26話 三百年振りの再会
謁見の間へと飛び込んだ私は、乱戦している兵士たちを避けながら玉座へと近付いていく。
炎龍皇と黒づくめの男は、玉座の近くで戦っていたのだ。あの変な動きには一人だけ心当たりがある。直接この目で見て確信した。奴は三百年前の暗殺者だ。
炎龍皇は重々しい戦斧を片腕で軽く扱い、男の攻撃を悉く叩き落としていく。男は腕の仕込み弓から矢を放ち、ナイフを飛ばしたりと遠距離からの攻撃をするかと思えば背後に回り込んで鋭い一突きを繰り出してきた。
二人の戦いは段々と苛烈さを増していく。私が近付いてきていることさえ気付いていないだろう。その隙を見逃すほど、私は甘くなかった。
「以前は不意打ちで毒を喰らってしまったが……今度はお前の番だ」
一瞬で術式を編み無数の風の矢を奴の全方位から放つ。
「……!!」
炎龍皇に攻撃を加えようとしていた殺人鬼は咄嗟に身を翻して避けるが、全てを躱しきることはできずに左肩に一発突き刺さる。
「ぐっ!?」
苦悶に呻くがそれも一瞬、すぐに跳び退き炎龍皇と距離を取った。
その間に炎龍皇の隣に立つ。
「助太刀に参りましたが、不要でしたかな?」
「賢者殿か! いや助かった。ふらふらふらふらとどうも攻撃が当てにくくてな、苦戦しておったのだよ」
苦戦していたようには見えなかったのだが……。しかし毒も警戒しながらの戦闘は予想以上に消耗するのだろう。大粒の汗が噴き出ていた。
「貴様は……!! くくっ、くっくっくっ! くひゃーっはっはっはっはっは!!!!」
私の姿を見た殺人鬼は、狂ったように笑い出す。
「三百年振りか、暗殺者。出来れば二度と会いたくは無かったが、やられっぱなしというのはどうも性に合わなくてな。ほぼ躱されるとは思わなかったが、傷を負った気分はどうだ?」
「ひゃは、ひゃはははははは!!! さいっこうだ魔術師!! どれだけ探しても見つからなかった貴様が、まさかこんなシケた国で会えるとは思ってもみなかった!! 貴様がいるのなら他はどうでもいい……ひひっ、今度こそ貴様は俺が貰う!!!」
「気色悪い愛の告白だな。お断りだ、お前はここで殺す」
鞘から剣を抜く。先ほど私の魔術を躱した時の動きを見る限り、奴の反応速度は尋常でないほど速い。なんとか足を止めさせてから魔術を放たないとまた避けられてしまうだろう。
「国王殿、奴は私が引き受けます。今のうちに味方の救援と態勢の立て直しを」
「賢者殿に因縁のある相手を横取りするような無作法もない、その言葉に素直に甘えるとしようか」
そう言って炎龍皇は近くで戦っている近衛たちの救援へと向かっていった。
玉座の前で私たちは睨み合う。先に動いたのは奴だった。
「くひゃははははは!!!」
以前も使用していたあのボウガンを撃ってきた。鏃にはまたヒュドラの毒が仕込まれているのだろう。私の腹を狙って放たれたそれは、一歩も動いていない私の横に逸れていった。
「!?」
剣で弾くものと思っていたのだろう、追撃の準備をしていた奴は驚きの表情を見せた。
「『風避け』という魔術を知っているか? 緑属性の者が扱える遠距離攻撃から身を守る魔術だ。お前が飛び道具を好むのは前の時に知っている。残念だがもう当たらんぞ」
「くくくっ、やはり貴様は面白い! 三百年前は白属性の結界を張っていた筈だが今度は緑属性か! 自身の先天守護属性以外の魔術は使えないものだと思ったのだがな!」
ナイフを両手に構え突撃してくる。どうやら奴は自身の負傷など意に介していないようだった。ナイフの刃は黒く、刀身に毒が塗られているのが一目で分かる。
「本来ならば使えんさ」
「死なぬ事といい、貴様が特別なのはよく分かった!! ますます貴様が欲しくなったぞ!!!」
左からの横切り、右からの縦切りを順に剣で受け流す。刀身に触れたら終わりだ。遠距離攻撃を封じたとはいえ、奴の敏捷性は頭抜けている。慎重に攻める必要がある。
「凍れ」
連撃を受け止めながら足下を凍らせる。氷が奴の足に触れる直前に気付いて距離を取られる。
「おっと危ない! くくっ、今度は青属性とは……。強化していなければとうに殺されていたな。くっくっくっ」
「ほう、お前は赤属性か。成る程、自己の強化に振り切れた性能なのだろうな。よく避けると思っていたが、そういう仕掛けか」
「その通りだ魔術師。俺は自己強化に特化した才能だった。己を鍛えて鍛えて鍛えて、そして鍛え上げた己を更に磨かせる! なんと素晴らしい力だ!!」
「才能の無駄遣いでしか無いな」
再び風の矢での全方位攻撃を行うが、今度は全て躱されてしまった。
「おっと、そう何度も同じ攻撃が通用すると思うな魔術師。そうら礼をくれてやる!!」
手に持ったナイフを投擲してくる。飛び道具は風避けで当たらないのを忘れた訳ではあるまい。ナイフは私の横に逸れて通過していく。
「飛び道具は当たらないと───」
しかし奴の様子は先ほどと違っていた。顔面に狂気的な笑みを浮かべている。
「くくっ、ひゃーーっはははははは!!! その慢心が命取りだ魔術師!! 今度こそ貴様は俺が貰う!!!」
「!?」
窓から差し込む光で奴の手元からナイフに伸びる一本の糸が見えた。光の反射で偶然見えたそれは、奴の手の動きに合わせて軌道が逸れる。
真っ直ぐ飛べば当たらなかった刀身は、奴が動かしたことによりブレて回転し。
私の、右腕を、浅く切り裂いていた───。
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side:シィナ・リア・ココノハ
ライゼルはホシミをわざと見送ったように見えた。奴が雇った殺人鬼とは彼を相手にしても引けを取らない腕を持つのだろう。
自身の勝利を確信している、自信に満ちた表情をしていた。
シィナを好色な眼で睨め付ける視線に、女性陣は生理的な嫌悪感を抱いた。
「ようやくだシィナ。俺とお前が結ばれる刻がすぐにやってくる!」
どこか興奮したように話すライゼルだったが、そう言われたシィナの目は冷ややかだった。
「は? 何言ってるのあんた。何でこのあたしが、あんたなんかと結ばれなきゃいけないのよ」
心底嫌そうな表情と声で応答するシィナ。しかしライゼルは気にすることもなく言葉を続ける。
「恥ずかしがり屋なお前らしい、あまりの嬉しさに素直になれないと見た。只人如きとお前が釣り合う筈が無いからな」
「っ、あいつ……!」
「お待ちなさいなシィナ」
ライゼルの言葉に激昂しかかるシィナだったが、リアによって止められる。
「あんな奴にあの人を侮辱されて大人しくしていられないわよ!」
「それはわたくしも同じですわ。いいからまずは落ち着きなさい、ホシミ様が仰っていらしたでしょう? あなたはあのお馬鹿さんよりもずっと強いって」
「おっとリアさんも結構お怒りですね。リアさんから罵倒の言葉が出るの初めて聞きましたよ」
シィナが三人が会話していた様子に気付いて、ようやくリアとココノハに目を向けるライゼル。しかし二人には冷めた表情を向けるのだった。
「ふん、下等種の只人の女と森精種の女か。貴様らには用はない……が、友と離れ離れになるのも寂しかろう。俺は優しいからな。態度次第では奴隷として生かしておいてやることも考えるが?」
「ふふっ、わたし久しぶりに切れそうです。奴隷の何処が優しいんですかね頭に蛆でも湧いてるんじゃないですか?」
ココノハの表情から笑みが消える。視線はひたすらに冷たく、明確な殺意が篭っていた。
「わたくしを只人とは……ああ、そうでした。未だ変装を施していたままでしたのね」
そしてリアはこの国に来てからずっと掛け続けていた魔道具を外す。淡い光に包まれて、隠蔽されていた彼女の角と翼がその姿を現した。
「そ、そんな……まさか貴様は!!!」
驚愕に包まれるライゼル。当然だろう、只人だと思っていた女が実は龍人……しかも、考えうる限りで最も出会いたくない最悪な人物であったのだから。それほどまでにリアのーーウィリアーノースの名前は世界に浸透していたのだ。あの永久凍土を作り上げた存在として。
「さてライゼル卿。改めて自己紹介は必要でしょうか? わたくしは氷龍ウィリアーノース。北国の姫にして、ここにいるシィナの友人で……あなたを殺す者ですわ」
最後の一言を放つと同時にリアから膨大な量の魔力が溢れ出す。彼女の魔力によって、謁見の間に続く階段とその周囲は徐々に凍りつきはじめていた。
「リア、あたしたちを巻き込まないでよね」
「そこは問題ありませんわ。味方識別は済ませてありますの。心置き無く戦ってくださいまし」
「それは良かったです。アレと一緒に凍るとか地獄ですからね。……さて、わたしたちとホシミさんを好き放題言ってのけたんです、今更三対一で不公平とか言いませんよね?」
ココノハは自身の弓に矢をつがえる。
「あたしも一応言っておこうかしら。ライゼル、あたしはいままであんたのこと、まったく眼中に無かったわ。でも今は……殺したくて仕方がないのよ」
シィナは槍を構えてライゼルを睨みつける。
「わたくしを怒らせて無事で済むとは流石に思っていませんわよね? 『北の大天災』の力……その身で浴びて死になさい」
リアは酷薄な笑みを浮かべて死の宣告をした。
「まさかウィリアーノースがここにいるとは……! だが俺には『龍石』がある!」
懐に手を入れて龍石を取り出すライゼル。その隙を、狩猟に生きる森の民であるココノハが見逃す筈が無かった。
ココノハが射った矢は龍石を掴んでいたライゼルの右手に突き刺さる。
「がああああぁぁぁああ!!!!」
取り落とした龍石は階段を転がり落ちて三人の前に落ちてきた。
「ココノハ、やっちゃいなさい」
「はい」
背に担いでいた龍殺しの剣で龍石を叩き割るココノハ。龍石は光の粒子となって跡形も無く消え失せたのだった。
「俺の龍石があああああああ!!!! 貴様らッ!!! 殺す! 殺してやる!!!」
龍石が消滅したことで取り乱したライゼルは剣を抜いて突撃してきた。
「ホント、何であたしこんなのに手間取っていたのかしらね」
ココノハに向けて一直線に向かってきていたライゼルの背後から心臓を一突きする。
「がふっ!?」
槍を抜いたシィナは憐れなモノを見るようにライゼルを眺めるが、自身が付けた傷が癒え始めているのに気付いた。
「そう簡単に死なせるとお思いですの?」
どうやら心臓が破かれてすぐに治癒を施したらしい。即死だったというのもあるだろう、ライゼルはリアによって無理矢理蘇生させられた。血を吐きながら荒い息を吐いている。
「動かれると厄介ですので、まずはその両足から頂きますわね」
リアはライゼルの両足を凍らせて身動きが出来ない状態にする。そして、開かれた手のひらを握りながらライゼルにとって自身の足と永久に別れを告げる言葉を呟いた。
「『破砕』」
「ぐああああああぁぁぁあああ!!!!!? 俺の、俺の足がアアァァッッ!!!」
氷の破片と化した自身の足を掻き集めながら狂ったように叫び続けるライゼル。
そんな様子を見つめる三人の眼差しはとても冷たく、容赦が無かった。
「折角手に入れた剣ですし、使ってみてもいいですかね。龍人にも効果がありますし良い感じに喚いてくれそうです」
「試し斬りには丁度いいんじゃない? 動かないし。死ななければリアが治してくれるわよ」
「放っておけばわたくしの魔力で氷像になりますけれど、なるべくなら情報を吐かせながらの方が宜しいと思いますわ。そうですわね、言葉に詰まったら突き刺すとか如何でしょう?」
「あ……ああ……!」
自分を見下ろす三人の女が恐ろしいことを平然と言ってのける様を見て、ライゼルの身体が震える。
彼は二つ選択を誤った。
一つは龍石を懐に入れて隠していたこと。
もう一つは本気のウィリアーノースを敵に回したことだった。
徐々に凍りついていく自身の身体と周囲も同様に凍りつく様を見て、ライゼルは己の死を確信したのだった。
リアの強さを今までの登場人物たちで分かりやすく説明すると
リア>>>>>>炎龍皇=ヴァン>殺人鬼≧ホシミ>>ダーラスト>シィナ≧ココノハ>>ライゼル
です。普段は抑制していますが、本気になられたら誰も勝てません。




