28話 逆転の一手
side:ホシミ
ナイフが右腕を斬り裂いた後の行動は我ながら早かったと思う。手にした剣で即座に自身の腕を切り落とし、毒が体内に入らないようにした。
腕からは血が噴き出しているが、それには構わずにすぐに奴から距離を取り身体に変調が無いか調べた。
「(ほんの僅かに毒に侵されたか……。しかしこの程度ならばすぐに解毒されるだろう)」
行動不能に陥ることが無かったのが幸いだった。片腕を失ってしまったため剣を振るのは厳しくなったが魔術の行使には何の不便もない。
「くくっ! 自分の腕を迷わず切り落とすか、いいねえ!! ゾクゾクする!!! 不死の人間はやることが違っていいねえ!!!」
「お前を愉しませるつもりは無いんだがな」
興奮したのか、涎を垂らしたことに気付かぬまま嗤い続ける奴に注意を払いつつ右腕の止血をする。
「まだだ……まだ足りねェなあああぁぁぁぁ!!! もっと、もっとやって見せろ魔術師ィいいいいいいいい!!!!!!」
どうやら私の自傷は奴のお気に召したようだ。俊敏な動きで両腕のナイフを振り回してくる。
「ええぃ! 鬱陶しい!」
「つれないことを言うなよ魔術師ィ! 俺たち二人でもっと愉しもうじゃないかァ!!!」
残った左腕でナイフを受け、躱し、火球や風の矢、水流刃等の発生の早い魔術で応戦する。
「当たらねえよォ!!!!!!!!」
「ぐはっ!?」
しかし悉くを回避され、腹を蹴り飛ばされた。追撃としてナイフも飛んでくる。右腕に当てた時のように風避けを破って私の身体を傷付けた。
「しまっ……!」
「貰ったぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」
トドメとばかりに突撃してきて私の腹部に直接、毒の塗られたナイフが沈み込んだ。
毒によって身体が発熱し、意識が朦朧としてきた。身体が痙攣していることから、またヒュドラの毒だろう。
私は受け身も取れずにそのまま後ろへ倒れ込んだ。ぼやけた視界から、奴が徐々に近付いてくるのが見える。
「やああああっと! 捕まえたぜ魔術師ィ!」
突き刺さったままのナイフごと腹を踏み抜く。
「──────ッ!!!!!!!」
そのまま内臓ごとぐちゃぐちゃに掻き回されて激痛に苛まれる。
私の苦痛に悶える反応に気を良くした殺人鬼は私の胸部に乗っかってきた。
「くくっ、いい座り心地だな。これからは俺が毎日毎日毎日毎日! ぶち殺し続けてやるからなァ? くくくっ、くはははははは!!!」
そう言って嗤いながら何かの小瓶の中身を飲ませてくる。飲み込んだ瞬間、症状が更に重くなったのをぼんやりとした頭で感じた。
「しばらく大人しくしてて貰わないとな。目が覚めたら俺とお前の新しい家だ、愉しみだなあくっくっく」
私を持ち上げて窓から飛び降りる殺人鬼。着地の衝撃を受けて息が詰まったが、そのおかげで一瞬だけ手を動かすことが出来た。
空中に刻んだのは、上が閉じていない三角形。私が黒属性の魔術で編み出した、特定魔術の発動短縮術式である。いわゆる、『奥の手』というやつだ。
「……これは!?」
その効果は単純にして抜群の効力を発揮する。自身の周囲をこの世ならざる場所『冥界』へと強制的に引き込む悪夢のような魔術。
「『冥界』へ……ようこそ、だ……殺人鬼……」
世界の裏側。虚の世界。死と怨嗟と怨念が、怒りや嘆きや絶望が渦巻く暗黒世界。
「お前を……野放しに、出来ん……から、な……」
新たに堕ちてきた生者に引き寄せられた亡霊どもが私たちを囲み出す。
「なんだこれは……。知らない、こんなものは知らないぞ!! 冥界とは何だ!! 答えろ魔術師ィ!!!」
そんなに叫んでていいのか?
ほら、亡霊どもがどんどん数を増やしていくぞ。
もはや言葉を出すことすら辛くなったため口には出来ないが、小馬鹿にするような視線で奴を見る。
「くるな、貴様らは何を言っている! くるな、くるなああああぁぁぁ!!!!」
恐らく奴に殺された者の魂が紛れ込んでいたのだろう。亡霊どもの吐き出す呪詛に殺人鬼は私を放り出して亡霊へとナイフを構えて立ち向かう。一体、二体と切り伏せるが、数が違いすぎた。
「ぐああいあああああがあああああああばばばばばばばばあああ!!!!!」
断末魔の悲鳴を上げながら亡霊に群がられ食い殺される殺人鬼。亡霊どもが離れたときには、もうその姿は無かった。これで奴もこの世界の住人となって終わりのない責め苦を味わうだろう。
その後、私も奴と同じく食い殺される。絶叫なぞとうに喉が食い破られて出てこない。何度も何度も何度も何度も。死ねない私は永遠にも等しい責め苦を味わうのだ。
「起きて。主、起きて…にゃ」
「くる……る……」
どのくらいの時間が経ったのか。
私の目の前にはクルルがいた。彼女の膝に頭を乗せて横たわっているようだ。
「いきなり生者の反応があったから、何かと思った…にゃ。身体は大丈夫かにゃ?」
「ああ……どうやら助けられたみたいだな。ありがとうクルル」
「主の為だから……当然、にゃ」
そっぽを向いて答えるが、耳と尻尾が揺れているので喜んでいるのが丸わかりだった。
「それで、どうして冥界にいるの…にゃ」
「クルルに会いに来た……と言えれば良かったのだが、そうではなくてな。私の他にもう一人いただろう。奴を確実に殺す為に飛び込んできたんだ」
「事前に教えてくれれば手伝ったのに…にゃ」
「忙しそうなクルルの手間を増やすのも悪いと思ってな。しかしこうなるなら事前に連絡しておけば良かったと思うよ」
そう言って手を伸ばしてクルルの頭を撫でる。彼女は目を閉じてなすがままにされていた。
さて、何故この冥界にクルルがいるのか。
理由は簡単、彼女がこの冥界の主人の一人だからである。死して堕ちた魂を管理するのが彼女の役割なのだ。
彼女とは冥界で不老不死になりたての頃に出会って以来の一番長い付き合いとなる。以前は私と共に旅をしていたが、あまり出かけなくなった今では一年ごとに塔と冥界を行き来している。
「そろそろ行くよ。今度はクルルから遊びに来ると良い。新しい住人も増えたことだしな」
「また女の子にゃ?」
「またとは何だ。確かに女の子だが」
「主はその……良い男だから、女の子がどんどん寄って来るの…にゃ」
じとーっとした視線を向けられる。しかしすぐにくすくすと微笑んだ。
「いっそ、世界中の女性を手中に収めてみるかにゃ?」
「やめてくれ、歴史を記録する者として世界にそんな汚名を残したくない」
さて、そろそろ戻らないと私が消えたと大騒ぎしている頃だろう。早く戻って安心させてやらなければ。
「ではなクルル。また今度」
「はい主。また今度です…にゃ」
軽く手を上げて振るクルルの姿を尻目に、私は元の場所へと戻るのだった。




