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25話 急変

 翌日。

 空間転移で南国に戻ってきた私たちは、王宮の方向から強い魔力反応を感知した。


「これは炎龍皇の魔力か!」


 街の様子を透視を使用して見回すが、街では異常は何も起こっていなかった。異常な反応は王宮から伝わってくる。


「もう一つ強力な魔力反応がありますわ! ……これは、この反応どこかで……」


 リアはどこかで見たような魔力反応に首を傾げる。リアに憶えがあるということは、おそらく奴だろう。直接対峙したことがあるのは私とリアの二人だけだ。


「悩むのはあと! 急いで王宮へ行くわよ!」


「ちょっとシィナさん!? 一人で行くのは危険ですよ!!」


 先に走り出したシィナを追って私たちは王宮へと続く道を駆けるのだった。






 ーーーーーー






 一時間ほど前。

 ライゼル邸離れの部屋で二人の男が会話していた。


「今から王宮へ向かう。貴様も付いてこい」


 そう言い放つのは邸宅の主人、ライゼルである。金の髪を整え、金をふんだんに使用された赤い正装を纏っている。

 対する男は黒いコートに同色の丸型帽子を被った黒づくめの男だった。男は意外そうなものを見る目でライゼルを眺める。


「『龍石』とやらは完成したのですか? まだ時期尚早だと言っていた貴方らしくないですねえ」


「ふん、いつから準備を進めていたと思っているのだ戯けめ。今朝方ようやく完成したところだ。それに聞いたところによると、今は炎龍皇の娘は王宮に居ないらしいからな。あの娘が居ないのならば遠慮する必要もなく炎龍皇を殺せるだろう」


「愛する女の親を殺しに行くのは良いのですね。くくっ、貴方に惚れられた女性は不憫ですねえ」


「無駄口はいい。貴様は貴様の為すべきことだけ考えていろ」


 言動にイラつき始めたライゼルは殺意の篭った視線を向ける。しかしこの殺人鬼にはそよ風程度でしかなく、気にした様子はなかった。


「仰せの通りに。くくくっ、くっくくくくく」


 何故ならば新たな獲物を殺せるという悦楽に既に浸って居たのだから……。


 そんな二人は王宮へと赴いた。途中ライゼルの息のかかった兵が門を開き中へと招く。ライゼルに従う兵士にとって、怪しげな漆黒の男は存在しないかのように扱うのがルールだった。最初に興味を持たれれば殺されるぞと脅したのも功を奏したのだろう。二人は呼び止められることもなく王宮へと登城するのだった。


 今の時間なら炎龍皇は謁見の間で会議を開いているだろう。本来ならばライゼルも参加するべきものなのだが、彼は昨日から病に倒れたということになっている。

 謁見の間の入り口にたどり着くと、謁見の間の前にいる兵士はライゼルの顔を見て驚いていた。病気の人物が何故ここにいるのか疑問に思っただろう。しかし、彼等が言葉を発することは無かった。


「まずは二人ィ……くくくくくくくくくっ!!!」


 殺人鬼の両腕から発射された矢が既に喉を貫いていたからだ。猛毒が塗り込められた矢に撃たれた兵士は苦悶の表情で呻きながら息絶える。


「本来ならもっと楽しんで殺したいんですがね、時間を掛けてはメインディッシュを逃してしまいますから。くくくっ」


 仕込み弓に新たな矢を装填しつつ、口角を上げて嗤う。

 その様子をライゼルは冷めた表情で見ていた。


「ふん、殺人狂が。……まあいい、行くぞ」


 二人は謁見の間の扉を開ける。

 中では円卓に腰掛けて会議の途中であろう国の重鎮たちが居た。


「ライゼルか。貴公は病に倒れたと聞いていたが?」


 どよめく重鎮たちをよそに、炎龍皇ナンゼルレックはライゼルへと声をかける。

 その姿に動揺はなく、堂々とした王たる者の風格があった。


「ああ、あれは嘘ですよ炎龍皇様。私は……いや、俺は。貴様からこの国を貰いに来たのだ」


 指を鳴らすと背後から控えていた自身の息のかかった兵士たちが謁見の間に入ってくる。

 その様子を炎龍皇は目を細めて見ていた。


「暫く影でコソコソとやっていたかと思えば。つまり、我が輩を殺すと、そう言うのだな?」


 ドスの効いた声で尋ねながらゆらりと立ち上がる。周囲の兵たちが炎龍皇の気迫に気圧されているのが分かった。


「その通りだ!!!」


 しかしそんな物など知らぬとばかりに、殺人鬼は先制攻撃の矢を放つ。

 それは難なく炎龍皇の手にした戦斧によって叩き折られた。


「賢者殿が言っていた男か。毒でしか強者を(たお)すことも出来ん弱者よ。その腐った(まなこ)で我が輩を()れると思ったか!!!」


 炎龍皇が戦斧を振り回し構える。


「全員に告ぐ!! ライゼルは謀反を起こした敵である!! それに従う者もまた敵である!! 国に危機を(もたら)す阿呆共を残らず一掃せよ!!!」


「「「はっ!!!!!」」」


 国の重鎮たち、彼等を守る近衛たちが炎龍皇の啖呵に呼応する。この国はライゼルも含めてだが武闘派が多い。歴戦の勇士である者も重鎮にいるくらいである。


「日和見主義の老害共に鉄槌を!! これはこの国の未来を変えるための聖戦である!!! 敵を殺せ!! 我等が正義だ!!!」


「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」


 ライゼルも剣を抜き、負けじと声を張る。それに呼応する自身の部下たち。横にいる殺人鬼に目を向けると、狂気的な笑みを浮かべて状況を楽しんでいた。


「炎龍皇は任せる。好きに……殺せ」


「御意に」


 こうして謁見の間での乱戦が幕を開けたのだった。






 ーーーーーー







「魔力反応は何処から来てるの!?」


「謁見の間だ!! 炎龍皇を狙ってのものだろう!!」


 王宮までの最短の道のりを走り抜け、今は王宮内を駆けていた。

 幸い、王宮内で道を邪魔をする者は居なかった。隣にシィナが居るからだろう。彼女が周囲の者から慕われているのが分かって少し嬉しくなった。


 謁見の間に続く階段の下までたどり着くと、二人の兵士が喉に矢を受けて死んでいた。

 上の謁見の間からは剣戟の音と叫び声、そして炎龍皇の雄叫びが聞こえてくる。


「父様……!」


「待てシィナ!」


 今すぐにでも駆け出そうとするシィナの腕を掴む。彼女は泣きそうな表情で私を睨んで来た。


「離して! 父様が死んじゃう!」


「落ち着け馬鹿者!! あの国王殿がそう簡単にくたばる筈無いだろう! 今の状態で助太刀に行ったところで足手纏いにしかならん!!!」


 かなり強めに言葉をぶつけて彼女を抱き寄せて後ろへ飛ぶ。


「きゃっ! ちょっと……」

「ほら見ろ、周りを見られないから攻撃を受けるのだ」

「……え?」


 先ほどまで居た場所には矢が刺さっていた。あのままのシィナであれば足に刺さってしまっただろう。

 矢が飛んで来た方向に目を向けると、ライゼル卿がこちらを睨んできた。


「その娘から離れろ、薄汚い只人(ヒューマン)。その女は貴様ごときが触れていい女ではない」


「随分な言いようだなライゼル卿。それを決めるのはお前ではなく彼女だと思うが、何時からそんなに偉くなったのだ?」


「今日から、だよ。ふっ、炎龍皇はあの殺人鬼の毒に警戒し過ぎているようでな。時間を掛ければやがて斃れるだろう」


「……ライゼル!!!」


 ライゼル卿の言葉にシィナが激昂する。そんな彼女を落ち着かせるように頭をぽんと叩く。


「だから落ち着け。まだ国王殿は無事なのだ。……リア、ココノハ」


「はいですわ」

「はい」


 様子を伺っていた二人に声をかける。


「シィナと三人でライゼル卿を止められるか? 私は国王殿の助太刀に行く。あの殺人鬼は私を狙っているだろうからな」


「もしかしてあの時の……!」


 リアは気付いたのだろう。三百年前に私を殺したあの男がここにいると。


「ホシミさん。あなたが死なないのは分かってますけど無理はしないでくださいね」


 ココノハは優しく諭すように語りかけてきた。まるで私が無理を通すとでも言わんばかりだ。


「善処しよう。リア、折角の機会だ。全力を出しても構わんぞ」


「はいですの、承知致しましたわ」


 優雅に一礼するリアから視線をシィナに移す。


「シィナ、二人と協力して状況に対処するんだ。冷静に、考えて行動しろ。お前の実力は奴よりも上なのだから」


 シィナは私の言葉を聞いて、深呼吸を何度かする。そして私を見て微笑んだ。


「ええ、分かったわ。その、ありがとう、あたしを助けてくれて。……大好き」


 シィナから礼を言われる。最後の言葉は聞き取れなかったが、頬がほんのりと紅潮していることから何を言ったのかは察した。


「三人とも、気を付けるんだ。おそらく奴は既に『龍石』を手に入れたから襲撃に及んだ可能性が高い。奴の動きを止めて、ココノハ、君の持つ剣で龍石を斬るんだ」


 三人が頷いたのを確認してから私は一人で謁見の間へと駆け出す。

 ずっと私を睨んでいたが、不思議なことにライゼル卿は私の邪魔をすることはなくそのまま奥へと進むことが出来たのだった。


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