39話 ユキユキの決断
二日後。
冥界から戻った私を出迎えたのはちょうど塔の外で日向ぼっこをしていたユキユキだった。
「御主人様お帰りウサ!」
「ああ、ただいま」
起き上がり子どものように飛びついてくる。
頭を撫でてやるとユキユキの耳が自身の感情を表すかのようにぴょこぴょこと動いていた。
「クルクル様はお元気だったウサ?」
「元気そうだったぞ。ユキユキのことをよろしく頼むとも言われたな」
「ぶー、私はそんな子どもじゃないウサよ」
頬を膨らませて拗ねる姿は子どもにしか見えない。機嫌が悪くなるので口には出さないが。
「そうだユキユキ。今日の夜は時間はあるか?」
「? あるウサよ。あ、もしかしてまた抱いてくれるウサ!?」
「いや、大事な話があるんだ。それはまた今度だな」
「うー……ちょっと残念ウサ。えっと、夜に御主人様のお部屋に行けば良いウサ?」
しょんぼりとするユキユキ。耳も心なしか垂れていた。しかし切り替えの早さは大したもので、すぐに何事もなかったかのように振る舞う。
「ああ頼む」
「分かったウサ!」
私の手を握って笑みを浮かべるユキユキを眺める。私の中には、全てを伝えてこの笑顔を壊すことになってしまわないだろうかという不安が渦巻いていた。
夕食後、自室でゆっくりしていたところ扉を叩く音がした。ユキユキだろう。ココノハたちには夜にユキユキと大事な話をすると伝えてあるため、緊急事態でもない限りはここには来ない筈だ。
「入っていいぞ」
その言葉の後に扉が開いて、ユキユキが中に入って来た。
いつもは夜中に勝手に侵入してきているくせに、今は緊張しているのか顔が若干強張っていた。
「ゆ、ユキユキです。お、おおおお呼ばれしましたウサ」
「何故そんなに緊張しているのだ。とって食う訳でも無いのに」
「だって……夜に呼ばれるなんて、夜伽の相手に選ばれたみたいで、なんか緊張するウサ……」
頬を赤らめてもじもじとするユキユキ。普段の活発な印象とはかけ離れたその姿に不覚にもどきりとした。
「何を言っているんだまったく。ほら、立っているのは疲れるだろう、座るといい」
そう言って近くの椅子を指差す。ユキユキは私が指差した椅子を通り過ぎて、私の膝の上にちょこんと座った。
「ユキユキ……」
「えへっ。ここの方が御主人様の声がちゃんと聞こえるウサ」
私の胸に頬を擦り付けながらそう言った。角度的に表情はよく見えないが、先ほどよりも頬の赤みが増しているように感じる。
「ユキユキがそれで良いなら止めんよ。さて、本題に入ろうか。まず、何故私が冥界に行っていたかだが……」
「私のことウサ?」
「そうだな。クルルから色々と聞いてきた。勿論、過去に何があったのかも」
「私が捨てられたこともウサ?」
「ああ。クルルが身体中ボロボロで瀕死のユキユキを拾ったことまで全てな」
私がそう言うと、過去を思い出したのかユキユキの顔が曇る。
「まあ……そうなるウサね。たぶん御主人様が聞いた通りウサ。私は捨てられた子なんウサ。あの日、ユキユキは一度死んだウサよ」
死んだ……とは言うが、物理的にではなく、精神的なものだろう。ユキユキは私の膝の上で脱力しもたれ掛かってくる。
「パパとママが死んじゃって、でも私だけは助かったウサ。そして今度は叔父さんから谷底に捨てられて、こうして奇跡的に生き残ったウサ。クルクル様は私には幸運の加護が付いているなんて言うウサけど、私にはただの呪いにしか思えなかったウサ。自分だけは助かってしまうなんて……。パパとママを助けてくれなかったのに私だけ助けるなんて何が『幸運を呼ぶ白兎』ウサ、性質はまったくの真逆ウサよ」
「ユキユキ……」
「ねえ御主人様。クルクル様から、なんて言われたウサ? ここに送ったのは、やっぱり邪魔になったからウサ?」
無機質な表情でこちらを見つめるユキユキを見て、このままではいけないと思い、離さないようにしっかり抱きしめた。
「クルルはそんなこと言わないさ。ちゃんとユキユキのことを考えていたし、心配もしていた。だからそんな悲しいことは言わないでくれ」
「御主人様……」
あやすように背を撫でながら言葉を紡ぐ。
「私が言われたのは別のことだ。ユキユキが『仙』になる覚悟が揺らがないかを確認したいと言っていた」
「『仙』になる……覚悟ウサ? そんなのとっくに……」
「もしユキユキに子どもがいたとする」
ユキユキの言葉を途中で遮った。いきなり関係ない話に飛んだせいか、きょとんとしている。
「ユキユキに子どもがいたとして、君は『仙』になった場合、自分の子どもが親より先に老いて死ぬ様を見なければならなくなる。孫も、ひ孫も自分より先に死ぬんだ。それが寿命のくびきから外れた存在が負う苦しみとなる。友も、子も、伴侶さえも、自分を置いていってしまうんだ。……ユキユキ、君はその孤独に耐えられるのか?」
「わ、たし……は……」
ユキユキの身体が震えている。今まで考えたことも無かったのだろう。ただ漠然と、長い時を生きるとしか思っていなかった筈だ。もし『仙』になるのならば、全てに置き去りにされていくこの孤独と苦痛を無視することは出来ない。特に寂しがりやのユキユキならば尚更のことだろう。
「ユキユキ。私はな、クルルから「このままユキユキを『仙』にしてしまって本当に幸福なのだろうか」と言われたのだ。そしてこうも言われた。「『仙』になったら子どもが産めなくなる、ユキユキには子どもがいる幸せを知ってほしい」と。クルルはそれを知らぬまま『仙』になってしまったから、血の繋がった子どもはいくら望んでも手に入らないのだ……。ユキユキには自分と同じ後悔をして欲しくないのだろう」
「クルクル様……もしかしてそのために、御主人様のところに……?」
「ああ、そうだ。せめて、『仙』になるかどうかは子どもを産んでから考えても遅くはないと。血の繋がった子どもが自分よりも先に死ぬ様を見ることになったとしても、ユキユキは『仙』になると言えるのか」
「そんなの……わかんないウサよ……」
ユキユキは俯いてしまった。私は落ち着くまで傍でずっと背を撫で続ける。しばらくそのままの状態でいたが、やがてユキユキは顔を上げて私に目を向けて苦笑した。
「御主人様ありがとウサ。少し整理出来たウサよ。子どもを産むとするなら、私のお相手は御主人様ということウサね。御主人様なら私も安心出来るウサ」
ユキユキは覚悟を決めた者特有の表情をする。クルルの想いを知って、自分の取るべき道を決めたようだ。
「私は御主人様との子どもを産むウサ。子どもを見て、それでも『仙』になる覚悟があるのか……。まだ分からないウサ、けど……」
そう言ってユキユキは私の背に手を回す。
「心の底から、御主人様が私の相手で良かったって思ったウサ。ねえ御主人様。ユキユキは、とっても優しくて、暖かい匂いのする御主人様のことが大好きウサ」
顔は私の胸に押し付けられているため見えないが、声色はとても優しげで穏やかだった。
「ありがとう、だが本当に良いのか?」
「い〜い〜ウ〜サ!! というか、良くなかったら御主人様に懐いていないし抱かせてないウサ! ほら、そうと決まったらさっさと私を食べるウサ!」
私を引きずってベッドに飛び込むユキユキ。どうやら、完全に吹っ切れたらしい。昼間はどうなることかと不安を感じていたが、杞憂だったようだ。
微笑みを浮かべて私を受け入れてくれるユキユキに優しく口づけをした。
「ウサ!? いきなりちゅーされたらびっくりするウサ!」
「すまん、ユキユキが愛らしくてな」
「う……そんなこと言われたら何も言えないウサよ……」
恥ずかしそうにしながらも嫌がる素振りは見せない。むしろもっと甘えてくるように身体を寄せてくる。
まったく、今日は抱かないと始めに言っておいてこれとは。我ながらなんと意思の弱いことか。
しかし、まあ……。ユキユキの満足そうな顔が見られただけ良しとしようか。
ずっとユキユキのターンでした。
今後ユキユキの子どもが産まれてくるまでに子どもの名前考えておきます(設定はあるけど名前無かった)




