成れる身分では無いし、なるつもりも無い。表舞台に立てなくは無い。確かにそういう制約は無いが、それは私の役割からは外れている」
「役割……?」
アンリだけは理解出来ないらしく不思議そうに首を捻っているが、彼女に説明するつもりはない。
「私は、役割に務めながら、自身の手の内にあるものを守るだけで精一杯だ。ただでさえ多くの幸福を手に入れてしまったのだ、真に大切なものを見失っては意味が無い。リアがそう思ってくれるのは有り難いが……」
「ごめんなさい、ホシミ様。わたくしたちのことを大切に思ってくれているのは存じておりましたが、其処まで思ってくれているなんて……嬉しいですわ……」
私の言葉を遮ったリアは、話しながら感極まったように瞳を潤ませる。その様子を見ていた周りの三人は『どうしてこうなった』というような表情を浮かべていた。
済まない、それは私も聞きたい。
そんな不可思議な状況で戻ってきてしまったユキユキは、なんとも言えない空気を察しながらもその空気をぶち壊すかのように私の足の間に座ってくる。
「みんなして何をしているウサ?」
そしてそんなユキユキの一言で先ほどまでのおかしな空気は完全に吹き飛んだのだった。何も知らないユキユキは単に疑問に思っただけだろうが、冷静に考えれば途中からおかしなことを話していた。
助かったという感謝の念を込めて優しく丁寧に頭を撫でながら髪を梳くと、くすぐったそうにしながらも嬉しいらしく耳がぴょこぴょこ動いていた。
「何もしていない……という訳では無いな。アンリから受けた質問に答えていたところに丁度ユキユキが帰ってきたのだ。……もう良いのか?」
よく見ると目元が赤くなっており、泣き腫らしたであろうことがすぐに分かった。しかし余計な言葉は必要ない。
「うん、もう大丈夫ウサ。今度はみんなで一緒に行くウサ」
「そうか。では明日、帰る前に一緒に行こうか。そのまま帰れるように準備だけしておいてな」
「分かったウサ! 御主人様のことをパパとママに報告するのが楽しみウサ〜」
ユキユキは頭を私の身体に預けて楽しそうに話す。皆がユキユキを見て微笑ましいものを見るかのように笑っていたのだった。
ユキユキが戻ってきたことで質問は一時中断となった。なので今日の宿のことを話し合っていると、
「それなら家に泊まっていきなさいな」
というアンリの申し出によって私たちはお言葉に甘えてお世話になることにしたのだった。
といっても一人暮らしの小さな平屋である。部屋はリビングとキッチン、アンリの寝室と物置代わりの空き部屋一つしか無かった。
ユキユキはアンリと寝るそうだ。もう一部屋はココノハ、リア、シィナに使ってもらい、私はリビングで寝ることにする。特にリアからは一緒が良いと駄々をこねられたが、よそ様の家なので我慢してもらった。
そんな訳で、無事泊まる場所が決まったのだった。




