40話 ユキユキ、街へ行く
「ホシミさん。昨日何がどうなったらこうなるのか教えて頂きたいんですが」
翌日。ココノハは朝からじとーっとした目を向けてこちらを見る。
原因は分かっている。ユキユキだ。
「御主人様〜♪」
両腕を私の首に回し、両足を腰に回してしがみ付いているユキユキは幸せそうな声を上げる。
「最初は真面目な話をしていたのだがな」
「昨日まではここまで露骨にくっついて来ませんでしたよね。いったい何を言ったらこうなるんですか」
「実は───」
昨夜会話したことの一部始終を説明する。話終わると、ココノハは深いため息を吐いた。
「はあ……つまり、『仙』とやらになる決心が鈍らないかを確認するためにユキユキはホシミさんの子どもを産むと。で、昨夜は大層お楽しみだったと」
「なんか……すまん」
「謝らなくてもいいですよ。後でわたしにも同じことをしてくれればそれで良いですから」
ココノハは微苦笑しながらそう言った。
さらっととんでもない要求が飛び出して来たが、ココノハはすぐに話題を変える。
「それよりも、そろそろ食料品の備蓄が無くなりそうなので買いに行きませんか?」
「む? まだ保つと思っていたのだが」
「急に一人増えた分消費が増えたんですね。まあホシミさんの魔術のおかげで新鮮な状態で保存出来ますし一年分くらいまとめて買っちゃいます?」
「そうしようか。ユキユキ、私はココノハと食料を買いに行くから───」
「私も行くウサ!!」
しがみ付いているままのユキユキに声をかけると、自分も行くと言う。ココノハはまるでしょうがない子を見るように苦笑するのだった。
「行き先はシュメットで良いですか?」
「そうだな。近いし歩きでも行ける距離だから、荷物の多くなる帰りに転移を使うとしようか」
交易都市シュメット。東西南北全ての物流の中継地点となるこの都市は独自の発展を遂げていった。シュメットで手に入らないものは無いと言われるほど様々な物に溢れている。大通りは商人たちで大賑わいなのだが、少し道を外れて路地へ行くと商売に失敗した元商人や借金でどうしようもなくなった者など、浮浪者の溜まり場となっている。良くも悪くも格差を体現した都市だ。
私たちは森を出て街道を歩く。ユキユキは流石に私の上着だけを着ていた状態では歩かせられないのできちんとした服装に着替えていた。おそらくシィナが着せたのだろう、フリフリの多い白い服を着ている。首や腕の装飾も同様にフリフリで、何処ぞの貴族の娘のようにも見える。
「う〜……真っ白ウサ……」
彼女の白金の髪も合わさって、本当に真っ白だった。いつもは後ろで結い上げている髪も今はそのまま下ろしている。唯一赤い瞳だけがアクセントになっていた。
「街に行くだけなのにこんな服装にする必要はあるんですかね」
「知らないウサ! 文句はシィナに言うウサ!!」
慣れない服を着ているユキユキは落ち着かないのか少しご機嫌斜めなようだ。
「まあ、似合っているがもう少しおとなしめの服でも良い気はするな」
「ホント? ユキユキ似合ってるウサ? 可愛いウサ?」
「ああ、良く似合っているぞ。可愛いのもあるが、綺麗という言葉の方が似合いそうだ」
「そうウサか……。にゅふ、にゅふふふ」
しかし褒めたら一転して嬉しそうにによによと笑う。
「わあ、ちょろい」
そう言ってやるなと思ったがしかし、たった一言で機嫌を直したユキユキを見てそう思うのも無理はないか。
それからは上機嫌なユキユキを連れて、昼過ぎ頃にはシュメットに到着したのだった。
「わあ〜〜、大きいウサ!」
シュメットに着いてユキユキは目を輝かせながら周囲をキョロキョロと見渡す。
「大陸有数の交易都市だからな。大陸のほぼ中央に位置するこの街は昔から大勢の人で賑わっている。人が多いからはぐれるなよ」
「分かったウサ! 御主人様と手を繋ぐウサ!」
そう言ってユキユキは私の手を握る。それを見ていたココノハも反対側の手を握ってきた。
「わたしもはぐれるといけないので手を繋ぎますね」
勝手に離れるなという意味で言ったのだが……。二人がそれで良いのなら別に良いか。
「まあ、良いか。買い物をする前に、何か食べるか?」
「良いですね! 朝は何も食べずに来たからお腹すいてたんですよ」
朝一で出て来たため、朝食は食べていなかった。もともとシュメットで済ますつもりで来たからみんな空腹だろう。
「私あれ食べたいウサ!!」
ユキユキが指差した場所は、肉厚のステーキが楽しめる肉料理専門店だった。
「へー、ステーキですか。兎肉のステーキとかありますかね?」
「ウサ!? 兎は駄目ウサ!!」
ココノハの冗談に過敏に反応するユキユキ。前に食材にされかけたことを思い出したのだろう、私の腕にしがみ付いてガクガク震えていた。
「冗談ですよ冗談。ユキユキを食べられるのはホシミさんだけじゃないですか」
「そうウサ! 私を食べていいのは御主人様だけウサ!」
「おい二人とも、往来でそういう発言はやめてくれ」
先の会話が聞こえただろう通行人の視線がとても冷たかった。その視線から逃れるようにステーキ屋に入るのだった。
テラス席に案内された私たちはオススメの牛フィレ肉のステーキを注文した。
「牛フィレって、そんな高級なもの頼んで良いんですか?」
ココノハはメニュー表に書かれた値段を見て聞いてくる。私は問題ないと頷いた。
「これでも金には困っていないからな。必要になったら魔術で宝石を作って売れば良い」
「うわあ、魔術の悪用ですね。でもどうやって作るんですか?」
「石の範疇に入るものだから『黄』の属性を持っていれば簡単に作れるぞ。……まあ今では失われた魔術だから扱える者はいないだろうが」
「どうして失われたんですか? 便利すぎてみんな使っちゃいそうなのに」
そう思うのも当然だろう。この魔術が扱えるだけで一生金には困らなくなるのだから。しかし失われたものには相応の理由がある。
「簡単なことだ。皆が作れば有り余る。需要に対して供給が増え過ぎたせいで宝石は価値を落としてしまったんだ。子どもの小遣いで宝石が買えるくらいにまでな」
「ただの綺麗な石ころじゃないですかそれ」
「そう、だから皆がその魔術を忘れていった。覚えていても何の役にも立たないからな。その結果、人々から忘却された失われた魔術になったというわけだ」
そんなことを話していると、店員が熱々のステーキを持ってくる。早速切り分けると、肉汁がじゅわっと溢れ出した。僅かに赤身の残った肉を口に放り込むと、柔らかくて美味しかった。香辛料が肉の臭みを消してくれた賜物か、とても食べやすくなっている。
ココノハとユキユキは頬に手を当ててご満悦なようだ。黙々とステーキを食べ続けていた。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまウサ」
二人はほぼ同じタイミングで食べ終わり、口元を拭いて一息つく。とても満足したという表情をしていた。
「御主人様ありがとウサ。とっても美味しかったウサ!」
ユキユキは興奮しながら話してくれる。喜んでもらえたようで何よりだ。
「じゃあひと休みしたら買い物に行きましょうか。市場は中央ですね」
二人はちゃっかり注文していた食後のデザートを食べながら食休みをするのだった。




