41話 買物と過去の思い出
食休みを終えた私たちは市場へとやってきた。
シュメットの市場は大賑わいだ。人が道を埋め尽くさんばかりに集まっている。この街にとっては日常の景色だが、ユキユキはこんなにたくさんの人を見るのは初めてなのだろう。表情が驚きに満ち溢れていた。
「うわ〜、すごい人だかりウサ。いったいどこにこんなに人がいるウサ?」
「おおよそ、街に住む者が五割、外から来た者が五割わりだな」
「この街には各地から人がやってきますからね。人の入れ替わりもお店の入れ替わりも早いから覚えきれないんですよ」
「だからこそ飽きはこないがな。さて行こうか」
私がそう言うと二人は先ほどのように手を繋いでくる。二人ともあまり背の高い方ではないから捕まっててくれるのは見失わなくて済むからありがたい。
そのまま私たちは市場の中心部に建つ大きな建物、この街で商人たちのルールを決めている商会本部へと向かった。中に入ると、受付の女性に名を告げて商会長を呼んでほしい旨を伝える。
「かしこまりました、少々お待ちください」
女性は奥へと引っ込んでいく。私たちは備え付けの酒場の席に座って待つことにした。
「なんか冒険者のギルドみたいな雰囲気ですね」
ココノハが思ったことを言う。入り口から真っ直ぐに受付、その右隣壁一面に貼り紙があり、左隣には備え付けの酒場があるのだ。ほぼ冒険者ギルドと作りは同じだろう。
「ここの初代商会長は元冒険者だからだろうな。自分が一番使い慣れた仕組みにしたらこうなったのだろう」
「ふーんそうなんですね」
「私はぎるど? とかいうのもよく分からないウサ。こういう場所に来るのは今日が初めてウサ」
「そうか、ユキユキは長く冥界に居たのだったな」
「ユキユキ、どのくらい冥界に居たんです?」
「たしか……十二、三年くらいウサ」
「ユキユキって今いくつです?」
「十八歳ウサ」
冥界はそう気安く出入り出来る場所ではないので、塔に来るまではまったく外に出ていなかった可能性が高い。ユキユキの世間知らずの原因が垣間見えた。
「それだけ篭っていれば世間知らずになるのも頷けますね。あと羞恥心が極めて薄い理由も判明出来ました」
ココノハは軽くため息をついた後ユキユキを見て言った。
「ついでなので言っておきますね。お願いですからホシミさんの上着を羽織っただけの格好で歩き回らないでください、見ているこっちが恥ずかしくなります」
「ウサ? とっても楽ウサよ?」
「ユキユキはそれで良いかもしれませんけどね……はぁ、何か、言っても無駄な気がして来ました。好きに乳でも尻でも放り出してればいいと思います」
ココノハは諦めて机の上に倒れこんだ。ユキユキは何故言われたのか本当に意味が分かっていないらしく頭をひねっている。
その時、こちらに近づいて来る足音が聞こえた。振り向くと白髪が目立つ老人がやって来ていた。
「おお、ホシミさん。久しぶりですのう」
「ゴア老人もお元気そうで」
「まだまだ若い者には負けられませんからな」
呵々と笑って力こぶを作るこの人物は、シュメットの商会長リヒテン・ゴア老人だ。ゴア家は代々シュメットの発展に寄与している有名な商家の一つである。
「そちらのお嬢さん方はホシミさんの娘さんかの?」
「いや、彼女たちは───」
「嫁です!」
「嫁ウサ!」
「……」
私の言葉を遮って二人揃って嫁と言う。娘扱いされたのが嫌だったのだろうか。ゴア老人は目を丸くしている。
「紹介します、金髪の娘がココノハ。白金の娘がユキユキ。二人とも私の伴侶です」
「なんとなんと。このような別嬪さんを娶るとはなかなかやりますのう。リア嬢も居るのに大したものです」
うんうん頷いて感心しているゴア老人。ココノハはリアの名前が出たことで疑問に思ったのか質問をした。
「リアさんを知ってるんですか?」
「私が青年の頃から知っておりますとも。初めて目にした時は、それはそれは驚いたものです。絶世の美女、世が世なら傾国と称されてもおかしくなかった。それほどの女性を間近で見てしまったのですからな」
恥ずかしそうに笑うゴア老人。その瞳は懐かしい過去を振り返るように遠い目をしていた。
「あの時ほど只人であったことを恨んだことはありませんな。彼女が長き時を生きる龍人で、既にホシミさんという伴侶を得ていたからこそ手は出せませんでしたが……そうでなければ告白していたと思います。まあ、老いぼれの昔話は置いておきましょう。ホシミさん、今度は何をご入用ですかな?」
「また食料を頼みたい。一年分くらいあれば良いのだがそこまで在庫はあるのだろうか」
「一年分!? これまた凄い量ですね。……ちなみに何人分になりますか?」
「五人…いや、六人分で頼む」
「ふむ……それくらいでしたら全然集められますな。いつものように肉、野菜、魚などの生鮮食品も加えて良いのですよね?」
「ええ。こちらには黒属性魔術の使い手がいますから腐らせる心配はありませんので」
「成る程、では気兼ねなく集められそうです。早速ですが各商店に声を掛けに行きますのでこれにて失礼致します。今の相場ですと……お代はこちらになりますな。受付でお支払いください。では夕刻に、いつも通り北門でお待ちしております」
ゴア老人は紙にさらさらと金額を書いてこちらに渡したあと、見事な健脚で外へと出て行った。
「流石商人……行動力ありますね」
「そうでなければ大成出来ないだろう」
感心したココノハに返しながら受付で支払いを済ませた。今はまだ昼を回ったところだ。しばらく時間が出来てしまったな。
「さて、夕刻まで暇になった訳だが。何をしようか」
「そうですね……ユキユキ、何かありますか?」
「うーん……私は良く分からないウサ。適当にぶらぶらするのじゃ駄目ウサ?」
街で遊んだことのないユキユキは何をすれば良いのかよく分からないようだった。
「そうだな……ユキユキの見識を広める為に商店を見て回ろうか」
こうして私たち三人は、夕刻までの時間潰しとして街の店々を回ることにした。
街をうろついて真っ先にユキユキが反応を示したのは装飾品の店だった。指環や首飾りなど、様々なものが並んでいる。ココノハも興味があるらしく、二人揃ってあれがいいこれもいいとお互いに言い合っていた。
「ホシミさん! 腕輪とかよくないですか!?」
「御主人様! 首輪が欲しいウサ!」
「……」
とても目を輝かせながらこちらを見る二人。あれは買わせようとしている目だ。たまにシィナもしてくるから分かる。そっと値段を見てみると、思ったより大したことはなかった。
「そうか、ココノハは指環と首飾りは着けているからな。だから腕輪か」
「そういうことです!」
ココノハの右手薬指には私と契ったときの紫の指環が、首には海に行った時に見つけてきた海賊のお宝らしき首飾りを着けている。今持っているのは銀に星形の紋様が入った腕輪だった。
「ユキユキは何故首輪なんだ……?」
首飾りとかもっと別なものもあるだろうに、彼女が持っているのは赤色のベルトで出来た細い首輪だった。
「私には所有者がいますっていう証明ウサ?」
「ユキユキがそれで良いのなら止めはしないが……それなら首飾りでも良いと思うぞ」
「首飾りは千切れやすいから嫌ウサ。どうせ着けるなら切れないものが良いウサね」
ユキユキは頑として譲らないという雰囲気を纏っていた。何というか……普通の女性が好むものとは少しズレていると思ったのだった。そういえば下着にも興味を示していたからな。
「そうか。まあ値段も大したことはないし、仕方ない、買ってやろう」
「わーいホシミさん大好き!」
「ありがとう御主人様! 大好きウサ!」
私に抱きついて喜びを表現する二人に苦笑する。そして店員にお金を渡して商品を購入すると、二人は早速着けるのだった。
そんな大喜びの二人を連れて街を練り歩く。アイスを買い食いしながら色々と見て回り、少し疲れてきたということで北門広場の噴水に腰掛けて休憩することにした。
「ホシミさん、あのすっごい集められてる食料がさっき買ったやつですかね」
「だろうな。ゴア老人も仕事が早い。見たところまだ時間はかかりそうだが」
北門の近くには次々と食料が木箱に入れられて運ばれてくる。一年分というだけあって、相当な量が積まれていた。
「あの木箱ってどうするんですか? あっても邪魔ですよね」
「いつも最初に中身を倉庫に入れてから返却している。かなり大量に使ってもらっているから、早いうちに返さないと不便だろうしな」
「ふーん、そうなんですね」
それきり興味を失ったココノハは、噴水の水の中に手を入れてぱしゃぱしゃと遊んでいた。ユキユキはぼんやりとしながら荷物が積まれていく様子を見続けている。
「ユキユキ? どうかしたか?」
「ウサ? どうもしてないウサよ?」
「ぼーっとしていたように見えてな」
「そうウサか……。そうかもしれないウサね。子どもの頃の……パパとママのことを思い出してたウサ。二人とも商人で、あんな風に笑いながら商売していたのを思い出したウサよ」
ユキユキが指差した先には、ゴア老人が荷を運ぶ男性たちと笑い合いながら次々と指示を出していた。
「『私たちは幸運を呼ぶ白兎、どんな所にも幸せを届けるものさ』。パパとママの口癖ウサ。子どもの頃はほとんど覚えてないウサけど、これだけはハッキリと覚えているウサ」
「そうか。良い御両親だったのだな」
「うん、自慢のパパとママだったウサ」
ユキユキの目からひとしずく、涙が流れていた。それに気付かないふりをして、ユキユキの頭を撫でてやる。会話が聞こえていたココノハは何ともいえない表情を見せていた。
私たちは言葉もなく、荷が集まっていくのをただ見守っていたのだった。




