42話 会いたくなかった人
夕刻になり、荷も揃い切ったようで噴水から眺めていた私たちのところにゴア老人がやって来た。
「お待たせしました、あちらが御注文の品になります。こちらが目録になります、中は全て私が確認しておりますが、もし不備がありましたらすぐにご連絡ください」
「ええ。何から何までありがとうございます」
「こちらこそ、こんなに買っていただいて感謝の言葉もありません。ずっと我が家をご贔屓にして頂きありがとうございます。これからも変わらぬご愛顧をよろしくお願い致します」
「分かりました。ではまたよろしくお願いします」
深く頭を下げるゴア老人に向けて礼を言い、荷物の所へと移動する。ゴア老人や、食料を提供してくれた商店の方々に見送られながら転移しようとした……その時に。
「あいつは……!」
ユキユキが何かに気付いた様子で駆け出した。
「ユキユキ!」
「私が追いかける、ココノハはここで待っていてくれ。済みませんゴア老人、私が戻るまで荷を見ていてくれますか」
「はい! 気をつけてください!」
「分かりました、お任せくだされ!」
ココノハとゴア老人に荷を任せて私はユキユキを追った。ユキユキは獣人の身体能力の高さを遺憾なく発揮し猛スピードで走っている。私も離されないように赤属性魔術身体強化を使って走った。路地に入り、ようやくユキユキに追いつく。
「どうしたユキユキ!! 何があった!!」
「あいつが……私を谷底に放り捨てたあいつがいたウサ……! なんで、こんな所にいるウサ……答えろ!!!」
ユキユキは前に立つ壮年の男に向けて怒りの篭った声をぶつける。男の姿は、薄汚れた……浮浪者と呼ばれてもおかしくない身なりをしていた。黒い髪に、ユキユキと同じ兎の耳が見える。
「お前こそ、どうして生きているんだぁ? 谷底に放り捨てて死んだ筈だったのに、実は生きてて今じゃお金持ちの女ってか! やるじゃねえか、大方その雌臭い身体を使って取り入ったんだろうがなあ」
男はユキユキの衣服や身体を見て下卑た表情を浮かべながら品のない言葉を使う。
「いいよなぁ女ってのは! 股を開けば男がほいほい寄ってくる!! まったく、羨ましい限りだぜ」
「私の質問に答えるウサ!!」
ユキユキの目が鋭くなって殺気が漏れ出てくる。しかし男はどこ吹く風だ。
「おうおう、おっかねぇ。なんでこんな所にいるのかだったか? そんなの見りゃ分かるだろ、お前を捨ててからぜーんぶ失っちまったからだよ。妻は子どもを連れて別の男んとこに行っちまった。商売は失敗して借金まみれ。急転直下の転落人生ってな、今じゃこの路地裏でお仲間さんと仲良くやってるって訳よ」
肩を竦めて自嘲の笑みを浮かべる男。
「で、お前は俺に何か用か? 自分はいいご身分になったから俺を笑いに来たのか? てめーみたいなゴミ虫でもそんなこと考えるんだなあ、あ!?」
「ひっ!?」
男はユキユキを威嚇し、ユキユキは怯んでしまう。どうやら昔に捨てられた時のことを思い出してしまったのか、身体がガタガタと震えていた。
「ユキユキ。大丈夫だ、私がいる。ほら、いつものように手を握るといい」
私は震えるユキユキの手を握り、優しく声をかけた。そして男を見据える。
「貴様が何者であるかなどどうでも良い。私には関係のないことだ。だが……私の女を虐げるならば相応の対価を支払ってもらおう」
そう言って私は人差し指を男に向けて魔力を込める。人差し指からはばちばちと電気が漏れ出て存在感を示していた。
「んだよ、貴族の坊ちゃんか? 黙ってろよ。俺はこいつと話してんだぜ? だいたい、そんな見せ掛けで───」
「馬鹿な奴だ」
ハッタリだと思った男は馬鹿にした風に見下してくる。私は容赦無く雷撃を放ち男の右肩を貫いた。
「はっ……え? ぎ、ぎゃああああぁぁぁぉぉぉぉおおおおあああああ!!!!!!」
右肩を抑えながら蹲る男に向かって近寄る。髪を掴んで顔を上げさせて耳元に囁いた。
「私をただの小僧と思ったか。残念だがこれでも貴様の十倍以上生きている。一つ、良いことを教えてやろう。私はな、貴様のような屑の生き死になんぞどうでも良いのだ。失せろ、二度とユキユキの前に姿を見せるな。もし再び現れたなら───次は殺す」
「くそっ何なんだよ畜生!!!」
男は私の手を振り払い、よたよたとした足取りで路地の奥へと消えていく。姿が見えなくなる直前、最後に捨て台詞を残していった。
「くそっくそっくそっ!! 脅して利用して金を奪うつもりが全部パーだ!! あんな男連れやがって、畜生、畜生! 畜生ッ!!!」
男が消えたあと、私はユキユキをそっと抱きしめる。ユキユキはぎゅっと強く抱きしめ返した。
「御主人様……ありがとウサ」
「あの様子だと懲りずに何かを仕掛けてくる可能性は否定出来ない。しばらくは一人になってはいけないぞ」
「うん、わかったウサ……。ごめんね御主人様。迷惑、かけちゃったウサ」
「迷惑だなんて思っていない。もっと頼ってくれて良いんだ、ユキユキが良い子だってことは私も、ココノハも、リアもシィナも知っている。今回の件も不慮の事故みたいなものだ。そんなに気に病むな」
「うん……」
「さあ、塔に帰ろうか。ココノハも待っているだろうしな」
ユキユキの頭をぽんぽんと叩きながら、震えの止まらない彼女を連れて北門まで戻るのだった。
北門まで戻ると、私たちを見つけたココノハは駆け寄ってきた。
「二人とも無事でしたか! いったい何があったんですか?」
「ああ。少しユキユキの因縁の相手と偶然遭遇してしまってな。詳しくは塔に戻ってからにしようか、いつまでもあの場所を借りる訳にもいかないからな」
荷物を見てくれていたゴア老人に礼を言い、空間転移を使って塔へと帰ってくる。一緒に転移させてきた食料にはすぐに時間停止の魔術を使用し、今日はもう日も暮れかけていたのでそのまま倉庫の中に仕舞うことにした。入口から中へ入ると、キッチンの方から良い匂いが漂ってくる。様子を覗くと、リアがおたまを持ちながら楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「お帰りなさいませホシミ様。今日はわたくしがシチューを作りましたの! あとで是非味の感想をお聞かせ……あら? ユキユキちゃんどうかなさいましたの?」
私たちに気付いたリアは楽しそうに報告してきたが、ユキユキの沈鬱とした様子に疑問を抱いたようだった。
「ユキユキにとって会いたくなかった人と再会してしまってな」
簡単に事情を説明すると、リアは悲しげな表情を浮かべた。
「そうでしたの……。ホシミ様、今夜はユキユキちゃんに付いててあげてくださいまし。こういうときは一人になると余計なことを考えてしまいがちですの」
「ああ分かった。済まんな、昨日今日とあまり相手をしてやれなくて」
「いえいえ、大丈夫ですわ。ホシミ様の寵愛を受けている身としては、この喜びは是非皆さんと分かち合いたいのですから」
手を口に当てて上品に笑うリア。独占欲というものがほとんど無いのは珍しいが、とはいえ、それもリアらしいと言える。リアの優しさに感謝しつつ、今日はその言葉に甘えさせてもらおう。
「ありがとうリア。シチュー、楽しみにしているからな」
「はいですの! もうしばらくお待ちくださいな!」
ふんふーんと再び楽しげに鼻歌を歌いだすリア。さっきよりも上機嫌なようで、心底楽しそうに鍋の中身をくるくるとかき混ぜるのだった。




